第22章 二人目の能力者
「しかし、悠太さんの力は本当にすごいものですね」
小林が感心しながら言った。
二人は、地下一階を抜け出して、地下二階に到着した。
万梨阿が拳銃に撃たれた悠太に処置を施してから、悠太には不可思議な能力が宿るようになった。
簡単に言うと、呪文を唱えるだけで周囲の時間の流れを変えることが出来るのだ。
呪文と言っても、実はなんでも良い。
その言葉を発することで、体内にあるスイッチをOFFからONに切り替えられる。
最初に使った言葉は、万梨阿に教えられた「時よ止まれ、汝はいかにも美しい」だった。
万梨阿が祖父から教わった言葉であることから察するに、有名な文学の言葉だろう。悠太にとっては、唱えにくい上に意味が理解できなかった。
そこで、最近習った英単語でオリジナルの呪文を作った。
どうやらこれでも問題は無い様だ。
能力には時間制限と回数制限があり、悠太の意思で時間を加速できるのは連続で4秒までだった。回数も二秒の加速を5回使うことが一日の上限だった。
つまり悠太が一日に使える「加速」は、10秒までということになる。
それ以上に能力を使おうとすると、能力が発動しない。万が一発動しても、一秒にも満たない時間で終わってしまう。
この能力の利点として、悠太が手で触れているものならば、悠太の意思で時間の流れを操作できることが挙げられる。悠太が加速している間、小林も「加速」できたのはそのためだった。
「それでも、今ので8秒くらい使っちゃった。あと残された時間は2秒しかないや」
「どうしましょう。仮に電話機に辿り着けたとしても、帰りに彼らが待ち伏せしていれば、脱出は不可能ですよ?」
「そうだな。なら、迎え撃つしかないんじゃない?」
「あの人たちをですか?」
「うん。
幸い、待ち伏せせず追いかけてきているみたいだし、それに、この狭い空間ならできそうだ」
悠太は、そう言って右手で頭上を差した。
さっきの広い駐車場スペースと違い、地下二階はまるで大規模なボイラー室のようだった。
工業用のパイプが天井にも地面にも張り巡らされていた。絶えず左手の空調機が赤いランプを点滅させ、ゴーッという起動音を立てている。右手の奥では機械のエンジンらしきものが上下に動いている。
「ここはボイラー室か何かでしょうか?月に、こんな空間があったなんて知りませんでした」
「きっと何か大きなものを動かしているんだよ。それより、どこか隠れる場所はない?」
「奴らから身を隠す気ですか?」
「ここで奇襲を掛けるんだ」
そう言って、右の拳をギュッと握った。
しばらくして黒スーツの男二人がボイラー室に入ってきた。
細身の男は鳩尾を容赦なく殴られたため、一階に取り残されているようだ。巨腕の男と小柄な黒マスクの男しかいない。
護身のため、防弾使用までなされたスーツにあれほどの打撃を与えられたことは、男たちにとって全く予想していない事態だった。
入って数歩のところで、巨腕の方が立ち止まった。ボイラー室は機械から吹きあがる蒸気と空調の荒い音で小さな音がかき消されていた。
しかし男は、何者かの視線がこちらに向いていることを察知した。しばらく周囲を見回したが、人影は無い。
「気のせいか」と気を緩ませかけた瞬間、頭上から何者かが頭上に飛び降りてきた。それは、天井のパイプによじ登った小林だった。
「こ、このやろう!」
男は激怒し、すぐ小林を振り払おうと背中に手を回した。しかし小林があらん限りの力で男の顔面にしがみ付き、思うように動けなくなった。
次の瞬間、同じく天井から飛び降りた悠太は、向きを変えて男に向けて急加速した。メリケンサックの拳を男に向けて突きだした。
男の胸の中心に照準を合わせて、加速を解除した。
急加速した右ストレートが巨腕の男の鳩尾を抉り、空調機の向うへ男の身体を吹き飛ばした。
悠太は、すかさず身体の向きを右に回転した。そして、何の構えもしていない黒マスクの男に向かって、右とび膝蹴りを繰り出した。
悠太は、残った一秒弱を使って時間を加速させた。世界の動きが緩慢になる中、悠太の身体だけが通常通りに動いていく。
しかし、悠太の身体と同じスピードで、小柄な男の腕が動いた。
「なっ」
一瞬の出来事だった。
悠太の繰り出したとび膝蹴りは、男の両腕に抱きかかえられ、抑え込まれてしまった。
次の瞬間、黒マスクの男は悠太の残った左脚を崩し、悠太を地面に叩きつけた。そのまま、プロレスの寝技に持ち込まれた。
「く、くそっ!」
悠太は身動きが取れない。
「やああああ!」
小林が男の後方から掴みかかった。黒マスクの男の身体が、分身したかのように分裂した。
次の瞬間、小林は地面に向かって前のめりに倒れ込んだ。
「万梨阿の力だ!」悠太はそう言おうとしたが、気管を塞がれて声が上手く出ない。男は腰ポケットから電気ショッカーを取り出すと、悠太の首筋にそれを押し付けた。
「やめっ」
てくれ、と叫ぼうとした瞬間、首筋に強烈な痛みが走り、途端に背中に激しい痺れが走った。
状況はよく分からないが、相手が悠太に痛み以上の何かを与えようとしているようだ。悠太の背中に、ぞくぞくっと悪寒が走った。
慌てて相手の腕に噛付こうと首を動かしたが、がっちりとあご骨を抑えられ、首が回らない。
小林の叫び声が聞こえてきたが、悠太の拘束は解けなかった。どういう抑え方をしているのか全く分からないが、腕も足先も全く動かせない。
「重いだろ? 空間が、お前の上に圧し掛かってるからな」
黒いマスク越しに、男は悠太に声を掛けた。
悠太は、眼球だけをかろうじて上に向けた。
悠太に圧し掛かっていると思っていた男は、悠太の横に屈みこんでいた。
この漬物石みたいな重さは何なんだ?
悠太には、自分の置かれた状況がさっぱり掴めなかった。
混乱した感情が顔に現れたようだ。黒マスクの男が話し掛けてきた。
「ヒントをやるよ、『空間』だ。『時間』だけじゃない。あいつは空間も物理的に引き寄せたり引き伸ばしたり出来るんだ。見なかったのか?」
「く…そ…っ!」
空回りした悠太の思考では、まともな返事すらできなかった。男は、倒れ込んだ悠太の正面に回り込んだ。手に持った電気ショッカーの出力を、MAXにした。
「殺しはしないから、安心しろよ。奇襲が成功するまでは大人しくしてもらうぜ。その後の処置は、上官殿に任せるからな」
そう言うと、ショッカーを悠太の首筋に押し当てた。何か叫ぼうと胸に力を込めて見たが、上から圧し掛かってくる重さで胸が圧迫されて声が出なかった。
悠太の意識は、一瞬にして奪われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます