第2話
「
起き上がる影は犬めいた四足ながら、銀髪の冒険者の身長と同じぐらいの体高だった。影のように真っ黒い身体の一部が石化して、宝石めいた光を放っている。色は白。ながら、闇と混濁し、黒に拘泥する、向こうを見通せない光だった。見ているだけで不安と恐怖を掻き立てられる。ドレスド級、つまりは最弱、最小、最下に位置づけされる
しゅう、とエニムが威嚇するように鳴いた。吐息が煌めきを孕んだまま宙へと溶けていく。発光する瞳孔が自分を捉えたと分かると、冒険者は応じて構えを取った。獲物はない。腰を落とし、半身になって、両腕をだらんと脱力させる。
しばしの沈黙があって、先に仕掛けたのはエニムだった。銀髪がこれに合わせる。その姿から想像できる通り、獣じみた咆哮と瞬発力とで一気に駆け出した犬型のエニムは、あっと言う間に距離を詰めて目前の敵に噛みかかった。身体の大きさは約二倍。噛みつかれ、組み伏せられればもはや脱出の術はない。銀髪の冒険者は特別に筋肉質というわけではなく、単純な体重差の勝負に持ち込まれれば勝ち目がないことは傍目にも明らかだった。故に、黙って噛みつかれるような愚は犯さない。
暗がりに目を凝らし、エニムを十分に引き付けてからのカウンターだけを狙った。
「ぎゃう!!」
左拳が綺麗に、大口を開けたエニムの下あごを捉えて突き上げた。即座に。
「エミニア!」
力の込められた名が告げられ、拳打を追う。左のグローブの宝石がきらと輝くのと同時に、拳が振り抜かれてエニムの頭部を粉砕した。その細腕では到底実現不可能な威力が、エニムを襲ったのだ。
いかな化け物でも、これをまともに食らっては無事で済まない。下級ともなれば耐えられず、ただのパンチが必殺となる。血ではなく、光の粒が飛び散って、天球を一瞬だけ真昼のように照らし出した。それは、声のない断末魔だった。首から上のなくなったエニムの黒駆が、どさ、と冷たい地に落ちる。数秒もして、首の断面から白光を漏らしていた黒駆はゆっくりと虹色の光の粒となり、消滅していった。
銀髪の冒険者は、敵の首を吹き飛ばした後も気を抜かず、その様子をじいと見つめていた。人を襲う禍々しい姿は地獄から這い出て来た悪魔のようであれば、死後に光となって大地へと還っていく様は神々しくもある。普段から関わり合いのある“力”のくせに、こういう機会でもなければ実際に目にすることがないというのも何だか皮肉な話だった。自分たちがどれだけ所在なく頼りのない力にすがって生きているのかを思い知らされる。
「ともかく、依頼は終わりかな。さっさと……」
どーん。
洞窟が揺れた。地震だろうか? ぱらぱらと天井から細かな土塊が降って来る。冒険者はマントを頭から被せて身を守る体勢を取った。
どーん。
もし大きな地震であれば、落盤も覚悟する必要がある。洞窟、いや、いくら人の手で掘られ舗装された“坑道”とは言っても、打ち棄てられて十年近い舗装はあまり当てにできない。そうそうに脱出する必要があったが、しかし、揺れが続く中をうろうろと歩き回るのは得策とは言えなかった。
どーん。
落盤に巻き込まれてはそれこそ命がない。道を塞がれて閉じ込められるだけなら掘り進むこともできようが、狭い場所で落盤に遭えば生き埋め、一巻の終わりである。そういう意味では、広々とした天球型の空間で地震に遭ったのは幸運とも言えた。後は、落盤が起きるならせめて、ここよりも深いところで起きますようにと祈るばかりだ。
どーん。
それにしても、妙な地震である。大きな揺れが一つあると、しばらく沈黙し、また大きな揺れ。地震って、こんなに断続的に起きるものだったっけ……?
どーん。どーん。どおおおん。どおおおおおん。
……あれ? 近づいて来てないか? 震源地ってこんなに分かりやすく移動するものだっけ? 立っていられなくて、銀髪は衣服が汚れるのにも構わずとうとう膝をついた。体勢を変えたのがきっかけではなかっただろうが、冒険者はそこでようやく、これが自然に起こる地震ではないと気付くのだった。
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