第31章 地下での邂逅

悠太は、階段を真っ逆さまに転落していった。しばらく降りた先の壁に激突し、ようやく止まることが出来た。

「いってー」

 腕で防いだつもりだったが、後頭部の一部を打ってしまった。生まれながらの石頭だったことに、月に来て初めて両親に感謝した。

 塞がれてしまった上階への入口を確認し、服のほこりを落としている時、ふと気づいた。

「うわっ、ライターが!」

 爆弾の引火用に渡された、ライターの容器が無残に割れていた。このライターで爆弾の導火線に点火し、起爆させるはずだったのだ。おが屑、石炭、スターダストの詰め込まれたペットボトル爆弾は無事だったが、火が点けられないのでは仕方ない。

 少しの間途方に暮れていたが、出口は塞がれていて、ライターを取りに行けない。

「どうすれば…」

 悠太はしばらく悩んだが、すぐに思いついた。

 ここから階段を降りた先は、坑道が掘られている。その一角に、鉄鉱石らしき石が集められていた。

 原始的な方法だが、それを打ち付けて、引火すればいい。

 悠太は、悪くない方法だと思った。

 すぐに、薄暗い階段を慎重に降り、下の坑道に辿り着いた。結晶体のある部屋まで四キロ程度ある。

 鉱石を輸送するためのレールが敷かれており、トロッコも設置されている。

 以前、万梨阿とここを下った時は、最後に万梨阿が壁にぶつかるのを回避してくれた。しかし今回は一人だから歩こうと考えた。

 水滴が落ちてくる、じめじめした坑道をひたすら下って行った。

 やがて、少し開けた場所に出た。

 案の定、鉄鉱石の屑らしき手のひら大サイズの石の塊が積まれている。悠太は、それの2つをひょいと持ち上げて、打ち付けてみた。

 カーンという音を出して、二つの鉱石は激突した。

 その合間から、火花は確かに出た。しかし導火線に点火するには心許ない。

「くっ…」

 思わず呻いた。上官も小林もいない状況では、これ以上知恵が出ない。しばらく鉱石の山の周りをうろうろしていると、今度はまったく関係ないことが頭に浮かんできた。

 さっき、河上が使った能力は、一体なんなんだろう。

 自分と小林を拘束した時、自分たちを捉えた黒マスクの男は、河上だった。河上は、どういうわけか、万梨阿の能力が使えるらしい。

 そして、自分たちを捕えた時といい、さっきといい、『加速』以外の特殊な能力も使う。もしかしたらあの能力を、自分も使えるのではないかと思った。

 試しに、鉱石を持ち上げ、両手を放した瞬間、唱えた。

「『ラウンド』!」

 鉱石は、真っ直ぐ落ちて、空中の何もない場所で、ピタリと止まった。

 よく見れば、悠太の両手の指から、青く光るネットが伸びていて、石の落下を防いでいるのだ。

「なるほど、これが、さっきの河上の技か」

 悠太はそう言うと、万梨阿が小林のフィギアを変形させたのを思い出した。試しに、指に糸が掛かった状態で、手をクロスさせてみた。

「うわっ!」

 鉱石は、あまり力を使っていないのに、ぐにゃりと変形し、捻じれてしまった。

 悠太がびっくりしていると、能力が解除されたらしく、指先の糸が消えてなくなった。石は捻じれたまま、地面に叩きつけられた。

 悠太は、また呪文を唱え、今度は指先を調整して、捻りを手加減してみた。すると、指先の動きに合わせて、石の変形が止まった。

「指先の動きで、形を作れるのか…」

 また何度か挑戦するうちに、荒っぽい薔薇の造花を作ることに成功した。頭で鮮明にイメージを持っていれば、指先の動きで簡単に変形が出来る。

 手のひらサイズの鉱石ならば、悠太の技術で粗っぽい造形ができる。。

 悠太が時と場合を忘れて夢中で創作をしていると、後ろから声が掛かった。

「おや、君、ここで何をしている?」

 しまった、と悠太が思った時には遅かった。後ろには、警備員の服装をした長身の男が立っていた。

「君、ここがどこだか知っているのか?」

「いえ、その、あの…」

 悠太は、自分の凝り性を呪いたくなった。

「どこから、こんなところへ入ってきた?取り敢えず、地上に出たまえ。話は署内で詳しく聞こう」

 なぜ地上のビルにいるはずの警備員が一人でここにいるのか、悠太にはよく分からなかった。男は、強引に悠太を引っ張って連れて行こうとする。

「ちょっと、止めてくださいよ!行かなきゃいけない場所があるんです!」

「行かなきゃいけない?それは、地上の編成隊の寄宿舎だろう?

 ここは地下深くで、本来君たちみたいな人間が入ってきていい場所ではないんだ」

「なら、警備員さんなら入っていいんですか、ちょっと!」

 警備員は、なおもしつこく悠太の腕を掴んでくる。

 悠太はその時、警備員の胸ポケットから、タバコの箱が出ているのを目にした。ライターも持ち合わせている可能性が高いだろう。

「あ、警備員さん!埃が付いてます!」

 とっさの判断だった。

 どさくさに紛れて、胸ポケットに悠太は手を伸ばした。ライターを掴んだら、「加速」を使って逃げようとした。

「止めなさい!」

 警備員の男が悠太の手を回避した拍子に、手に帽子のつばが当たり、下へ落ちた。警備員の男にしては、随分老け込んだ白髪の老人だった。

「あれ、あなた、どっかで見たことが…」

 悠太が考えていると、男は慌てて帽子を被り直した。

 その時、薄暗い地下の電灯に、顔の先端の赤く染まった団子鼻が映った。それを目にして、悠太の記憶の回路が繋がった。

「あ!あなた、高杉義実!」

 悠太は、思わず声を上げた。

 間違いなかった。

万梨阿の祖父にして、おそらく月の計画の黒幕と予想されている、日本で指折りの有力政治家だ。悠太は、万梨阿に緊急処置を受けている時、万梨阿と高杉が一緒にいる過去を目撃していた。

「高杉?誰のことですか、まったく知らないのだけど」

 再び帽子を目深にかぶった高杉は、シラを切るつもりらしい。

 ここまで来たら、後には引かないぞ、と悠太は思った。

「アンタだろう、この変な月の計画を立てたのは!ここでライターを置いて、僕を奥へ通すんだ!」

「だから、誰だというんだい、その男は。それより、一旦地上に」

「ライターはいただくぞ、『ダブル・アクセル』!」

 悠太は、再び『加速』を使って男に近づいた。そのまま胸ポケットに手を入れようとすると、男の動きが急に速くなった。

 この男も、『加速』を使えるのだ。

 男は、すれすれで悠太の手を躱すと、後ろに引き下がった。

「まったく、君はなんだね」

「やっぱり、あんたも同じ力があるな!あんた、万梨阿のじいちゃんだろう!」

 万梨阿、という言葉を聞いて、男の眉がピクリと動いた。

「君、私の孫を知っているのか?」

「知っているも何も、ここで拘束されているのを、助け出しに来たんだ!大人しくここで、彼女の居場所を教えるんだ!」

 悠太は、いきり立って言った。

「あの子がここで友達が出来ていたとは知らなかった。まあいい、君の名前は、なんという?」

 急に警備員の男の口調が変わり、畏まった調子になった。

「小宮山、小宮山悠太だ!ここでアンタを、僕は止めるぞ!」

「小宮山君か。私たちについて何か誤解しているようだが、まあいい。私のことは、あの子から聞いたのかい?」

「だったら、なんだと言うんだ!」

「悪いことは言わないから、地上に戻るといい。もう、作戦は大詰めだ。もしここで降参するなら、私のかわいい孫の友達だ、悪いようにはしない」

「地球にミサイルを撃ち込むのにか!僕たちは、ここでお前たちを止める!さっさとライターを渡して、僕を通せ!」

「これは、万梨阿のためでもあるんだ。いいから」

「笑わせるな、『ダブル・アクセル』!」

 悠太は、本日何度目かの「加速」を使い、高杉の腕にしがみ付いた。話し合おうとしない悠太の態度に、高杉が不満を露骨に表した。

「君、何のつもりだ!ええい、しつこい!」

 悠太を振り払うと、帽子を脱ぎ去って、警備服の袖を捲り上げた。

「黙って私の話を聞く気はないかい?」

「話を聞いたら、万梨阿の居場所を教えてくれるのか!」

「…まあ、仕方ない。それなら、少々手荒になるが」

 そういうと、高杉はさらに袖を捲り上げた。捲り上げた腕からは、老人にはふさわしくないたくましい二の腕が覗いている。

「君を拘束して、ゆっくり話を聞いてもらおう」


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