第23話○希望


 職場の嫌われ者になった私は、毎日事務所の机に座って一人でお弁当を食べ、仕事を淡々とこなしていた。

 利用者宅に訪問する時だけが唯一、笑顔でいられる時間だった。


(休憩室でみんなでワイワイ食べてた頃は楽しかったな……)

 事務所に異動してから最寄り駅までは歩きで5分位だったが、その道中の足取りは朝は重く、帰りは自然と早くなっていた。


 事務所の中で会話もない……自分がいるかいないか分からない無意味な存在な気がしていたある日、突然幸せがやってきた。


 夫との子どもができたのだ。

 信じられない……

 いつかはと思っていたけれど、本当にそんな日が来るなんて……

 私は幸せな気持ちでいっぱいだった。


 産婦人科で仕事を聞かれ、利用者宅に訪問するために自転車に乗っていることを話すと「妊娠中の自転車は流産の危険性があるので早めに退職した方がいい」と言われた。


 私は所長に報告し、「急にお騒がせしてすみません」と退職の意向を伝えた。

 まとめて名前を書いておいたタイムカードについても「無駄になってすみません」と謝った。


 幸い系列デイ職員がケアマネ試験に合格し、今度から事務所に入る予定だったので後任はその職員ということですんなり決まった。


 つわりで引き継ぎするのがつらい時もあったが、内心は新しい命が自分の中にいることの嬉しさでいっぱいだった。


 担当をしていた方の中には、私が退職することを伝えると「寂しい……」と手を握ってくれたり泣き出してしまった方も何人かいて、(私のような新米ケアマネを信頼して下さって本当にありがとうございました)と感謝の気持ちでいっぱいだった。


 妊娠による退職の話を所長にしてから、彼とは益々気まずくなり……デイの方でお昼を食べているようで事務所で会うことすらなくなっていた。


 退職の数日前、彼が珍しく話しかけてきた。


「…………どうせ戻ってくるんだろう?」


「……嫌だったら戻らないから安心して」


 会社には育児休業制度がなかったので一度辞めるしかない。

 しかし退職後、再度希望し所長が認めれば再就職することができる……

 つまり嫌われ者の私には無理だった。


 休憩中ソファーで寝ている彼の横を通ろうとした時、開かれた携帯画面が何気なく見えてしまった。


 そこに写っていたのは、昔ふざけて撮った私の寝顔写真だった……


(ずっと前にいらないから消したって言ってたのになんでとってあるの?)

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