第21話4.最後の花火

 流れる時のその先を僕らは見ることもまして感じることも出来ない。

 今ここに歩実香と共にいる事さえ想像していなかったことだ。

 午後3時過ぎ、大曲の街の暑さは降り注ぐ太陽の光と、この街に訪れた観光客の人の熱気でむせ返るように熱い。

 「本当にすごい人だね」

 「でしょ、私も初めてなんだけどこれほどにぎわっているとは思ってもいなかったわ」

 「確かに、東京で観に行ってきた花火大会もすごい人だったけどここは雰囲気からして違うよ」

 「そうね、やっぱ東京とは違う気がする」

 

 人口およそ4万人弱のこの街はこの日だけ一気に人口が膨れ上がる。

 70万人もの人々がこの地で開催されるを見に来ているのだ

 メイン会場はこの大曲の街に流れる一級河川の雄物川おものがわの河川敷で行われる。

 打ち上げはその川の対面らしい。

 会場には桟敷さじき席、予約チケット制の升席ますせきがある。なんでもこの席を手にれるのは至難の業、発売になればすぐに売り切れてしまうと言う話だ。

 当然僕らはそんな桟敷席などの券などは購入していない。

 花火が打ちあがるまでにはまだ時間がある。

 僕らは手を繋ぎ人の波に流されるように街の中を歩き回った。

 

 この初めて訪れた大曲という街を探索した。

 まずは大曲の駅前に出てみた。縦じま?というのだろうか。意外とシンプルに見えるが、斬新なデザインともいえる駅舎を背にすると正面に「花火通り商店街」と書かれたオレンジ色のアーチが目に入る。

 それ以前に人の波が押し寄せるようにうごめいているのは言うまでもない。まるで休日の渋谷のスクランブル交差点を思わせるような人の流れ。

 今日だけはこれだけの人が溢れているが、何もない普通の日はこの街はどんな顔を僕らに見せるのだろう。そんなことをふと思った。

 「なぁ、この街は普段どんな顔をしているんだい?」

 「どんな顔つて言われても、私もこの大曲に来たのはこれが2回目なの。最初に来たときは……そうねぇ、なんだろうちょっと寂しい感じがしたかなぁ」

 「じゃ、今日だけはその寂しさは感じないていうことなんだね」

 「あのね、雅哉君。君は私に何を言わせたいの?」

 「別に……」そっと歩実香の手を握り、オレンジ色のアーチをくぐり二人でゆっくりとこの街の姿を眺めた。

 新しさと歴史を感じさせるこの街並み。流れる人の波に僕らはあらがうことはない。流れるままにその流れに沿うように二人で同じ道を進む。

 僕はそれでいい。それが僕らにとって当たり前であるから。二人で進む道、そして過ごす時間。ほんの数時間かもしれないが僕らにとっては今まで過ごしてきた時間と共にある。この時間の流れは今の僕らには感じることはない。

 たとえ数時間の間としても……


人の流れはみな花火の会場へと向かう。その流れに身を任せ花火の会場の入り口近くまで来た。

 さすがに会場付近に近づけば屋台からする独特の香ばしい香りが僕らの鼻をさする。

 「おなか、空かない?」

 ぼっそりと歩実香が言う。

 確かに慌てて出て来たから朝から何も食べていない。流石に腹は減ってくる。しかもこの香ばしい食慾をかき立てる香りと来れば我慢にも限界がある。

 「行くか」

 その言葉を待っていたかの様に歩実香は僕の腕を引っ張り人々が群がる方に足を向ける。

 「すごいなぁ」

 思わず出た言葉だった。

 河川敷に幾つもの屋台が並び、まだ明るい内からほとんどの屋台が営業している。そこに群がるように人の列ができていた。

 この光景どこかで見たような……と言うより似ていると言った方がいいだろう。

 「すごいねぇ」歩実香もこの光景を目にして驚いていた。

 「なぁこの光景に似た所思い出さない?」

 「似た所?」

 少し考え、ハットひらめいたように言う

 「海!海の家、ちょっと違うけど何となくそんな感じがする」

 「やっぱり」

 「やっぱりって、言うことは雅哉もそう感じたの」

 「ああ、なんとなくな」

 「何年前だっけ、一緒に海行ったの」

 「もう3年くらい前になるんじゃない」

 「そうかァもう3年かァ……懐かしいね」

 「ああ、本当に早いなぁ」

 年を感じる、いや僕と彼女歩実香と付き合いもう長い時間がたっていることに今一度その実感を確かめたような気がした。

 「あ、たこ焼き」

 目ざとい、最初に目にして足を向けた屋台はたこ焼き屋。そのあとお好み焼き屋に焼き鳥屋、屋台の三種の神器ともいうべきこの三種は外せないと僕らは手分けをして並びやっとの思いで購入できた。

 「さて、買うことは出来たけど、どこで食べよっか?」

 僕がぼっそりと尋ねる。

 「んーさすがにここじゃ人が多すぎてもう座る場所さえないわよね」

 「それじゃ、とにかく歩こうか」

 その言葉に歩実香は僕をじっと見つめ

 「おなかも空いてる……」

 「そんな顔すんなよ」

 こんな時の歩香はほんとうにしおらしい表情をする。

 屋台からかってきた袋の中からあるものを取り出し、歩実香の目の前に差し出す

 「ジャーン、ほら、そんなことだろうと思って歩きながらでも食べられるもの買ってきたよ」

 彼女の目の前に差し出したもの、それは特大のジャンボアメリカンドック。普通のアメリカンドックの2倍以上はあろうかというくらい大きなものだ。

 歩実香は目を丸くして「わーすごい、大きい!」と感嘆の声を上げていた。

 ちょうどこれも売っていたから買って来たんだ。これなら歩きながらでも食べられる。

 「うん、うん。流石雅哉、気が利く」

 その歩実香の喜ぶ顔が目に焼き付く。

 「さて、これを食べながら花火見られる場所を探してみましょうか。といっても当ては全くありませんが」

 「まったくです。ゆっくりと花火を見られる場所を確保していないかったのは敗因です。でも……それでもいいんじゃない」

 「あははは、歩実香らしいねその弁解。さて暗くなる前にどこか探し当てないと……」

 パンパン

 まだ辺りは明るいが、はじまりの合図のような花火が上がった。

 「もう、花火打ちあがるのか?まだ明るいのに」

 「たぶん、昼花火じゃない」

 「昼花火?」

 「うん、明るいうちに上げる昼花火っていうのもあるって訊いていたから」

 「そっか、じゃもう大曲の花火大会は始まったんだね」


 人の大勢いるところは出来れば避けたかった。できることなら二人でよっくりと夜空にたなびく花火をこの目にしたいと思った。

 僕らは人の流れに今度はあらがった。

 僕ら二人の世界のために

 これからも続く二人の居場所を探し求める旅をしているかのような感じがする。

 ゆっくりと二人で一緒に探す二人のための居場所を……


 気が付けば、僕らはまた秋ちゃんの家の近くに戻っていた。

 ちょうど秋ちゃんの家がある住宅街の裏手の少し小高い土手。会場からは幾分離れたところ。

 あたりを見れば二階建てのベランダで花火を自宅で見る人たちやバーベキューをしてにぎわっている人たち。それでもこの土手にまで出て花火を見ようとする人はいない。

 あれだけいた人々はこの場には誰もいない。

 「ねぇ、ここ花火多分見えないんだよね。だから誰もいないんじゃない」

 「多分、そうだと思う。ちょうど会場の方向に大きな木があるから見えないと思う」

 「そっかぁ、じゃ、もう少し見える所探しましょ」

 そう歩実香が言った瞬間

 大きな打ち上げ花火が僕らの目の前に広がる夕暮れの空に散った。

 あたりは薄暗くなりそして夜という時間を迎えつつあった。そこに大きな花火が空に広がる。

 「綺麗」

 一言、歩実香が言った。

 綺麗だった。彼女の言う通り大きな花火が空に花開いた。

 「ここでいい」歩実香が言う。

 僕もそう思った「ここでいい」と……

 

 持ってきたビニールシートを広げ、ふたりで肩を寄せ合うように並んで座り暗くなった夜空に花開く大輪華をこの目に焼き付けるように眺める。


 そう、僕ら二人で見る最初で最後の大曲の花火が夜空に花開いた。

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