第32章 能力者同士の戦い
悠太は、高杉が構えたのを確認すると、警戒して少し距離を取った。
付け焼刃だが、上官の指導の下、数日間護身術を訓練した。素手の相手と組み合う基本は心得ているつもりだ。
警戒の構えを取ると、片方の手で鉱石を掴みとった。
「『ラウンド』!」
鉱石を斜めにねじ込んで、四〇センチくらいの警棒を作った。一応、相手が刃物や手錠の類を持っていることを警戒したからだ。
「ふん、なかなか面白い使いか…」
悠太は、高杉の言葉が終わらないうちに『加速』で前に踏み込んだ。先程の感触から言えば、腕力は高杉が悠太より上だ。肉弾戦に持ち込まれる前に、高杉の急所を突くつもりだった。
数メートルの間合いを、現実時間にして○.五秒で詰めた。そのまま、容赦なく警棒で高杉の鳩尾を突く。
間合いを詰め、あと一歩のところで、緩慢だった高杉の動きも、悠太と変わらない速度になった。そのまま、悠太の一突きをすれすれで躱すと、横へ跳んだ。
「喰らえ!」
悠太は、警棒を捨てると、ポケットからさっきポケットに入れた鉱石を取り出した。時間を加速させたまま、鉱石を一ひねりし、鋭い花弁のバラの花の造形を作りだした。
それを、勢いよく高杉に投げつけた。
先程作ったものも含めて、計十個だ。
よほど反射神経が良くない限り、避けられる数ではない。
しかし、高杉の動きは、悠太の投げたバラの造花にぶつかりそうになった瞬間、さらに早くなった。
高杉は、悠太が作ったバラの造花をぎりぎりのところで躱していく。そして最後の一つは、腰に差した警棒を取りだし、足元に弾いて見せた。
悠太が「加速」を使った二秒間は、すでに終わっていた。
悠太は、目の前の事態に思考が追いつかなかった。
ぎりぎりのところで躱された。
不意打ちを仕掛け、相手が驚いたところをバラの造花で痛めつける作戦だった。バラの造花は鉄鉱石で出来ているため、まともに当たれば痛みや痣が出来ることは避けられない。そこでさらに攻撃を仕掛けるつもりだった。
何が起こったのだろう?
悠太の考えが纏まらないうちに、今度は高杉がこちらに間合いを詰めてきた。
「悪いが、簡単に終わらせてもらうよ」
0.1秒にも満たない時間のうちに、高杉が悠太の目の前に迫ってきた。
「―っ!!」
悠太が声にならない悲鳴を上げた瞬間、真横から警棒が飛んできた。悠太は、奇跡的な反射で『加速』を使い、後ろに跳ぶが、警棒の先端が腕に当たり、強い痺れを起こした。
苦し紛れに後ろに下がった瞬間、高杉の動きが更に速くなった。
―加速中に、加速を使えるのか!
悠太は、先程の攻撃が躱された原因に思い至った。
しかし悠太の考えがそこまで追いついた時には、高杉は悠太の懐に飛び込んでいた。警棒を手放し、筋骨たくましい右腕を悠太の鳩尾に向けて放った。
悠太に攻撃を躱す暇は無く、あっという間に拳は彼の身体にめり込んだ。
高杉は、悠太を戦闘不能にすべく、更に腕に力を込める。
「っかは!」
声にならない音を出して、悠太の身体は後ろに倒れ込んだ。悠太の身体は動かなくなった。
「少々手荒だったが、やむを得ない」
高杉は、身体を丸めて顔の見えない悠太を見下ろし、呟いた。鳩尾に見事に一撃が決まった感触があった。
「長い時間を掛けて極秘裏に進めてきた計画を、君たち侵入者に妨害されては、困るんだよ」
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