海岸に背を向けて

S.K

第1話

波の音が続く海岸線を去年買った愛車のベンツで駆け抜ける午前4時、少し明かりが太陽のお陰で見え始めた時間帯に僕は意識を失った。目が覚めると地面はとても柔らかくザラザラしている。多分これは浜辺の砂だろう。少しづつ体を起こすが、上手くコントロールすることが出来ない。無理に動くこともないので、時間が許す限りここで空を見上げて寝る事にした。それが彼女と出会いきっかけになるなんて思わなかった。


一章 おはよう


「大丈夫?」聞き慣れない甘い声を耳に通し、寝起きの細い目を擦りながら目の前を見ると、若い女性が僕を見て不思議そうに眉を顰めている。驚いて思わず思わず「わぁ」と無駄に大きな声を出してしまった。その途端に彼女も呪いにかかったのか「わぁ」と同様に声を出した。その可愛らしい姿を見ると、思わずクスッと笑ってしまいたい程愛くるしかった。彼女はそんな事を考えてるとは知らず、さっきとは違い冷静を装い単調な声で話しかけて来た。「なんでこんな所で寝てたんですか?」確かに他人からしたら私は変人に思われる行動をしているのは間違いなかった。だが、あの時は体が動かなかったので仕方なかったのだ。「つい数時間前まで、体が痛くて動けなかったんです。だからそのまま寝ちゃって」彼女は納得のいかない顔をしてしつこく問いかけてくるが、まず見ず知らずの他人に話す意味などないので、そのまま無視して歩き出すと腕を強く引っ張られ、進むのを邪魔してくる。「じゃあどうしてこんなとこに居たの?夏でもないのに」「車に乗ってたら意識がなくなって、気がついたら海に投げ出されてたんだよ」すると彼女は掴んだままの腕を引っ張って何処かに連れて行こうとする。「どこに行くつもりなんだ」「とりあえず私の家に来てしっかり休まないと」「名前も知らない人の家になんか行けるか」「どうせ、何も身につけてない貴方がこのまま何か行動出来るとは思えないわ」酷く馬鹿にされたので腹が立ったが、彼女の言っていることは実際に反論の出来ない程当たっていたので、少し信頼してみることにした。「それで、君の家はどこなんだ」「君じゃなくて楓って言うんだけど」「じゃあ楓の家は近くなのか」「この近くに家があると思う?」「じゃあ何キロ歩かせるのだ」「男なら何も言わずついて来てよ」「教えるだけでそんなに怒ることもないだろ」「じゃあ5キロ」「そんなに歩かないと行けないのかよ」「ほらやっぱり文句言った」「後何キロ?」「もうすぐだから」ようやく着いた場所には令嬢なのかと思わせる規模の家が目の前に建っていた。「まさかと思うけど、この家ではないよね」彼女はまた眉を顰めて、「これだけどどうして」「いや、君って何者?」「それはこっちが聞きたいよ。あんな所で寝てたくせに」「いや、それとこれとでは話が違うよ」「入るよ」中に入ると人の気配は全くしなかった。普通はこの規模の家だと、メイドやら執事が出迎えてくれる気がするが、そんな出迎えなどなかった。「メイドとか執事とかはいないの?」「メイドとか執事の前に、私には父も母も居ないわ」平然とジョークを言うんだなと思っていると彼女の言葉はジョークなどでは一切なかった。どこを歩き回っても誰もおらず、この広い家を2人きりの状態が続いた。「名前を聞いて居なかったわ。なんて言うの?」「浜辺勇気」「じゃあ、勇気って呼ぶね」そう言って彼女が連れて来た場所はベッドだけが置いてある部屋。「今日から勇気はこの部屋を使って」「何を言ってるんだ。僕は帰るよ」「私を一人にして?」「そんなの僕には知らないし」すると彼女は急に何かを思い出したかのように泣き出した。これは探ってはいけないなと判断し、泣き止むまで待ったが、理不尽な事に彼女は慰めなかった私を悪魔だといい張り、許す代わりに今日だけでも家に泊まっていけと頬を膨らませながら駄々をこねた。正直こういう事をされると断れない為、今日だけをやたらと強調して、泊まる事にした。たった1日の夜だったが、彼女はこの家の部屋などを全て覚えさせようとした。挙げ句の果てには、食事やゴミ出しの当番さえ決めようと迫られたが、最初に言った通り、今夜だけの泊まるのだけなので彼女の思惑通りにはさせなかった。舌を出し勘付かれたか、みたいな顔をしたが、どう対応すればいいのかわからず、とりあえず作り笑いを見せたが、あまりの完成度の低さに彼女は苦笑いをした。

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海岸に背を向けて S.K @andhikikomori

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