選択
吉田と大内が射撃管制室に着くと、通信オペレーターが原潜に関する資料を前面のパネルに表示させる。
彼は、その内容を吉田に報告した。
「米国防総省は原潜に搭載されている兵器の種類と数に関しての情報提供を機密事項に当たる事を理由に却下してきました。しかし、北が日本国内の米軍基地や関係施設を攻撃した際の報復作戦行動に関する書類だけは、何とか提出してきましたよ」
パネルに映し出された資料の一部が拡大される。
通信オペレーターが、その内容の説明を始めた。
「北が攻撃して来た場合に、この原潜は潜航を開始。二発のSLBMを海中から発射した後に浮上して、米軍司令部と連絡して指示を仰ぎ、司令部との通信が不可能な場合は艦長の判断によって独自の戦略行動を取る事になっています」
「つまりはSLBMを二発、発射するまでは浮上してこない?」
通信オペレーターの説明に大内副司令が質問の形で確認を取る。
「はい。浮上してくるまでは外界との、あらゆる通信が途絶されています。この原潜がSLBMを二発撃った後に浮上して司令部と連絡を取り合うまでは、報復作戦行動を中止させる事も出来ません」
通信オペレーターがパネルに向き直ると次の資料が拡大された。
「二発のSLBMの目標設定は艦長の判断に委ねられています。北の何処を狙って発射されるのかは直後の弾道計算によってしか、こちらでは明らかに出来ません。また、どの位置から、どのタイミングで発射されるのかも現時点では不明ですが、報復作戦行動書によれば恐らく二十分以内に日本海に現れると予想されます」
「原潜が潜航を開始した場所と、およその速力からSLBMの出現位置の探査範囲を設定しておいてくれ。時間に合わせて範囲を拡げるのを忘れない様に……」
「了解です」
通信オペレーターの説明を聞いた吉田司令が、索敵オペレーターに指示を出した。
「吉田司令?」
「念の為だ。内閣府から、いつ撃墜要請が来るとも限らない」
大内の言わんとする事を理解した吉田は、そう答えた。
吉田は通信オペレーターに尋ねる。
「地上からの迎撃態勢は、どうなっている?」
「事態が事態なので既に北、及び中国にも米軍から連絡がいっています。北の迎撃態勢に関しては不明ですが、中国は迎撃する事に関しては前向きに協力するとの事でした。しかし、自国でない場所に向かうSLBMの撃墜に成功するのは難しいとの話です」
通信オペレーターの説明は続いて日米の迎撃態勢に関する話題に移った。
「日本海側を航行中だった米軍艦艇が現時点では、この潜水艦ただ一隻のみで米軍による発射直後のSLBM撃墜は難しいとの連絡があります。内閣府は日本海側に配置されている我が国の地上に展開された防衛システムの即時使用を決定しましたが、これも日本海側から本土に向かってくる想定で配備されているので、逆進するSLBMを撃墜可能かどうかは未知数です」
「……というか、ほぼ不可能だろうな」
通信オペレーターの報告に大内は、そう感想を漏らした。
「我々の基地に装備されているレールガンでも逆進するSLBMの撃墜までは想定されていませんでしたが、対応は可能だと思われます。ただ……」
「ただ……なんだ?」
言い淀んだ通信オペレーターの発言の先を、吉田は促した。
「資料にもある通り発射される二発のSLBMは、何れも核弾頭が搭載されていますが、内ひとつが多弾頭式であるそうです」
「……司令……」
報告を聞いた大内の額に汗が滲む。
「……先に多弾頭式から撃墜しなければ、キャパシタ施設を再充電してレールガンの二発目のバレットを射出するまでに弾頭が分かれて撃墜不可能になるということか……」
「はい……」
確認する吉田の呟きを肯定する通信オペレーターだった。
吉田は大きく息を吸うと深呼吸をする様に吐いた。
「具体的な作戦行動は、撃墜命令が出た場合になるが……全員に私の考えを聞いておいて欲しい」
射撃管制室内にいる全隊員が吉田を見つめる。
「我が日本は世界で唯一、第二次世界大戦中に広島、長崎と二発の原子爆弾による攻撃を受けた被曝国だ。また東日本大震災においても福島原発事故という大きな災害によって戦後も被曝に見舞われたという歴史を持つ」
「そのせいか、もしかしたら我々日本人には核を嫌うという性質が遺伝子に組み込まれてしまったのかも知れない。日本は近隣諸国の核兵器の脅威に晒され怯えつつも今日まで核兵器を持つに至らなかった。抑止力として、報復手段として、それが最善である事が分かっていたにも関わらずだ」
「だが私は、それでいいと思っている。この基地の存在は、私たちの先祖が核兵器を否定しろと天国から見守ってくれている結果と、その結実だと信じたい。私は私自身と君たち隊員全員の努力で二度と我が国土に……いや、この地上に……核兵器による惨劇を繰り返すことがない様に出来ると信じている」
「私は核爆発を二度と地球上で起こさせるつもりは無い。……以上だ」
静まり返った射撃管制室内。
大内副司令が静かに両手を叩いて拍手を始めると、それは少しずつ複数の音叉が鳴り出す様に全隊員の中へと拡がっていった。
室内は静かなる拍手に満たされていった。
その拍手の波を遮るかの様に通信オペレーターの端末からコール音が鳴り響く。
受話器を取った通信オペレーターは吉田に、その内容を伝えた。
「防衛庁からです。内閣府より正式にSLBMの撃墜要請が出ました」
「……第一種戦闘態勢に移行……」
吉田の号令の元、全隊員が配置に着いた。
数分後に索敵オペレーターから報告が入る。
「日本海より二発のSLBMの発射を確認!」
「以後、先行する初弾を目標A、次弾を目標Bと呼称!」
「了解!」
大内の指示にオペレーターが返事をする。
「弾道計算は? 何処に向かっている?」
吉田の質問に、すぐにオペレーターから答えが返ってきた。
「目標Aは北のICBM発射施設へ! 目標Bは首都へ向かっています!」
この内の一つが多弾頭……。
吉田はオペレーターから得た情報を元に即座に判断して、最初に撃墜するべきSLBMを定めた。
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