第15章 リカの弟
「くそ、いつになったら万梨阿を助けられんだ…!」
悠太は、目の前に転がった石ころを拾いながら、呟いた。
悠太が、謎の風俗街に連れて行かれてから、三日が経過していた。
もうじき、ここの政府機関の要人・高杉義実が月面に到着する。
おそらく彼が到着すれば、月の地球征服の計画は加速度的に進行していく。
悠太たちのなすべきことは、彼が到着するまでに、今回の計画の要である万梨阿を救出することだった。
しかし、悠太と小林は未だ何一つ対策を立てられていなかった。。
「そう焦る必要はありませんよ、小宮山さん。果報は寝て待て、と言います。
何か、あの女の子に関する情報がそのうち流れてくるかもしれませんよ?」
「気楽すぎるよ、小林。あと三日で高杉が月に乗り込んでくるのに、こっちには何の打つ手も無いなんて…」
二人は、次の日からいつも通り、星屑含む鉱石拾いに舞い戻っていた。
悠太は、風俗街から戻った後、自分が見聞きしたことを全て小林に話した。にわかには信じがたい顔をした小林だったが、悠太が気絶する寸前に撮影した時空の穴の写真を見ると、納得したようだった。
この月面の地下には、巨大な空洞が広がっている。そこには、万梨阿の力で開けられた巨大な空間の裂け目があった。
月で悠太たちが地球と同じ服装で活動できているのは、その空洞を経由して地表に空気が送られているためだった。
悠太と小林は、仲間を募って政府機関に対抗しようと考えた。
幸い、協力者は数名集まったが、悠太たちには対抗する手段が何一つ無かった。
月面へ来る時、最小限の持ち物しか持ってくることは許されなかった。
唯一、武器になりそうなものは、サバイバルゲーム用のエアガン一丁だった。これでは、万梨阿を奪還するため、月面の官庁街に攻め入られるわけがない。
結局、議論は何の案も浮かばないまま深夜にお開きになり、次の日を迎えた。
そのまま、悠太が見てきたことがまるでおとぎ話であったかのように、いつもの日常が過ぎて行った。
「くそ、こうしている間にも、万梨阿は変な実験装置をつけられて、ひどい目に遭っているかもしれない!」
「焦らないでください。僕に、考えがあります」
小林は、そう言うと、西の方角を見た。
採掘場の西には、我らが青年隊第一班の班長・上官がいた。
彼は、一昨日のことがまるで嘘だったかのように、すまし顔のまま、何も語らない。悠太とは一言も口を聞いていなかった。
悠太にここでの企てがバレたことに対して、大した脅威を感じていないらしかった。
「上官、って、あの人は無理だよ。話したろ、あいつは政府側の人間だ。ここでの悪巧みの犯人側だ。
きっと、また僕たちを連行する機会を狙っているんだ。なるべく近寄らないようにしなくちゃ」
「どうしてそうあの人を警戒するんです?
僕には、あの人がただの悪人には見えません。きっと、何か別で目的があるか、誰かに利用されているんです。そうでなければ、あの頭の固い上官殿が、そんないかれたラピュタ計画に乗るわけないです」
「どうして、そんなことが分かるの、小林?」
悠太は、小林の推測に驚いた。小林は、上官とは正反対の性格だと思っていたからだ。
「いいですか、小宮山さん。エリートっていう人たちは、基本的にプライドが高いんです。
負けず嫌いで、プライドが高い。でも、いつでもどこでも、周囲の期待に応え続けるなんて、基本的には不可能です。少なくともエリート自身、そんなことは望んでないと思います」
「確かに、上官はエリートだけど、それとラピュタ計画と、何の関係があるの?」
「エリートは、自分の見栄を守るために、大義名分を掲げるんです。世の中のため、社会のため、弱者の救済。全部、僕の嫌いな言葉ですが。
上官も、きっと口で社会のためだのどうのこうのと理屈を並べる以前に、自分だけの望みがあるはずです。それを突き止め、取引するんです」
「上官に、万梨阿の居場所を吐かせる、っていうの?」
「そうです。少なくとも、あの人を協力者にしましょう。そうすれば、万梨阿さんを助けることなら、なんとかなると思いますよ」
「でも、あの人の真の動機を探るだなんて…」
どうすればいいんだよ、と言いかけた悠太の言葉を、小林が制した。
「確か小宮山さんが連れ込まれた風俗店の女性は、弟がいる、という話でしたよね?」
「うん、そう言っていた」
悠太は、連行された風俗街の店で、政府側に懐柔策を取られた。
それが店の女性による性的なサービスという、悠太の経験値のはるか上を行く懐柔策だった。
しかし、幸いにも悠太が描いた万梨阿の絵を目にした店の女性が悠太への懐柔を自主的に止めた。リカというその女性には、一人弟がいるという話を聞いた。
「その人の特徴を、改めて教えていただけませんか?」
「地球でも、水商売をしてた、っていう女の人だよ。身長は僕より少し高いくらいで、昔、絵を勉強していたらしい。弟が一人いて、その人は東京の大学に通っているらしい」
「それで?」
「それって?」
「その弟の人物像や性格ですよ。その女の人と、ずいぶん話し込んだんでしょう?
話によると、その弟さん、とても優秀と言う話じゃありませんか。なんでも、東京の一流大学に通っていて、宇宙工学についての勉強をしている。今、大学院の修士課程にいて、今度、あるプロジェクトの特待生に選抜された」
「うん、そうだよ。僕が聞いた話じゃ、それが全部だ」
「小宮山さん、そんな条件にあてはまる人なんて、そうそういるもんじゃない、と思いませんか?
少なくとも僕だったら、そんな秀才には一目置いて、特別な存在だと思って距離を置いて接していると思います」
「そりゃ、そんな人、普段生活していたら、お目に掛かれないもんな」
小林は、悠太の察しが悪いとでも言いたげに、ため息をついた。
「でも、幸か不幸か、いるじゃないですか、一人。僕らの身近に、そういうエリートが」
「そんな人が?まさか」
悠太は、そう言いかけて、はっと目を見開いた。
そうだ、いたはずだ。ここから西に五十メートル付近で、石を拾っている。
「でも、まさか、そんな偶然って…」
悠太は、にわかには信じがたいと思った。
リカと名乗った女性の弟が上官だなどと、話があまりに出来過ぎていると思えた。
小林は、人差し指を悠太に向けて、話を続けた。
「小宮山さん、例えばですよ、例えばなんですけど、上官殿の本当の願いは、人類の救済とか地球の繁栄なんかではなく、単に身体を売ってまで働かなければいけなくなった、不憫なお姉さんを助けるためだったとしたら、どう思います?」
「それはすごい納得がいくよ。でも、上官は大学にまで行ってるんだ。大なり小なり、お金が必要なはず。それなのに、お姉さんは夜の街で水商売って、おかしくないか?
上官は、それなりに経済的に余裕のある家の出身のはず。そんな家の人が、まっとうな人生を踏み外すなんて」
「仮にお父さんもお母さんも貧乏な家があるとして、将来有望な息子が一人、いるとします。そうした時、なんとしてでも、息子を大学へ進学させたい。それが一族と、日本の未来のためだ。でも、両親の所得では、そんなことは不可能。奨学金の当てもない。
そう言う時、次に駆り出されるのは、誰でしょう?」
「親戚、それもだめなら兄妹、って、まさか?」
「とても悲しいことかもしれませんが、そのまさかを考えるのが、一番腑に落ちますね。上官は、家のため、家族のために、大学へ進学し、月面へ来た。そしてそのための学費を稼ぐのが兄妹、つまりそのリカさんという女性の役割だった」
「そんな、自分の身体を売ってまで…」
うんうん、と小林は腕を組んで、同情した様子で頷いていた。
「詳しいことは、僕にも分かりません。
しかし、そうまでしてでも、あの人にエリートコースを歩ませるだけの、何か重大な理由があった、というところでしょうか。
もしかしたら、潰れかかった名家を復興させるためとか、身に余る借金を返済しなくてはならないとか、差し迫った経済的な理由があったのかもしれません」
「そんな、あの人が…」
悠太は、信じられないという気持ちで、石を拾い続ける上官の姿を見た。
あの鉄と血で出来ているような精神の持ち主に、そんな家庭的経済的な理由が、本当にあるのだろうか。
「小宮山さん、その、リカさんの居場所、教えてくださいませんか?」
「いいけど、まさか、会いに行くの?」
「聞いた感じだと、お姉さんの方は上官殿とは違い、まだ話が通じそうですね。それなら、僕が協力をお願いしてきます」
「あの人が、そんな協力してくれるかな?」
「分かりません。でも、女性経験は無い僕ですが、多少、払えるお金くらいは出来たので」
小林は、そう言って自分の財布のポケットをポンと叩くと、なぜか不敵に笑うのだった。
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