第19章 リカと上官
悠太と小林が例の店に到着したのは、その日の夜二一時頃だった。
夕食の時間は毎日、一九時と決まっていた。
二人は、一八時に寄宿舎に戻ると、急いで風呂場に駆けこんで、他の少年達でごった返す風呂場でシャワーを浴びた。
この時間は他の班の先輩隊員達が一番風呂を求めてやってくる時間で、本来なら悠太たちが入る時間ではない。それがこうして無理やり行ったのは、夜に外出から戻った後では、風呂に入る機会を逃してしまうからだった。
慌てて夕食をかき込むと自室に戻り、リカに確認する事項を再確認した。
そして二〇時ごろ、片道三キロ近くの風俗街に向けて、二人で寄宿舎を出発した。
二人は、街の入口に立った。当たり前だが、自分たちと同じ年齢の少年はいない。平日だからか、出歩く人数は少なかった。
二人は、例の店にまで歩いて行った。改めてネオンで光るその店の看板には、「かぐや姫」と書いてあった。
店内に入り、入口の男に要件を伝えると、控室に通された。
控室では、相変わらず日本の公営放送が流してあった。悠太は後から知ったが、この街では未成年だからとか、犯罪者だからと言った理由で入店を拒否されたり、追い出されたりすることはない。
ここでものをいうのは、純粋な経済力と大人社会の暗黙の掟のみだ。
しばらくすると、黒スーツを着込んだ紳士風の男が来て、二人を呼び出した。一瞬、違和感を覚えたようだったが、すぐに事務的な態度に戻った。ここでは、お金を払えば享受できない快楽はない。逆に、お金を払わなければ、男たちにあっという間につまみ出されてしまうのだ。
しばらくして、リカの待機する部屋に通された。
「いらっしゃい。…まさか、3Pをしに来たの?」
まだ十代なのに早熟なのね、とリカが言った。
「違いますよ!要件があって来ました」
悠太が言った。
「先日小林君に伝えた、ここの計画の話?」
「そうです。そして、上官殿についてお聞きしたいのです」
小林が言った。
「弟のことなら、いいわよ」
「まず、リカさん、あなたがここに居ること、上官殿はご存じなんですか?」
「いいえ。知らないわ。第一、私がこんな仕事に身を寄せていることも知らないわね」
「やっぱり。実は先日、リカさんのこと、それとなく上官殿に聞いてみたんです」
「あら、やだ」
リカは、そういうわりに眉一つ動かさない。
心のどこかで、事情がバレる日が来ることを覚悟しているのだろうか。
「上官殿は、リカさんという人など、知らないと言ってました」
「そうね、そうなるわね。だって『リカ』って、偽名だもの」
「「ええ!」」
悠太と小林の声が重なった。
リカは、当たり前のことを説明するような調子で言った。
「あのね、この世界では本名を晒さないことは常識よ。身元がバレちゃうじゃない」
「盲点でした…。それじゃあ、上官がリカさんの名前を知らないのも?」
「当たり前ね。そのための偽名だもの」
「あの、よろしければ本当の名前を教えていただけませんか?」
「構わないけど、それでどうするつもりなの?」
「上官殿を説得して、協力を仰ぎます。ここでの計画を阻止するつもりなんです」
リカは、しばらく黙り込んでいた。
「本名を教えることはいいんだけど、あの子がそれで協力するかしら?」
「でも、上官殿はリカさんをこの世界から救い出すために月へ来たんでしょう?」
悠太がそう言うと、リカはふっと笑った。
「あら、どういうことか、話が飛躍してるわね。あの子がそんなこと言ってたの?」
「いえ、でも、ここで働いているってことは、纏まったお金が必要で、きっと上官殿も同じ目的なのだと…」
「残念でした。私に関しては正解だけど、あの子がここに来た動機は実は私も知らないの」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、なんだか身内から自由になりたいみたい。それ以上は分からないわ」
「じゃあ、リカさんの素性を伝えても…」
「ええ、無駄かもしれないわ。それどころか、裏で捕まっちゃう可能性もあるわね」
「そ、そんな」
二人は、改めて頭を抱えた。
実は、上官の手助けがあるだけで、万梨阿の救出も相当容易になると目論んでいたのだ。 月の計画を止めることは前提で、ついでに万梨阿の救出もお願いしようと話し合っていた。
二人が途方に暮れていると、リカが改めて問うてきた。
「それで、どうしましょうね。あの子の協力は仰げない。一方では、月で恐ろしい計画が進んでいる。
それなら、私たちだけでやるしかないんじゃない?」
「私たち?」
悠太が改めて問い返した。
「私でよろしければ、協力できるわ」
「でも、お店があるんじゃ…」
「この店ね、年俸制みたいなもので、出勤欠勤もある程度自由が聞くわ。
さあ、どうしましょうね。地球の危機になるかもしれないヤバい計画があって、片やお店の営業がある。この場合、普通どっちを選ぶかしら」
「待ってください!」
小林が言った。
「あなたのように、事情があってここに来た人に、協力をお願いするわけにはいきません。
僕たちは悪くても、地球へ追い返されるだけで済みます。でも、お店の従業員のあなたが捕まれば、お店にまで迷惑がかかってしまいます」
悠太も、小林の意見に同感だった。
リカは、自分たちと違って、店の従業員としてここに来ている。捕まって公権力から制裁を受ければ、彼女は地球へ戻った後にもひどい目に会うかもしれない。
リカは、黙り込んでしまった。自分がここで下手に捕まればどうなるか、気づいたようだった。
しかし、地球の危機という一大事に、いても立ってもいられない様子だった。
「明日、、私と小宮山さんで潜入します。深入りはしません。そして、それがダメだったら、改めて、協力をお願いしにいきます」
「…」
リカは、そう来たか、といった風に黙り込んだ。
「わかったわ。私の盗んだ情報が確かなら、作戦の第一弾、地球へのミサイル攻撃が五日後。
その前日、いえ二日前までにどうにか出来なければ、私にも協力させて」
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