第28章 爆弾製造
それから二人は、上官の案内で、以前万梨阿が閉じ込められていた研究室に案内された。
そこは、縦横四〇メートル、高さ一〇メートルくらいの白いコンクリートで塗り固められた空間で、研究室というよりは駐車場という感じの広さだった。
部屋には、空間の割れ目のある部屋へ続く地下への入り口と、地上へ続く出口の二つが、南北にそれぞれあった。
そこで、上官が持ち出してきたスターダスト・ダイナマイト(仮)の材料を混ぜ合わせる実験を開始した。
上官曰く、配分を間違えると、不発に終わったり、発火するだけで爆発しないことになってしまうという。その微妙な按配を、ぎりぎりまで調整し、実用化に成功すれば、ガラスケースの破壊のみならず、武器としても活用できるそうだ。
しかし、小林と悠太は、実験の最初で早くも躓いた。
二人とも、理科は得意ではなかった。当然、科学の実験も得意ではなかったし、やりたいと思ったこともなかったのだ。
「小宮山さん、おが屑って、このくらいですかね?」
「うん、そうじゃないかな。えっと、マニュアルには、あれ、この記号何て読むの?」
二人は、不慣れな科学の実験に苦戦し始めた。
一日目は、上官が残したマニュアルの解読に苦戦した。
二日目になって、ようやく材料の調合を始めたが、火が付かなかった。
三日目になって、小林が「取り敢えずペットボトルに入れて見ましょう」と言ったので、原材料を適当にボトルに入れてかき混ぜた。やはり火は着かなかった。
四日目になって、これではそろそろマズイ、どうにか上官が戻って来るまでに成果を上げないと叱られる、という話になった。材料の配分をあれこれ工夫してみたがうまく行かず、最後にはうまく叱られないための口実を考え始めた。
五日目は、二人とも実験は放棄し、ひたすら口実作りに終始した。
六日目に上官が、仕事の任務から一時的に離れて、二人の元になってやってきた。地上では、小宮山と小林が脱獄したことが知れ渡っており、地上へは出てはいけない、と言われた。
「で、どこまで出来たんだい?」
上官が聞いた。
「おが屑が、実は湿って火が着きませんでした」
二人は言った。これが、二日掛けて考え抜いた言い逃れだった。二人の計画では、これで上官が納得し、別の対策を考えてくれるだろう、という予定だった。
「分かった。私が直接、確認しよう」
「「えっ」」
上官は、そう言うと、自分でおが屑の感触を確認し、調合を始めてしまった。
「小宮山さん、小宮山さん」
小林が小声で言ってきた。
「なんだ?」
「これはなんだか、フラグだと思うんです。今から、逃げ出した方が」
「おが屑、普通に火が着くんだが?」
上官の声に、小林が黙った。
上官の足元には、真っ赤に燃えるおが屑の山があった。
「「すみませんでした!!」」
二人は、勢いよく頭を下げた。
二人は、ついた嘘がいとも簡単に見破られて、情けなくなった。
上官は、怒ると思ったが、そうではなかった。
「まったく、君たちは…。
私も、これからは手伝うから、早く完成させよう。ただでさえ、君たちをいつまでもここで隠し通せるか、分からないんだ」
そう言って、火薬の調合を始めた。
「小宮山さん、小宮山さん」
小林が、悠太にこそこそ話し掛けてきた。
「なんだよ」
「上官殿って、もっとこう、堅物で叱り付けてくる感じじゃありませんでした?」
「きっと、誰でも変われるんだよ」
「上手く纏めようとしないでください」
上官が実験に加わってからは、いとも簡単に、爆弾が出来た。
そもそも二人がスターダストの粉末と石炭の割合を大幅に間違えていたことが原因で、そうでなければ比較的簡単に作れる爆発物だった。
「二人とも、下がりなさい!」
上官の合図が掛かると、二人は実験室の中央に設置した爆発物から一目散に走って逃げた。
次の瞬間、「バンッ!」というすさまじい爆音が部屋中に響き渡った。そして、爆弾は足元のコンクリートブロックを、いくつか破壊して弾け散っていた。
「…すごい」
悠太は思わず呟いた。
爆弾と言うからには、ある程度破壊力があることは予測していた。しかしコンクリートブロックを砕いてしまうような威力があるなんて、思わなかった。改めてスターダストという鉱石の持つエネルギーの大きさに驚いた。
「よしっ、うまく行った!あとは、これと同じ按配で爆弾をいくつか作ればいいんだ」
上官も、満足した表情だった。
これだったら、あの結晶が閉じ込められたガラスケースを破壊できるかもしれない。そして、結晶を破壊し、地球への計画を阻止し、万梨阿を救い出せるかもしれない。
それから三人で、ペットボトル爆弾の量産に取り掛かった。
実験に成功すると、上官はこの実験室の地上へ続く出口と、結晶体が安置された部屋へ向かう入口の両方に、何やら細工をし始めた。
「上官殿、何をしてるんですか?」
小林が聞いた。
「これか?まあ、有事の時の、切り札だ。これをこうすれば、完成だ!」
上官が、部屋の入口に爆弾を吊るし終えると、満足そうに行った。
「やった、これでこっちも対抗手段が出来たぞ!今日は、みんなでパーっと飲まない?アルコールの原液の舐め方、教えてあげるよ!」
悠太は、数日間感じていたプレッシャーから解放されて、いつになく調子が良くなっていた。
「僕もしたいです!でも、アルコールの原液って、小宮山さん何してるんですか」
「まったく君たちは…。でもまあ、寄宿舎を抜け出している私と違って、君たちはずっとここから出られなかったからなあ」
上官が珍しく、同情的な発言をしてきた。
上官は、未だ謀反がばれていないため、日中は寄宿舎にいて、夜間だけ抜け出して、地下の研究室に来ていた。悠太たちは地上では指名手配されているため、ずっとこの研究室に隠れていた。
食糧は、上官が差し入れで持ってくる寄宿舎の冷めた夕食と水のみ。三日だけでも、二人はさすがにやっていられない気分になっていた。地上よりだけ暖かいとはいえ、ここは月面だ。気温は常に一五度を下回っている。
「あのさ、舐めるのには、コツがあるんだ。そのまま口に含むとむせ返るから、こう、スポンジに浸したやつを鼻で嗅いで、舌先でちびちび舐めるんだ」
「上司時代の私だったら、君を謹慎処分にしていたよ!」
上官があきれ返った。悠太は、上官は頭のカチコチの理屈人間だと思っていたが、こんな風に飽きれた反応を示すことを知って、少しだけ打ち解けた気分になった。
もしかしたら、ここ数日の出来事が、上官の中で何かの変化を起こしているのかもしれない。
三人が、食糧とアルコールの相談をしていると、上階から何者かが降りてくる足音が聞こえた。
「しっ、隠れるぞ!」
上官は口に手を当てると、近くの支柱の陰に隠れた。二人もそれに続く。
足音は、規則的に響いて降りてくる。一人だけのようだ。
その人物は、地下まで降りると、大きな声で言った。
「上官殿、いるんだろう!それに、小宮山と、小林とか言ったヒョロヒョロも一緒か?」
小林が、自分だけ挑発を受けていると思って、肩を引き釣らせた。
「このまま出てこないっていうのもありかもしれないけど、そうしたらこの場所を、上の連中に触れ回ってやるからな。さあ、俺と勝負するか通報されるか、二つに一つだ」
悠太は、ちらりと上官の方を見た。上官は一瞬、緊張した顔をしたが、すぐに口元を緩めた。
「出よう」
上官が言った。
「いいんですか?何か勝算があるのですか?」
「無いわけではない。それに、あれは河上だ。どんな手を使ってでも、私たちを通報するだろう。だったら、こっちからあいつを捕まえた方がマシだ」
悠太と小林は顔を見合わせたが、悠太の方から小林に言った。
「そうだな。小林、行こう」
「正気ですか?…そうですね、他に手なんて、今の僕たちにはありませんもんね」
小林も堪忍したようだ。
三人が出ると、声の主は案の定、河上だった。
いつもの軍服用のスーツではなく、上下を黒いタイトなスーツで覆っていた。悠太は、その服に見覚えがある。
前回、小林と悠太を捕まえた犯人だ。
「こんなに早く気づかれるとは、意外だな」
上官が言った。
「俺は、あんたをずっーーーと疑って、追跡していたんだよ、上官殿。あんたは、一般の特待生と何ら変わりない身分なのに、法外の信頼と権力を与えられているからな。
その権力を使って、後ろの二人を助けたんだろ?」
河上が、悠太と小林をあごで指した。
「ああ、否定はしない」
「まったく、一般人に計画の核心を教えちまうのは、だから俺は反対したんだよ…。さあ、ここで三人ともお縄をくれてやる。大人しく土下座しろ」
上官が、悠太と小林にちらと合図した。すぐに二人はそれを察して、河上の背後に回り込んだ。
「ずいぶん大きく出たな、河上。その不遜な態度、嫌いじゃないが、多勢に無勢、降参するのは君の方だ」
そういうと、小林と悠太は、地上への出口を塞ぐように、河上の後ろに立った。
「特殊能力持ちが一匹と、ザコが二匹か。ふん、タバコのついでに片付けてやる」
河上は、悠太と小林、上官に挟まれていることも気にせず、ポケットから煙草を取りだし、吸い始めた。
「ずいぶん舐められたものだな」
上官がそう言って、悠太と小林に視線を送る。
二人は、それにコクリと頷いた。
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