第7話
「ま、物理的に影響はないみたいだし、脅しをかけているみたいなのよね、彼ら怪物は。でも本気になったら、何をどうするか分からないわね。今日現れたゴツイ奴――あのゴーレムみたいな奴ね――、あいつが本気をだしたら、人間の造った建物なんてどうなるか分からないわよ」
隣でカタッ、と何かが揺れた。淳平がビビって肩を震わせたようだ。
「ちょっと、そんなに怖がってたらこの学校ではやっていけないわよ」
「し、しかし後藤先生、得体の知れないモノがうろつき回っているとしたら……」
「その辺は高橋理事長に任せるしかないわね。ここだけの話だけど」
手招きをする後藤教諭。俺と淳平はゆっくりと、耳に手を遣りながら後藤教諭に近づいた。
「あのね、高橋理事長は私兵……というか、傭兵を三十人ほど従えているらしいの。通常は美玲さんの警護役や、本社ビルの警備員の格好をしているけど、本業はどうだか」
『ま、気質の人間たちではないだろうね』とつけ加える教諭。
「彼らが怪物退治をしてくれますか?」
試しに尋ねてみる。すると教諭は軽く肩を竦めた。
「まあ、死者が出るまでは乗り込んでこないでしょうけど。それよりあなたたち!」
俺と淳平は揃って顔を上げた。
「もう昼休みに入っちゃうわよ?」
「げっ! いつの間に!」
時計は十一時五十五分前後を指していた。
「一之宮さんは恐怖で一時的に意識を失っただけ。すぐに戻れるわ。それと、今日のお昼休みは全校テレビ放送で高橋理事長の弁論があるみたいだから、さっさと戻りなさい」
「分かりました。失礼します」
素直に退室する淳平。俺もそれについていこうとして、ふと葉子の寝かされているベッドの方を見遣った。今はきっちりとカーテンに仕切られていて、中を窺うことはできない。
大丈夫だろうか。
「修一、もう二分前だ。早く戻った方がよさそうだ」
「あ、ああ」
俺も後藤教諭に軽く頭を下げ、その場を後にした。
※
《さあ皆の衆! 入学早々にすまないが、ビッグニュースだ! 食事を摂りながらでいいから聞いてくれたまえ!》
俺たちが教室に到着した頃には、既にそんな声が校舎中に響き渡っていた。
教室の照明は落とされており、スクリーンが展開されて映像が映されている。その向こうで、高橋理事長は実に愉快そうな、子供のような笑顔を振りまいていた。デスクに両肘をつき、その先で指を組んでいる。
《我々高橋コーポレーションの独力で、人工衛星を打ち上げることになった! その発射日時が、今日の十二時半なのだ! つまりあと二十八分後! 君たちは私と共に、歴史の目撃者となるのだ!》
「人工衛星……」
俺はぼんやりと呟いた。
聞けば、高橋理事長が会長を務める先端技術繊維工業社が、人工衛星の小型化に成功したらしい。それを搭載した小型の宇宙船が、まさに発射される直前であるとのことだ。
映像が切り替わり、『現在の種子島宇宙センターの映像だ』と告げられる。
俺たちはしばし、箸を置いてスクリーンを見つめた。
《今回のロケットには、特殊な性能を持つカメラを搭載している。今朝地面から怪物が現れたのを見聞きした諸君も多いと思うが、これからは心配無用! 新型カメラは怪物の姿を捉えることができる! すぐに機動隊が到着し、諸君らを安全に非難させ、怪物を打ち倒すはずだ! 安心してくれたまえ!》
『それでは、発射の瞬間を共に見守ろう』と言って、理事長の声は聞こえなくなった。
直後、クラスは喧噪に包まれた。
「でさ、お前見たかよ、あの怪物!」
「見た見た! なんかでっかい腕みたいなもんが――」
「うわー、俺の部屋からは見えなかったんだよな! 羨ましい!」
俺は少しばかり、頭に血が上るのを感じた。
お前たちが無事でいられるのは、誰のお陰だと思っているんだ? 葉子だぞ? 一之宮葉子が怪物の前に飛び出して懇願したから、校舎も宿舎も無事だったんだ。
その葉子が恐怖でぶっ倒れたというのに、全く……。
俺がため息をついた直後だった。
《諸君! 発射までのカウントダウンが三十秒を切ったぞ! もうじきだ!》
小学生かあんたは、とツッコみたくなったが、聞こえるわけがないので止めておく。
やがてカウントダウンは残り二十秒になり、十五秒になり、十秒になった。どんどんクラス内の熱気が高まってくる。そして、理事長自身がカウントダウンを始めた。
《五、四、三、二、一、零!》
ゴオッ、とエンジンを蒸かすロケット。それに続いて、バシュウウウ、というどこか鋭利な音を立てて、ロケットは飛び上がっていく。
その時、『ひゃっほううううううう!』という奇声が俺の耳朶を打った。声の主が誰かは言うまでもない。
「さっすがお父様! 実に見事な打ち上げですわ! おーっほっほっほっほ!」
美玲の言葉に、同調を示す取り巻きたち。美玲を中心にして興奮の輪が広がっていく。
しかし、いや、案の定、俺は素直に喜ぶことはできなかった。
怪物を監視下における、人工衛星の打ち上げ成功。もしこれ以上怪物が現れなくなったとすれば、葉子も無理をして立ち向かう必要はなくなるだろう。俺も余計な心配の要素を減らせる。
だが、この堅山に宿る霊たちが黙っているだろうか? それに、葉子は言っていた。『あなたたちの土地は必ず取り返す』と。どうして葉子がそんな立場にいるのかは分からないが、この山にこれ以上手出しをするべきではないのではないか。でなければ、葉子はまたぶっ倒れるようなことになりはしないか。
俺にはそれが、心配でならなかった。
※
五時間目と六時間目の間に、葉子は教室に戻ってきた。
俺がそれに気づいた時には、葉子は美玲に詰め寄られるところだった。内心舌打ちをする俺。くそっ、出遅れたか。
相変わらずのキンキン声で、美玲は貧相な胸を張りながら葉子に向かって語りだした。
「あらあら一之宮さん! もうお身体の方はよろしくって?」
こくり、と静かに頷く葉子。
「ま、わたくしたちを守ってくださったことには感謝致しますわ! でもね、これからはそんな必要はありませんことよ! あなた、ご覧になったかしら? お父様の為された人工衛星の打ち上げ!」
葉子は首を横に振る。それを見て、美玲はあからさまに軽蔑の眼差しを葉子にくれた。
「あんなビッグイベント、見逃すなんて一体どういうお考えがおありで? それとも最初から考えなんてなかったのかしら? 全く、あなたって方は――」
「その辺にしとけよ、高橋」
気づけば、俺は葉子の傍らに立ち、強い視線で美玲の前に立ちはだかっていた」
「あらら? 荒木さんじゃありませんこと? 先ほどは失礼いたしましたわ」
少しばかり顔を引きつらせる美玲。今朝、ボディガード二人を撃退してやったことにはそれなりの効果があったらしい。
しかし、美玲はすぐにいつもの厭味ったらしい笑みを取り戻し、言葉を続けた。
「俺のことはどうでもいい。だが一之宮に向かってあの言い分は何だ? 誰に助けてもらったと思ってるんだ? お前が取り巻きの連中と一緒にいる時、怪物に襲われたら、お前はそいつらを守ってやれるのか?」
「またあなたはグダグダと……!」
美玲の顔から笑みが滑り落ち、その裏の怒りが露わになる。
「以前も申しましたけれどね、わたくしがお父様に訴えかければ、あなたも一之宮さんも、すぐに退学処分にして差し上げられるのよ?」
「ぐっ……」
俺は、今回は言葉に詰まった。
俺の身の話だけならいい。だが、今美玲は、俺だけではなく葉子までもを照準に入れている。これでは、下手に動けない。葉子がどんな意図があってこの高校に来たのか、そこまでは分からなかったけれど。
「おやおや? 先日の威勢のよさはどこに行かれたのかしら? 今日は頭を使いすぎて、威勢が休暇中なのかしら?」
美玲の下手なジョークに、ニヤニヤ顔を向ける取り巻きたち。こいつらめ……!
「悪いな、葉子。下がってろ」
俺は一歩、美玲に向かって踏み出した。狭い教室の中で、ボディガード――先ほど軽傷だった方だ――が一人、ずいっと俺と美玲の間に割り込む。いつの間にか、クラス中がごくり、と唾を飲んで俺たちを見つめていた。
また暴力に頼るしかないのか? 俺がファイティングポーズを取ろうとした、その時だった。
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