第15話
俺は直感的に悟っていたのだ。ここで、この祠を巻き込んで暴力沙汰を起こすことは、人間でも自然でも霊魂でも、絶対にあってはならないのだ。
ようやく意志の疎通ができるところだったのに……!
怒りとも悔しさともつかない感情が胸中に渦巻き、俺は立ち上がろうと四肢を振り回そうとした。が、俺に覆いかぶさったもの――先ほど射撃開始を指示した人間だろう――が上手く俺の関節を押さえつけ、俺に立ち上がることを許さない。
メイド服は土埃にまみれ、淳平に着せられた時の彩りは見る影もない。俺自身、口に泥が入って吐き出すのに四苦八苦していた。
しかし、その拘束は急に解かれることになった。四方から聞こえてくる『クリア』という復唱によって。恐らく、先ほど光線銃(のようなもの)で射撃を行っていた人間たちが、制圧完了を示すための復唱だったのだろう。
ん? 『人間たちが』『制圧を完了した』だと? 俺は、俺を押さえつけていた人物を突き飛ばすようにして立ち上がった。そして目に入ってきたものに、絶句した。
祠がなくなっている。物理的に、そこに建ってはいなかったのだ。足元に視線を落とすと、そこには無残に粉砕された木材と石材が散らばっていた。
今まで断片的にしか周囲の状況を飲み込めなかったが、やっと俺は、ごくごく簡単な結論に至った。
人間が、祠を銃撃して破壊したのだ。文字通り跡形なく。
その無残な祠の残骸に、俺は言葉を失った。それに、エリンが声をかけてきたことにも気づかなかった。
「怪我はないか?」
「……」
「歩けるな? すぐに学校に戻るぞ」
「……」
「何か答えろ、荒木修一!」
俺は動けない。それどころか、口も利けない。足はぴくりともしなかった。それこそ、足から根が生えてしまったかのように。
佇むしかない俺の腕を、大柄な男性隊員がぐっと引いた。全く事情を把握できていないに違いない。俺は危うく転ぶところだった。俺が反射的に手を伸ばし、体勢を立て直したその時だった。無線特有のノイズがザザッ、と入った。
《臨時指揮所より先遣、状況を報告せよ》
それに答えたのは、通信機を背負った隊員だった。
「こちら先遣、目標を完全破壊。繰り返す。目標を完全に破壊。この山中及び上空の制圧を完了しました」
《了解。高橋司令より撤退命令……は、はッ? 了解しました》
何やらごそごそと、無線機の向こうで音がする。それから聞こえてきたのは――。
《諸君、ご苦労! ベースに帰り着くまでが戦闘だ。警戒を怠らずに、慎重に戻ってきてくれたまえ!》
どこかで予期していた。それは紛れもなく、高橋辰夫の声だった。
予期しきれなかったのは、次に俺自身がどんな行動をとったのか、だった。
ガードも狙いもあったものではない。俺は通信係に向かってひとっ跳びし、油断しきっていた隊員の頬に思いっきり拳を叩き込んだ。
「おい小僧、何してる!?」
周囲の状況など構う暇もなく、俺は続けざまに左腕を引いた。しかし、そのストレートが決まることはなかった。
「ぐっ!?」
流石そこはプロなのだと、俺が冷静だったら思うところだろう。だが、その時の俺は自分の感情を留める術を知らなかった。
「離せ! 畜生、殺し屋共め!」
「おい、さっさとガキを押さえつけろ!」
数秒の内に、俺は再びねじ伏せられた。メイド服はところどころが破け去り、原型を留めていない。
その時、エリンの鋭い声が響いた。
「警戒! まだ目標が動いてる!」
「!?」
俺は半ば無理やり首を曲げ、祠のあった方に視線を飛ばす。するとそこでは、青白い光が再び球体の形を成そうとしているところだった。
「待て! 撃つな!!」
俺は唾と泥と僅かな鮮血を飛ばしながら叫んだ。しかし、エリンは警戒心剥き出しのまま。目にもとまらぬ挙動で、腰元から大きな拳銃を抜く。
「エリン止めろ! エリ……ぶっ!!」
俺は後頭部を、自動小銃の把手で殴打された。
球体が無残にも砕け散っていく。ああ、なんということだろうか。言葉を発することも叶わず、俺は自分の無力さを呪った。
気を失う直前、俺の目に映ったもの。それは、執拗に銃撃を繰り返すエリンの冷めた横顔だった。
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