ディア・ミスチア -女装子が巡る石と不思議の世界-

のまて

第1話

 淡く赤く発光する宝石が、およそ柱状に掘られた通路の壁面からちらほらと顔を出している。拳大の宝石から、人の顔ほどもある宝石まで。陽の光の届かない洞窟の奥は、しかしそれら天然の光源のおかげで歩くだけなら明かりを用意する必要はなかった。

 夜と変わらぬ暗がりに煌めく朱色の宝石。まさしく瞬く星のようである。美しく透き通った光の重なりが何のおもしろみもないはずの穴ぼこを鮮やかに彩って、それでいて探索の助けになる程度の明かりまで提供してくれるのだから、こんなにありがたい話もないのであった。

 が、こんな浅い場所に大量に生えている宝石になど、本当は大した価値がない。星詠みを連れてくるまでもない常識だった。採って帰ってまともな価値をつけてもらうにはどれだけの量が必要になるか、分かったものではないだろう。少なくとも、身体一つで抱えられる量ではない。何か、大袈裟な荷車でもあったなら話は別だが、あいにく、手ぶらである。

「まあ、そんな大量の宝石、重くて引けもしないしなあ」

 陰鬱と彩色とが混ざり合う空間に、そのどちらにも属さない陽気な声を響かせたのは、宝石が生み出すかすかな赤を織り込んだように赤みがかった長い銀髪を揺らす小さな影だった。洞窟をゆらゆらと歩く声の主、それは、この風景にはまるっきり似つかわしくない姿の子どもである。銀よりも更に明るい真っ白でノースリーブのワンピースに、空から雲を引き連れて来たような柔らかいシルエットのつば広帽子キャペリン。でこぼこした地面を叩くのは厚手で頑丈なエンジニアブーツなどではなく、おしゃれにフロントレースアップあみあげされた何の変哲もないショートブーツ。まるで、有閑な避暑地でまったりと本を読んでいたお嬢様が、着の身着のまま何かの拍子に洞窟へと召喚されてしまったかのように場違いな衣装だが、しかし、この小さな影は大真面目だった。ふざけているのではなく、列記とした冒険者なのである。すとんと落ちる重ための赤いマントや、無色の宝石をはめたブローチがくっつけられている革のグローブなどは、その証明いいわけ。良く見ると、無色の宝石はイヤリングとして左の方耳に、三日月状のマント留めのアクセントとして右胸に、それぞれ配されていた。遠目にも分かるほどの粒の大きな宝石ながら、周りで煌めく赤い宝石たちのように自ら主張はせず、ただ、眠っている。

 ざくざくざく。小さな冒険者は、いかにも歩きにくそうなブーツでの行進をものともせず、意気揚々と洞窟を奥へと歩いていた。時折、赤い宝石のどれやらに目をつけてはじいと観察し、頷いたり、擦ったり、つんつんと叩いてみたりしている。人間、こうも狭苦しく陽の光も拝めない場所に長々といれば普通は気が滅入ってくるものなのだが、この冒険者にはそういった様子がちらりとも伺えなかった。もし、この子どもが宝石の似合う深窓のお嬢様であったのなら、こんなに土臭くて埃っぽい地中では十秒と保たずに泣くか喚くか、発狂していたことであろう。

 しかし、この冒険者はそうはならない。どれだけ冒険や洞窟の探索を舐めきったような軽装であろうとも、本物の冒険者だからである。望んで洞窟へと入り、望んで奥へと進んでいるのだ。

 むろん、目的があった。“採って帰ってまともな価値をつけてもらうにはどれだけの量が必要になるか分かったものではない”宝石の採鉱ではなく、もっと奥に眠るとされる別の目的だ。この鉱山は既に棄てられているから、目ぼしい宝石や目新しい鉱床に出会える可能性は限りなく低かったが、代わりに、人の手を離れた洞窟には宝石以外のモノが棲み付くのである。

「結構歩いたなあ、もうそろそろだと思うんだけど」

 この穴ぼこに踏み入って、既に一時間は歩き通しだ。疲れるにはまだ早いが、これ以上深入りするようなら話が違ってくる。“浅いところにソレはいる”と言うから引き受けたのに、もしこのまま“ソレ”が見つからず、成果なしなんて残念な報告を持って帰ろうものなら、あの無礼の塊みたいなマスターはここぞとばかりに鼻で笑うに違いない。冗談じゃなかった。かといって、無理に洞窟に引きこもるには装備があまりに心許ない。不慮の事故に備えて一日や二日は引きこもれる程度の食料は持参するのが冒険者のマナーだが、これらはあくまで緊急の話。本腰を入れた装備はもっと大仰でなくてはならない。このまま引きこもったら、生き長らえるには足りても、元気に冒険するほどの気力は養えないだろう。薬類も足りていないし……。

 冒険者の心が少しだけ暗がりの方に傾きかけたのを見計らって、洞窟が開けた。天球型の空洞。天井に張り付いた宝石を見るに、それほど広い空間ではないようだった。

 その中央に、光がある。宝石ではない。宝石のように無垢で、純粋で、透き通った光ではない。“ソレ”は、柱状の通路から天球の空洞へと踏み越えて来た侵入者に呼応して、ゆっくりと体躯をよじりながら、起き上がった。

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