第20章 地球への通報作戦

その後、二人はお金だけ払って店を出てきた。

 この店は入口で料金の精算を行うため、たとえ何のサービスも受けていなくても、お金を支払わなくてはならない。

 ここに来たのは悠太が二回、小林も二回。

 小林は、一回目はリカの計らいでタダにしてもらったが、二回目以降は従業員でもお店を説得するのは難しいようだ。

 1回出入りしただけで、悠太たちの半月分の給料が消えて行った。この街に出入りする人たちは、相当な高給取りばかりらしい。

「小林、良かったのか?『また来ます』なんて言っちゃって」

「ああでも言わなければ、小宮山さん、説得できなかったでしょう。

それより明日、潜入しますよ」

「それより、作戦は?」

「ええ、ちゃんと、渡してくれました」

 小林はそう言って、絵の中に丸めた紙をポンポンと叩いて見せた。

「これがその、Aブロックの、地図か」

「そうです。意外と狭い範囲ですが、中央の搭まで行くのに、半径2キロ程度です」

「2キロか…。そこまで、すれ違う人にばれないようにいかなきゃいけない、ってことか」

「ですね。僕たち下っ端青年隊は、みなBブロックまでしか立ち入りできません。Aブロックに入るには、東西南北4つのゲートのいずれかから、守衛の許可を得て入る必要があります」

「マジか。これじゃ、地図が手に入っても、中には入れないわ」

「はい。しかも、我々が目指すべきは、Aブロック中央『生命の樹』と言われているタワーの最寄りの南側のビルです。そこの一階に、地球の一般電話に繋がる受話器があるんです」

「今さら受話器ね…」

「この月面エリアで最も標高が高い建物は、中央の『生命の樹』です。

 この受話器は、その先端に取りつけてある電波塔に繋がっている、唯一の連絡機器です。地球と違って、タブレット端末を使うわけにはいきませんから」

「そういえば、ここで支給されたタブレット端末、月面でしか利用できないんだよな」

「はい、必要ありませんから。政府側としては、この受話器すらほんとは取り付けたくなかったんでしょうけど、一応、お役所の外局ですから。

 世間向けに形だけ設置した地球用の受話器ですが、僕たちにとってはラッキーでしたね」

「うん。でも、どうしよう。どっちにしろ守衛がいるんじゃ、中には入れないよな」

「せめて上官がいてくれれば、あの人なら僕たちを中に案内する手段を知っていると思われるんですけどね…。苦肉の策ですが、中に入る手段が、一つだけあります」

「一つだけ?」

「はい。毎日、僕たちの食糧を運んでくる毎朝のチルドトラックです」

「まさか、あの中に入るって?」

「はい。民間の会社に委託しているらしいですから、警備も甘いと思いますよ」

 小林は、地図を広げながら説明した。

「青年隊の服でAブロックは歩き回れませんから、入隊式に来た黒の礼服を着て行きましょう。チルドトラックは、Aブロックのシャトル発射台前の倉庫に着きます。

そこから我々が飛び出して、一気に『生命の樹』まで行きましょう」

「電話した後は、抜け出せるかな?」

「別に捕まっても問題ないでしょう?

 僕たちのミッションは、受話器から僕たちの通う中学校、それがだめなら警視庁に電話を掛けることです」

「ええ、脱出すること考えてないのかよ…」

「不可能です。逃げ回って時間は稼げても、もう外に出る手段がありませんから」

 悠太は自分なりに頭をひねって考えてみたが、いい案は一つも浮かばなかった。

「話は決まりですね。後のことは、地球の大人たちがどうにかやってくれるでしょう。悠太さん、出発の準備は?」

「うん、明日にでも大丈夫だよ。

 朝礼の点呼の時にいないことがばれちゃうけど、仕方ないよね。地球の命運が掛かっているんだし」

 自分には、別に失うものなどない。ここに自分を送り出した両親の期待も、裏切ればいいと思った。

月での研修は地球に還った後、主に就職面で大きなメリットがあるらしい。でも、悠太は絵を勉強する学校に行きたいのだ。普通科の高校など、やはり行く気がしなかった。


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