第29章 「加速」の弱点

三人は、ここに辿り着いた最初の日、万が一侵入者が来た時のことをまず話し合った。

 第一に、大勢の人間が来た時は、最小限の道具を持ち出して、地下へ逃げ込むつもりだった。この研究室から、結晶体が封じられている空間までは、石炭とスターダストを掘るための巨大な坑道が広がっている。そこに隠れてしまえば、大勢でも探し当てるのは困難だ。

 第二に、三人程度ならば、迎撃して拘束した方がいいだろう、という話になった。

 スターダスト爆弾を作る場所は、明るくて、かつ発見されにくい場所が適している。研究室以外の地下に、そんな場所は無いのだ。

「幸い、小宮山君は、『加速』という特殊能力が使える。

 特殊能力の原理はよく分からないが、一定時間内相手より早く立ち回れるのなら、肉弾戦はこちらが有利だろう」

「あの、特殊能力なんですが、敵側におそらく一人、同じ力を使える奴がいます」

 悠太が、黒マスクの小柄な男を思い出しながら言った。

「『加速』の力を、か?

 ふむ、不思議だな。小宮山君は、万梨阿嬢に傷の手当てをされたことがきっかけで、この能力に目覚めたんだろう?

 それだと、相手も彼女に、なんらかの方法で力を与えられたことになる。しかし、彼女が自分の能力を移植できるとは、私が目を通した報告書には一つも書かれて無かったぞ」

「特殊な力を受け継ぐ、選ばれ者たちがいる、みたいなことでしょうか?」

 小林が、漫画とゲームから得た知識を総動員して言った。

「選ばれし者?むむ、非科学的すぎて信じがたいぞ」

「小林、なんでそんな楽しそうなんだ?」

 悠太が横から突っ込みを入れた。

 話し合った結果、『加速』を使える相手であっても単独であるならば迎撃すべし、ということになった。

「敵のうち数人が『加速』を使える場合、即刻、撤退だ。相手が能力を使える上に数人いる場合、私が支給された電気ショッカーと小宮山君で時間を稼いで、地下に逃げ込もう。三人とも一時、散り散りになるしかない。想定される最悪のケースの一つだな。

 しかし相手が一人の場合は、迎撃だ。『加速』の力は、無制限に使えるのか?」

「いえ、僕は、今のところ、一日に10秒が限界です」

「そうか。ならば、向うも条件は同じと考えよう。

 小宮山君の力は、私も以前、君を拘束しようとした時見たが、自分の速さに付いていけなくなってはいなかったか?」

「ああ、言われてみれば」

「やはりな。おそらく、『加速』していても、身体に働く物理現象は通常と変わらない。『慣性の法則』が働いているんだ。加速中、いきなり方向を変えることはできないはずだ」

「確かに、そうです」

「やはりな。だったら、敵を挟み撃ちにしてやればいい」

 上官は、そういうと、ポケットから紙とペンを取り出した。紙の中央に黒い点を描いた。そして、黒い点を始点にして、矢印を描いた。

「相手は、『加速』を使っている間、正面にいる敵に対しては無敵だろう。

 でも、横や後ろは、自分でも制御できない速さで動くため、無防備になる。

 幸い、ここに来るための通路は、地上から一つ、地下から一つだけ。相手が入口から来た瞬間、挟み撃ちにして取り押さえてしまえばいい。あとは、電気ショッカーと腰ベルトで拘束する。

 方向転換が出来ない状況といえば、敵が空中にいる場合なら、相手の向きに関係なく捕獲できるかもしれない。空中では、足場が無いから早く動くことは出来ないだろう。

着地地点を予測して、そこで取り押さえてしまう。しかしそんな状況はありえないな」

 悠太と小林は、思わず唸った。

 さすが上官、自分達とは読みの深さが違う。

「何か意見は無いか?ちなみに、相手が他にもイレギュラーな力を更に持っている場合は、即刻撤退だ。

爆弾さえ作ってしまえば、三人のうち誰かがそれを持って逃げられれば、一人でも作戦を完遂できる」

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