第30章 「ラウンド」

悠太の思考が、再び現在に戻った。

河上は、二分ほどかけて、ゆっくりと煙草を吸った。

敵は能力持ちで、単独だ。彼は、ここで拘束しなければならない。

 悠太は、河上が余裕ぶっているのを不審に思った。

「それでは、河上。ここは電波も通じないだろう。悪いが、援軍を呼ぶ前に、さっさと拘束させてもらう」

 上官が合図をした瞬間、三人はパッと河上に向けて走り出した。

「『プライム』!」

 河上がそう叫ぶと、彼の姿が一瞬で消えた。

「!?」

 悠太は慌てて目を横にずらした。

河上が、目にもとまらぬ速さで、横へ跳躍したのだ。

「逃がすか、『ダブル・アクセル』!」

 悠太が呪文を唱えると、小林と上官の動きがスローモーションになった。すべてがゆっくりと動いていく中、河上に向けて跳びかかった。

「おい、くそっ!」

 悠太に腕を掴まれた河上は、慌てて腕を引き離した。

「お前が能力を使えるのは知ってるんだよ!お前みたいな成長期のまだ来てないガキなんぞ、腕力でねじ伏せてやる!」

 そう言って、無理やり腕を引き離し、悠太を組み伏せようと背後に回った。頭上から、カーン、という音が鳴り、時間が元に戻った。

 悠太と揉み合っている河上の両腕を、上官と小林が取り押さえに掛かった。

「くそっ、挟み撃ちか!卑怯だぞ」

「あなたこそ、よくも先日は僕たちに電気ショックを食らわせてくれましたね!あれ、結構痛いんですよ!

ひょろひょろとか言った相手にそれを食らわされる覚悟をするがいい!」

小林が、やけくそ気味に言った。

河上は、よく鍛えているのか、いたずらに力が強かった。上官が手首を抑え、ようやく力を緩めた。

「ふん、仕方ない、奥の手を使ってやるよ!」

 そういうと、河上は、まだ空いている方の手を上に伸ばした。そのまま、頭上の空を握る仕草をした。

 悠太は、河上の手の周りに、青く光るネットのようなものがいつの間にか現れていることに気付いた。

「喰らえ、『ラウンド』!」

 河上がそのネットをぐっと手元に引き寄せると、頭上の空間がぐにゃりと歪んだ。その瞬間、まるで漬物石が頭上に圧し掛かかって来るように、三人の上に見えない何かが圧し掛かってきた。

「危ない!」

 上官は、とっさに悠太を突き飛ばした。

 悠太は、上官に突き飛ばされ、後ろに尻餅を着いた。

 小林と上官は、見えない何かに押さえつけられたかのように、地面に倒れ込んだ。

「な、なんですか、これは!」

 小林が懸命に手足をバタつかせるが、圧し掛かった見えない「何か」は離れない。

 河上は、両手の指に青いネットを引っ掛け、それを下へ引っ張っている。そのネットが上官と小林の上に覆いかぶさっていた。

 目の前の光景を、悠太は呆気に取られて眺めていた。しかし、上官が悠太を一喝した。

「小宮山君、走れ!」

 悠太は、我に返った。

 慌てて立ち上がると、河上と反対の方へ走り出した。その先には、まだ作りかけだったペットボトル爆弾が置いてあった。

 あわててそれを抱えると、一目散に地下へ続く入口へ走って行った。

「小宮山君、出口に、さっき私が置いておいた爆弾がある!それで、出口ごと吹き飛ばしてしまえ!」

 上官が叫んだ。

 悠太は、地下へ繋がる通路の上を見た。確かに、上官がさっき自分で作った爆弾が上から吊るされていた。

 悠太は、慌てて実験で使ったライターを取り出すと、爆弾の導火線の一本に火を点けた。

 すべての爆弾に着火したかったが、三本目を着けたところで、一本目が爆発しそうなことに気が付いた。

 河上は、二人を押さえつけている間は身動きが取れないのか、恨めしそうにこちらをにらんだままだ。ネットから指を外そうとしない。

 悠太は、四本目を諦めると、すぐ地下へ走り出した。

 悠太が走り出したのと、一本目の爆弾が爆発したのは、ほぼ同時だった。

 後ろから爆発音がし、猛烈な爆風で悠太は吹き飛ばされた。そのまま、階段を下へ転がり落ちていく。

 次々と引火した爆弾は、爆音とともに弾け飛んだ。爆発の熱で、火の点いていない爆弾まで引火した。

 あっという間に、地下へ続いていた入口は、上から落ちてきた瓦礫で埋もれてなくなった。

「くそっ、逃がした!」

 河上が、焦って能力を解除し、悠太を追いかけようとした。

 上官は、それを見逃さなかった。

 河上が能力を解除し、両手を自由にした瞬間、急いで立ち上がり、今度は地上へ続く出口へ走り出した。

「おい、こら待て!」

 河上は、慌てて追いかけようとした。しかし小林が足元に纏わりついて、行く手を阻んだ。

「どけ、このもやしが!おい、放せ!」

「嫌ですよ!この手だけは、死んでも放しません!」

 今度は彼が降りてきた入口が、派手な音を立てて崩れ落ちた。上官が仕掛けた二つ目の爆弾だった。

 河上は、しばらく、塞がれた出口を茫然と眺めていた。

 一瞬血の気の引いた顔が、額に青筋が走り、真っ赤に上気した。

「お、オマエら、アホかー!

 地下どころか、地上への出口まで塞いで、どうするんだー!」

「知らん」

 上官は、作戦成功と言わんばかりに誇らしげに言った。

「元からこうするつもりだった」

「お前ら、状況が分かってんのか!こんなところで三人仲良く生き埋めかよ!

 おい、上官殿。あんた、ここのエリート達のリーダーだろ?お前、大事な時に馬鹿になるタイプなのか?」

「これくらいしか、お前たちを防ぐ手段が思いつかなかったんだ。お前、ここの幹部たちと裏で通じていただろう?密かに警戒していたが、まさかここまで入り込んでくるとは思わなかった」

「…くそ、こんなアホが俺たちのリーダーだったのか」

 河上は、頭を掻き毟って唸った。

 上官が先程から悪びれもしないまま、むしろこの状況を楽しんでいるような顔をしているのに気が付いた。

「上官殿、あんたはここで失脚だ。ここへの就職は不可能、あんたのとこの研究室も、ここの息が掛かってる。あんたは大学にも居られなくなるだろうな」

「ああ、終わりだな」

 上官は素直に認めた。

「また一からやり直すよ。大学が私のすべてじゃないからな」

「一体、何があったんだよ?」

 河上は、上官の表情を見ながら呟いた。

 そんな二人を見ながら、小林が呟いた。

「えっと、僕たちどうやってここから出るんですか?」

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