第24章 上官の決意

それから一週間後の夜、上官は机に突っ伏して考え事をしていた。

 周りの研究生たちとも話したが、みな新政府を恐れて、今回の作戦に逆らうつもりはないらしい。研究者として来た大人たちも、そうだろう。

 となると、作戦はこのまま実行されることになる。

 予想死傷者、一万人。

 しかも最低限の被害で済めば、の話である。

 戦争規模の作戦が、上官も知らないところで決定されており、自分たちはその道具として利用されたことになる。

 もしかしたら、最初からこういう計画だったのかもしれない。

 上官も、なんとか逆らいたいと思うが、今の特待生たちに説得は不可能だと思われた。頭の良過ぎる彼らでは、反逆が無謀なことを十分理解できてしまう。

 他の派遣隊の少年たちはどうだろうか?

 それも無謀だと思われた。そもそも外部にこの計画を伝えた時点で、上官の首が物理的に飛ぶかもしれない。

 悶々と考え事をしていると、椅子の後ろから誰かが立っているような気配がしてきた。振り返ると、もう三年も会っていない姉だった。

「何を悩んでいるの?」

「…」

「今まで、さんざん努力してきたじゃない。今更、引いていいわけがない。このまま突き進むのよ」

「いや、それは」

「あなたは、父親に認められたいんじゃないの?

 父親にも、先生にも認められて、日の当たる道を歩いて行くの。これまで努力してきたことを、無駄にしていいはずがない。

 このまま、何も考えずに突き進みなさい」

「…」

 姉の幻影は、ふっと消えてなくなった。

 上官は、再び机に顔を埋めた。

 努力は、してきたと思う。

 これまでの道のりは、決して楽ではなかった。

 誰にも相談しなかったが、もうダメかもしれない、と思ったことが何回かあった。

 それでも、今日まで耐え忍んできたおかげで、今の自分がある。今日のこの地位と頭脳は、今日までの努力と運の賜物だ。それを捨てることなど、簡単に出来るはずがなかった。

 上官は、大きく息を吸った。

 心に張り付いた守りの気持ちを、次々打ち殺していく。途中から、失うものの多さを考えて、足が震えはじめた。

 そして考えることを止めた。

 立ち上がると、パソコンのデータを確認する。USBメモリを挿入し、それを一気に初期化した。

 いままで積み重ねたデータもバックアップも、すべてをゼロにしていく。相次ぐ同意のOKボタンを、まるで心の箍を外すように連打していった。

 次に、近くに会った本棚の本を纏めて縛り上げる。それを、部屋の外に持って行き、一か所に積み上げた。

 英語や日本語の研究用の文献に、発火材としても使われる、高純度の白い粉を振りかけた。そして、それに火を点けると、まるでガソリンの如く発火した。

 勢いよく燃えていく本と文献を見つめながら、上官は頭では何も考えられなくなっていた。

 すべてが燃え尽きた後、その灰を踏みしめた。重い鎧が外れた時のように、心の奥がスッと軽くなった。

 身軽になった部屋の棚を眺めて、上官は次に取るべき行動を考えていた。

 先日小林から提出された書類、あそこに姉の写真が同封されていた。

 上官が月面でもっとも嫌う、不浄な輩が出入りするエリアがある。プレハブ小屋だらけのあの街角の店に、自分の姉が入って行く様子が写真に収められていた。

 姉を助けなくては、そう考えた。

 そのために力になってくれそうな存在を、上官は二人知っていた。

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