第4話

 …………いや、いや、そうだ、そもそもからおかしかったのか!

 どーん、どーんと、“掘削の音が断続的に聞こえてくる”のは普通なら有り得ない。だって、爪を使って土を掻き出すように掘り進んでいたのなら、その音はもっと継続的、“どーん”ではなく“ごごごご”とか“がしがし”とかいう擬音オノマトペで表されるべきだったし、そう聞こえてくるべきだった。それがどうだ、まるで爆破しているかのような轟音が連鎖しているではないか。なぜ、そんな奇怪な音になっている?

 その理由は、目の当たりにすればごく簡単な話だった。

「爪じゃなくて、頭かー!」

 エニムのモグラはあろうことか、見せびらかすほどに自慢だったはずの爪を掘削に使っていなかったのだ。その代わりに駆使していたのは頭、顔面。自身の柱上の身体ごとロケットのように打ち出して、進みたい方向に大きな頭をむりやりめり込ませて進む力押しだった。爪は、自分を撃ち出す際に地面に突き刺して使う、言ってみれば靴底のスパイク代わり。もはや“掘る”にくくって良い行動かも怪しかったが、しかし、その奇怪な“掘り方”は着実にモグラの歩を進めていた。

 そういえば、最初に地中から覗いていたのも爪ではなく顔だったな、と銀髪はのんきに思い返す。もし、巨大モグラが爪をスコップ代わりにしていたのなら、地面から最初に覗いたのも頭ではなく爪でなくてはいけなかった。だから、いの一番に頭から出てきたモグラの姿は順序として正しかったのだ。気付いたところで何にもならない、どうでも良い真実である。全く、どうでも良い習性には違いなかったが、この頭の悪い頭の使い方は、逃げる方にして見ればこの上なく厄介な掘削方法でもあった。

 なぜかと言えば、どおおおん、どおおおおんと、洞窟自体が揺れるので、走りにくいことこの上ないのである。しかも、坑道というのは得てして足場が悪いものだ。掘進の後の舗装にも程度があり、街中の道路のように神経質にきっちり平らにすることなど有り得ない。加えて、このガーネットの坑道は破棄されて何年も経っていた。三年も放って置けば掘削の跡にもそこかしこからガーネットが生えて来て、もはや舗道としての体を成さなくなる。荒れた坑道はただ走るだけでも気を使うのに、それが埋まっている地中自体を揺らされるのではたまったものではなかった。

 幸い、生えたばかりの小さなガーネット程度であれば靴で蹴っても負けやしない。行きの段階で大きなガーネットが床面から生えているのはいくつか確認していたから、それにさえつまずかなければ大事は避けられた。どおおおん、どおおおおん。もう一つ幸いだったのは、モグラの頭突きによる衝撃がほとんど一定間隔で、予想して避けることはそれほど難しくなかったこと。そういう仕掛けギミック付きの駆けっこレースだと思えば楽しくもなって来る。

「……わけないって」

 二十分も続くミニゲーム。たった一度のミスが致命傷になるアトラクション。そんな切羽詰まったお遊戯ゲームは願い下げである。

「ああ、もう! 諦めてくんねーかなー!」

 叶うべくもない望みは口にすれば虚しく、地中の壁に吸われて消えていった。いい加減な体内時計と蓄積した疲労の量からして、そろそろ二十分を超えて来るだろうという計算だ。ここまでは大きなミスもなく、順調にコースを走れていた。時間を計測していれば人生最速を歴史に刻めただろうに。相変わらずモグラはついて来ているので状況は好転していないが、デスゲームの終わりは着実に近づいていた。

 更に数分。そろそろ終わりと思った途端に緊張が少しだけ解れて、代わりに押し寄せてきた疲労にも何とか耐え忍んで走っている哀れな冒険者の前に、光が差した。ガーネットの赤光ではなく、それよりもずっと明るく暖かな光。普段から洞窟や坑道のような暗中に潜っている冒険者にとって、その虹色交じりの白光は自らの生を客観的に証明してくれる印でもあった。

「外、外だ……!」

 は、は、は、は。息を切らして喘ぐ音なのか、希望を見出して笑う声なのか。ゴールにまみえた今こそが最後の力の絞り時。ぐん、と冒険者の走る速度が上がって、残りのストレートを風のように駆け抜けて行った。

 この坑道には出入り口がいくつかあるが、そのどれもが山の中腹の斜面に開けられたものである。柵も、看板も、採掘や採鉱のための機械もなく、間抜けなあくびのようにただぽっかりと開けられた坑道の入り口から、銀髪の冒険者が虹光こうこう滲む碧空の下へと勢い良く跳び出して来た。

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