第18章 上官を説得せよ

 悠太と小林は、二人で押し黙ったまま、椅子に座り込んでいた。

 ここは、寄宿舎のうちでも、話し合いや会議が出来る唯一の会議室だった。簡素なパイプ椅子が一〇個ほど置かれ、真ん中にテーブルが置いてある。

 二人は、夕食のとき、他の少年達から離れて一人座る上官のところへ相談に行った。

上官は、少年たちの中では、ある者には畏敬され、ある者には憎悪されていた。

食事のとき、彼の周囲からは必ず人が離れていく。上官はそれを気にしていないようすだった。

 二人ももちろん、上官の近くになど行きたくなかった。二人はどちらかと言えば、彼を憎悪する立場の人間だった。

 しばらくして、ドアがガチャリと開いた。

 制服を脱いで、私服に着替えた上官が現れた。リーダーバッチを胸に付けている。

 二人は、上官が現れると立ち上がり、頭を下げた。

「緊急の呼び出し、申し訳ありません」

 上官は、眉一つ動かさず答えた。

「別に構わない。それより、さっさと要件を伝えてくれ」

 小林が答えた。

「はい。

 実はこの度、怪しげなうわさ話が出回っております。それについて上官に報告すべきだと判断し、ここへお越しいただきました」

「うわさ?なんだい、それは」

「はい、実は、三日後、ここから地球へ向け、ミサイルが発射されるという噂です。標的地は日本の霞が関、アメリカホワイトハウス、イギリスロンドン。

いずれも、地球の主要な政治・経済機関であります」

「なんだそれは。そんな話、あるわけないだろう」

 上官は、一蹴して、小林の横で頭を下げたままの悠太を見た。

「いくら月が重要な国際機関だからと言って、今回の作戦は平和裏に行われるべき計画だ。

 まさか小宮山君、先日君に話したことで、何か勘違いしてしまったことがあるのか?」

「いえ、とんでもございません。

しかし、ミサイルのうわさがあまりにまことしやかに語られているものですから、上官殿なら何かご存知かと」

「ふん、君のことだから、おそらく、小林君にもあの計画のことを喋ったんだね。まあ、問題はなかろう。話しても、誰も信じないだろうしね。

 月の計画は平和的に進行させる、と上からは聞いている。こんな未熟な施設しいかない月からいきなり地球に攻撃なんて、ありえないよ」

「そうですか、わかりました。あ、そういえば、これ、先月の採掘量の報告書です。提出が遅れてしまい、申し訳ありません」

「おい、それは今提出すべきものか。第一、締め切りは三日前だったはず。まったく、君たちときたら…。

 まあいい、今後このようなことがあったら、他の班への左遷も検討しよう。覚悟しておきたまえ」

「はい」

 悠太は内心、やれやれという気分になった。

 小林は、まるで思い出したかのように、「あ、そういえば」と言い出した。

「上官殿、『リカ』という女性をご存じありませんか?」

「リカ?そんな人、知らないが」

 小林が、あれ、という表情をした。悠太も驚いた。

 実は、ミサイルの話は前振りで、本題はリカの話だったのだ。

 しかし上官は、だれだと言わんばかりの顔をした。

「ふん、どうせまた根拠のない噂話か何かだろう。私には、心当たりも何の覚えもないよ。

小林君、小宮山君、これからはそういった報告は、日中の活動中にしてくれ。

 私は私で、帰ってからもやることがたくさんあるんだ」

「はい。失礼いたしました」

 二人はそういうと、頭を下げた。

 間もなく、上官は部屋を出て廊下の向うへ消えて行った。

 上官を見送った後、悠太と小林は茫然としていた。

「おい、小林。お前、どっからウソついたんだ?」

「いえ、そんなはずありません。確かに、リカさんは上官殿のこと、よく知っているふうでした」

「そんな、まさか、上官殿、あの店の常連だったり」

「いえいえ、あの固い頭の人が、ないですよ。そういう気持ち、あの人は押さえつけてそうです」

「いや、でも男なら…」

「実は、僕も、三次元にはいまいち…」

「いや、この話題についてはもうやめよう」

 悠太は、話が別の方に進んでしまいそうになって、話を止めた。

「でも、どういうことだろう。リカさんは上官殿のこと、大学のことも含めてよく知っていたのに、上官殿はまったく知らないなんて」

「いや、きっと、どちらかが嘘をついているはずです」

「どうすればいいんだよ」

 悠太が、小林に問いかけた。

「じゃあ、もう片方に、聞いてみればいいんじゃないですか?」

「もう片方って…?」

「またあの店に行くんです。幸い、お金を持ってることを示せば、店内はフリーパス状態4です」

「ええっ!でも…」

「行きましょう。ことは一刻を争います。明日の夜、ここを抜けましょう。一〇時までに戻れば、バレません」

 悠太は、調査とはいえ、またあの場所に行くことが後ろめたかった。

 自分が恥ずかしいのはもちろん、なんだか万梨阿に対して、申し訳ないような気がするのだった。

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