発端
国際宇宙ステーション。
今は軌道上自衛隊基地となっている。
その中で突如として警報が鳴り響いた。
「北からのミサイル発射が確認されました!」
ミサイルの発射台への移送は、前日に確認されていた。
隊員達に心の準備は出来ていたが、初めての実戦に緊張の色が隠せない。
「すぐに弾道を計算してミサイルの目標を割り出せ」
その様な中でも基地司令の吉田は、至って冷静に指示を出した。
しかし緊張しているとはいえ優秀なオペレーターは、彼の指示の前にミサイルの目標を割り出す作業に入っている。
そうは言っても作業自体は単純なもので、端末を操作してメインコンピュータに計算させて、その結果を受け取り吉田基地司令に回すだけであるが……。
「目標は……横須賀ですっ!?」
出力された結果に我が目を疑い思わず声を荒げるオペレーター。
……何かの間違いではないのか?
射撃管制室にいる全員が、そう思った。
吉田司令を除いて……。
出された結果に愚直に対応するだけ。
そう考えた訳では無いが、吉田は疑念によって対応の遅れが無い様に指示を出した。
「レールガンの発射準備」
「レールガン発射準備!」
射撃管制室の灯りが非常灯に切り替わる。
「複合キャパシタ設備に電力投入。フル充電まで一分!」
「敵性ミサイルへの照準固定よし!」
「バレット装填終了! 撃ち方準備よし!」
各オペレーターの声が管制室に木霊する。
「充電完了次第、撃ち方始め」
吉田は最後に、そう指示を出した。
軌道上自衛隊基地は現在、日本と同じ経度に位置する赤道上の静止軌道に移動させられていた。
その下部には、まるで日本を狙っているかの様な長い砲身が備え付けられている。
しかし、それこそが今や日本の守護神の役割を担うレールガン、その本体だった。
その砲身の先が、ゆっくりと日本海に向けて動き出す。
照準が敵性国家の大陸間弾道弾の進行方向に合わせられているのだ。
バレット。
レールガンに使用されている弾丸の呼称。
そのバレットがレールガンから射出され大陸間弾道弾に直撃する様に砲身の先の狙いは定められている。
その様な迎撃手段が可能かどうか……。
軌道上自衛隊の真価が初めて問われようとしていた。
「発射!」
射撃担当のオペレーターがバレットの射出ボタンを押した。
最後の微調整を終えたレールガンの砲身から音速を遥かに凌駕する速度で弾丸が撃ち出される。
高速で回転するバレットの強化セラミック合金製の外装甲が、大気圏との摩擦による高温で赤銅色に染まった。
そのまま敵性国家の大陸間弾道弾が通る道筋へと真っすぐに向かう。
そして着弾の刹那、外装甲はパージされて内部の弾丸の本体が現れる。
本体は、まるで
ミサイルはバレットが命中した場所から木っ端微塵に砕け散る。
その破片は国土を穢すことなく、全て日本海へと落下した。
第二射の準備の途中で第一射による撃墜を確認したオペレーターが、歓喜の声で吉田司令に報告する。
「ICBMの撃墜を確認! 成功です! 撃墜できました!」
その報告を聞いて吉田は目を閉じて天井を仰いだ。
そして再び目を開いて顔を正面に向けると隊員達に指示を出す。
「第一種戦闘態勢を解除して全員、第一段階の警戒態勢に移行。通信オペレーターは撃墜の成功を防衛庁に連絡して今後の対応に関する指示を仰げ」
(……戦争になるのか?)
(分からん……今までは嫌がらせの様に太平洋に向かって撃ち込んでいただけだったのに……こんなケースは初めてだ)
隊員達の小声による雑談が耳に入った吉田だったが、特に注意する事もなく席を立つと射撃管制室を後にして司令室へと戻った。
司令室へと戻った吉田に副司令の大内が報告に来る。
「大陸間弾道弾発射数十秒後に北から内閣府に向けて誤射であるとの連絡があったそうです。我々が撃墜した数十秒後に防衛庁から撃墜命令が出されました。こちらで対処した旨を伝えると、良くやったと総理大臣から、お褒めの返信をいただきましたよ」
大内は少しだけ苦笑いした。
軌道上自衛隊は迅速なミサイル防衛を可能な様に迎撃を自己判断で決定する権限を法律上で有している。
もちろん、その権限は司令官たる吉田が持っていた。
吉田が行使不可能な場合に権限は、大内に自動的に移譲される様になっている。
大内は報告を続けた。
「ICBMには核弾頭を含む弾頭の類は、一切搭載されていない状態だと北から連絡があったそうです。現在、海自が破片の回収に向かっています。確認には時間が掛かるでしょうが、防衛庁の話では内閣府は遺憾の意を声明で発表するにとどめ、今回の事案を北からの宣戦布告とせずに開戦には踏み切らないそうです」
「……一安心だな」
大内からの報告に吉田は、そう感想を漏らした。
「一安心……ですか?」
「戦争が起きなくて良かったという事だよ。単純にな……」
吉田は、そう言うと鼻の上を左手の親指と人差し指で挟んで瞼を閉じながら強く揉んだ。
「……そうかも知れませんね。現状、この基地が保有しているバレットの残弾数を考えると、今回の件が引き金になって米中露が参戦した場合、レールガンによる本土防衛は恐らく不可能だと私も考えます」
「君は固く考えすぎだな。単純に、と言っただろう?」
大内の言葉に吉田は、少しだけ苦笑いを含ませつつ答えた。
「しかし誤射というのは北の虚偽である可能性は否めません。この基地のスペックを丸裸にする為に連中は、太平洋では無く領土内を無弾頭で狙うという今回の強硬策に出たのではないでしょうか? 我々が確実に迎撃行動に移るように仕向けて……」
「現在、横須賀港には米原子力空母トランプが停泊中だ。弾頭無しで、わざと狙うにしても相手が違う意味でデカ過ぎる。君の言う可能性も無くはないだろうが、何れにしても我々だけで解決できる問題じゃ無い。……米国側の動きは、どうなっている?」
吉田の質問に対する大内の答えは、既に用意された報告資料の中にあった。
「米国防総省から防衛庁を通じての連絡ですが、我が国の内閣と歩調を合わせる様にホワイトハウスでは今回の件について国連での非難決議に留める様です」
大内は資料から顔を上げると落としていた視線を再び吉田に戻す。
「今回の件で流石に中露も北を表だって庇う様な事は、し辛いでしょうね……。こちらの追加制裁に賛同するだけでなく、制裁そのものに積極的に参加する可能性もあるかも知れません」
「……願望だな」
大内の報告の結びに対する感想を吉田は、微笑みながら一言で纏めて呟いた。
その一瞬の後で司令室内の内線電話が、けたたましく鳴る。
吉田は大内と一度だけ顔を見合わせると、受話器を静かに、だが迅速に取った。
「吉田だ。……何があった?」
内線電話の相手は通信オペレーターだった。
彼は非常に色めき立った声音で、しかし正確に吉田に事態を報告しようと努めていた。
『日本海側の我が国の領海内を航行中の米原子力潜水艦が一隻、北のICBM撃墜前に潜航を開始したそうです。防衛庁を通じて米国防総省から入った連絡によれば、手違いで北への報復作戦行動に入ったとの事です』
「今から管制室に向かう。私の到着までに原潜に関する資料を要求して手に入れておけ。搭載兵器のリスト、作戦行動書を中心に集められるもの全てだ。米国防総省には報復作戦行動即時中止の打診をする様に防衛庁と内閣府に要請しろ」
吉田は、そう指示を伝え受話器を置くと大内と共に司令室を後にした。
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