結末

「目標Bをレールガンにて撃墜しろ」


 吉田が射撃担当オペレーターに指示を出す。


「了解! 発射!」


 照準を目標Bに合わせた後、既に準備を終えていたレールガンからバレットが射出される。


「複合キャパシタ設備に再充電。次弾を装填して充電完了を待て。照準は、そのまま」

「了解です!」


 数十秒後に索敵オペレーターから報告が入る。


「目標Bの破砕を確認! 撃墜に成功しました!」

「照準を目標Aに変更。充電完了次第、撃て」

「了解!」


 報告を聞いた吉田から射撃担当へ直ぐに指示が出される。


「目標Aの様子は、どうか?」


 大内から索敵オペレーターに質問が飛んだ。


「目標Aから弾頭が別れて出てくる様子は確認できません!」


 どうやら先に撃墜した目標Bが多弾頭であったらしい事に、吉田も、大内も、心の中で静かにホッとした。


「再充電完了! 次弾、発射!」


 射撃管制室内に担当オペレーターの威勢の良い声が響いた。


 そして数十秒後、軌道上自衛隊は目標Aの撃墜にも成功する事になる。




 二つのSLBMの撃墜に成功してから一時間後。


 吉田は休憩所内の喫煙ルームにて煙草を吹かしながら窓から地球を見ていた。

 喫煙ルームは国際宇宙ステーションで無くなる直前に増設された実験棟の一つで、そのまま軌道上自衛隊基地になっても存在していた。

 無重力空間内での定期的な喫煙が可能かどうか、どの様な問題があるのか、精神安定などのメリットはあるのか、などの実証実験を行っていた部屋が、そのまま残されているのである。


 室内に副司令の大内が入室してきた。


 吉田から煙草を一本受け取ると近くにあるシガーソケットからライターを抜いて煙草に火を移した。


 大内は腰のベルトの簡易フックを扉に対して横向きに部屋の内側の周囲をグルリと囲んだ手摺りに引っ掛ける。

 中央に向かって流されない様にする為だ。

 煙草を吸って煙を吐くと、その煙は部屋の中央へと漂っていく。

 中央で竜巻の様になり天井の穴へと吸い込まれた。

 床にも穴が開いていて、そこから吹き出す人工の風が天井へと渦を巻いて吸い込まれていく。

 吉田が煙草を中指と親指で摘みながら人差し指で叩くと灰が離れた。

 その灰も天井の穴へと吸い込まれていった。

 この喫煙ルームの空気はフィルターを通して、この天井の穴と床の穴を空調で循環させている。

 無重力空間での喫煙を可能にする唯一の部屋だった。


「浮上した原潜と連絡が取れた様です。報復作戦行動は即座に中止されました。北からの米軍への更なる報復攻撃の兆候もありません。ひとまず開戦は回避された様です」

「なによりだな」


 大内の報告に吉田は満足気に微笑んだ。


「しかし驚きました。吉田司令は、あの様な考えを持って、この部隊に臨んでいたのですね?」


 大内は憧憬の眼差しを吉田に向ける。

 吉田は照れて、済まなそうに微笑んで答えた。


「ああ……あれは、まあ……隊員達の士気高揚を狙って盛った、はったりだ……」


 大内は少しだけ口を開けて呆れた様子で吉田を見つめ直した。

 吉田は話し始める。


「まあ、そういう思いが全く無いと言えば、それも嘘になる。しかし核爆発を地上で起こさせないと言っても、途上国で核武装を目指している国の核実験は、これからも外交努力ですら防げずに行われていくだろう」


 吉田は少しだけ遠い目をした。


「原発の危険性だって現代においても全く払拭された訳でも無い。むしろ老朽化によって危険が増している発電所の方が多い。天災が引き金の事故だって、いつまた起こるのか誰にも予測はできない」


「現代戦においても劣化ウラン弾の使用などで被曝するケースもある。それに原爆や水爆以上の破壊兵器の開発に人類は手を出し始めているし、視点を変えれば地雷などは核よりも多くの民間人を死に追いやっている兵器だ」


 吉田は、そこまで話すと黙ってしまった。

 静寂に耐えきれず、大内は話題を変えてしまう。


「そういえば、なぜ目標Bが多弾頭であると見抜いたのですか?」

「別に見抜いたわけじゃない。ただ戦争になれば容赦しないのが米軍だと思っただけさ……」


 そう言って煙草の煙を口から吐く吉田。

 大内は吉田の言っている事の意味が分からないといった表情をした。

 吉田は微笑むと説明を補足する。


「長崎に原爆が落とされた時に当初、米軍は旧日本軍の兵器工場のある小倉が目標だった。しかし天候不順で目標を視認できずに長崎に変更した。当時二発しか無い原子爆弾の筈なのに帰投して後日に小倉に投下し直す様な事はしなかった」


 吉田は地球を、地上を見詰めた。


「兵器工場に落とす事が重要だったんじゃない。今すぐに、相手の心を折るために、二発落とす事が必要だったんだ。一発だけなら相手は……もう敵は、そんな怖ろしい爆弾を持っていないと思い込んでしまうからな」


 地上は夜明け前で、まだ暗かった。


「だから大量の市民が、死者が出ると事前の広島で分かっていた筈なのに躊躇い無く長崎に落とした。それが戦争なんだろう」

「……それで米原潜の艦長なら都心部を確実に壊滅させる為に多弾頭を使うだろうと予想したのですね?」


 大内の質問に吉田は静かに頷く。


「ま、今のも俺の勝手な妄想なんだがね……。一応……広範囲への攻撃力はあっても多弾頭では北の軍の所有する強固な発射施設に壊滅的な打撃は与えられないから使用しないだろう……とか……都心部へ向かうSLBMの撃墜を優先した方が人的被害が少ないだろう……とか、他にも色々と考えて決めた部分はあったんだが……」


 吉田は大内の顔を見て微笑む。


「ま、三度の撃墜に成功して良かった。隊員達の自信もついただろうし、近隣諸国に日本への弾道ミサイルによる攻撃は防がれる可能性が高いと示す事も出来たしな」


 そう言って大内の肩を叩く吉田。

 大内は自身が気になっていた事を質問する。


「……内閣府から撃墜要請が無かった場合は、どうするつもりだったんですか?」

「……俺の持つ権限の範囲内で勝手に撃ち落としてたさ。君の言う通りバレットの残弾には限りがある。しかも現状は非常に心許ない位に少ない。今回の米軍のSLBMが北に着弾していたら中露も黙ってはいないだろう。第三次世界大戦の……核戦争の引き金になっていた可能性は充分にある。そうなれば今の我々に勝ち目は無い」


 急に真顔になって答えてくる吉田の真剣味に大内は、背中に冷や汗をかく思いだった。

 吉田は真顔から笑顔に戻ると大内に再び話し掛ける。


「しかし今回の撃墜に成功したおかげで防衛庁にも軌道上自衛隊の予算増額を申し上げ易くなっただろう。バレットの補充申請は勿論、可能だったら、もう一門の新しいレールガンとキャパシタ設備の増設を上層部に具申しておいてくれ。……頼んだぞ? 大内副司令……」

「……了解であります」


 大内は吉田に敬礼をすると煙草の吸い殻を灰皿の代わりの専用ダストボックスに投げ入れる。

 吉田も自分の吸い殻を入れて蓋を閉じた。


 大内は持ち場に戻る為に喫煙ルームから出て、更に休憩所も後にした。


 吉田は喫煙ルームから出ると、休憩所の大きな窓から見える地上を見下ろした。


 夜の地上には人工の灯りが星々の様に煌めいていた。


 この灯りの中に今にも核兵器の使用を考えている為政者がいるのかも知れない。


 そう考えると吉田は、美しい筈の夜景を見ても、やるせない気持ちにさせられるのだった。

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