第23章 新たな地球攻撃計画

上官がしばらく自室に籠もって論文のデータを整理していると、外から声が掛かった。

「入りたまえ」

 中に入ってきたのは、同じ特待生クラスの茅野という男だった。

 同じ特待生でも、茅野にとって上官は上司である。茅野は、堅苦しく敬礼した。

「上官殿、本部から呼び出しです。本日19時までに、Aブロック管轄日本ビルの三階にお越しください」

「そうか、分かった。ところで茅野、書面の交付はないか?」

「はい、こちらに」

 茅野がそう言って手渡した通知書には、確かに本日の集合時間が記されていた。

「普通、二、三日前に連絡は来るはずだが、珍しいな。分かった、ありがとう」

 茅野は、上官の言葉を聞くと、敬礼をした。そして通路に消えて行った。

 その日の夜、上官が指定された会議室に行くと、特待生クラスのうち、なぜか日本人と一部の東アジアの学生だけが集められていた。彼らの後ろには、ここで星屑の研究をしている科学者たちが、日本人のみ集められていた。

 上官は席に着こうとしたが、すでに椅子はほとんど埋まっている。

 辺りをうろうろしていると、机に脚を乗っけてゲームをする河上の隣だけは空いているのを発見した。

 河上は、優秀な学生が集まる特待生クラスの中でも、素行が悪く浮いた存在だった。上官も、チンピラ上がりの様な態度の彼を好きではなかったが、星屑の採集や学業の成績は優秀だったため何も言わなかった。

 上官が座ると、ゲームをしていた河上がこちらに気付いた。

「これはこれは、上官殿。もっと前の方の行った方がよろしいのではありませんか?」

「席が、空いてないんだ。それより河上、足を下に降ろしたらどうだ?所長がもうすぐ来るのに、はしたないぞ」

「所長はまだ来てないから大丈夫です。あの人が来たら、背筋を正さないと、将来の出世に関わりますもんね」

「人に見られる、見られないの問題じゃないだろう。お前は、地球でもこんな粗相をしていたのか」

「まあ、こんな感じですね。人に見られていないところでは、何をしてもオッケーなわけですし」

「人からの評価の問題じゃないだろう!まったく、おかしなやつを日本政府は見込んでしまったものだ」

「あなたは、頭でっかちすぎなんです。そんなんで、生きづらくありませんか?」

「生きづらいも何も、元からこういう性格だから、他の性格のことなど知らんよ。全く、お前といると調子が狂う」

 上官がそう言ってお茶を飲もうとすると、河上が思いついたように言ってきた。

「あ、そういえば、上官の部下に、小宮山悠太と小林なんとかって奴ら、いましたよね。昨日の夜、捕まったらしいですよ」

「なに、どういうことだ?今日は出勤日ではないから彼らに会ってはいない。

本当なのか?」

「はい、なんでも、Aブロックの地下から地球に電話連絡を入れようとしたとか」

「何をやっているんだ、彼らは。地球へ連絡するなら事前申請すれば済むはずなのに。

 河上、どうして一日たっても、直属の上司の私に、連絡が来ないのだ?組織の順番では、報告先は私だろう?」

「さあ、なんでしょう?

もしかしたら、彼ら、何かヤバいことに気付いてしまったのかも」

「ヤバいこと?一体何のことだ?

おっと、所長がいらっしゃったな」

 頭のてっぺんが禿げた、てかてか頭でひょろひょろした体型の所長が中に入ってきた。

 どこか強張った表情で入ってきた所長は、数枚のプリントを配布し、いきなり話を始めた。

「これより我々OISD日本支部は、OISD管轄を離れ、日本政府直属の組織となります。そして、独自機関として、独自に任務をこなしていくことになります。ただし、このことは外部関係者には、一切他言無用のこと」

「?」

 上官は、訝しい気持ちになった。隣の河上は、すべてを見通しているかのように、上の空でプリントの端に何かを描いている。

「そして、独自機関日本支部連盟、最初の任務は…、各国首脳機関への、月面からの遠隔攻撃になります」

「!!???!????」

 部屋の空気が、一瞬静まり返った。誰ひとり、口を開かない。

 予想通りだと言うように、所長は淡々と話を始めた。

 近年、各国の安全保障にとって、月面が重要な拠点として認識されるようになってきた。近年は、国同士の小競り合いが増え、世界的に緊張感が高まっている。

 その中で、いよいよ日本も独自に武装し、自衛手段を持たなくてはならない。

 しかし今では、日本は周りの大国に武器の輸入を制限され、自立した軍隊を持つことも認められていない。

 その打開策として、スターダスト資源を独占し、新たなエネルギー資源を独占してしまおうと言う話が首相官邸で持ち上がっている。

 その一時的な攪乱策として、世界のいくつかの都市近郊にミサイル攻撃をしかけ、日本への注意を逸らすことになった。

「待ってください!」

 上官は、所長の話の荒唐無稽さに、思わず立ち上がった。

 地球を攻撃する?

資源を独占する?

 月を新世界政府の中枢にするところまでは、上官も知っていた。しかし、日本が戦争を仕掛けるという話は聞いていない。

 上官がみんなの前で、所長に必死に作戦の阻止を訴えかけると、周りからも「そうだそうだ」と声が上がった。

 所長は、一部始終を聞いた後、話を続けた。

 実は、日本だけで実行する作戦ではない。

 各国の政府の一部機関が結託して行う作戦なのだ、という。

「一部機関って…」

 クーデター、という言葉が脳裏に浮かんだ。月を利用した、新政府軍によるクーデターに、自分たちは巻き込まれたことになる。

「もちろん、報酬も弾む。新政府樹立に貢献した君たちの協力は、未来永劫、語り継がれるだろう。もし、それが出来ないと言うのなら、君たちはここがすでに新政府機関の心臓部だ、ということを思い知ることになるだろう」

 所長は、感情を殺した声で、そう言った。

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