第20話3.最後の花火

 抱きかかえる歩実香の体はきゃしゃで少し力を入れればガラスが粉々になるようなそんな感じのするからだ。僕はそっと静かに、歩実香に僕の鼓動を重ね合わせる。

 久しぶりに触れる歩実香……今、彼女は僕の腕の中にいる。柔らかい唇が、その熱さが僕の唇に伝わり僕の鼓動をさらに高鳴らせる。

 ゆっくりとそして激しく静かに、僕らの心は重なり合う。

 さらりとした肩のラインから彼女の肌の感じを確かめるように手が動き感じる。

 ささやくように窓から流れる柔らかい風が彼女の香りを僕の所へと運ぶ。

 壊したくない……

 壊れてしまいそうなのは僕の方かもしれない。

 久しぶりに感じる歩実香の肌、透き通るようなきれいな肌、ほのかに暖かさを帯びていた歩実香の体が次第に熱くなる。

 僕の体も心もそして想いも歩実香以上に熱いものを感じ始める

 求め合うことはいけないことではない。

 僕も歩実香もお互いにお互いを求めあう。

 自然と僕らは二人から一つの熱い塊と化していく……

 彼女の肌に触れ、彼女のその今にでも壊れてしまいそうな躰を次第に強く抱きしめる。徐々にその力は僕の想いと変わりその想いを歩実香は自分の躰すべてに行き渡らせるかのように受け止める。

 そして僕も彼女のその熱い想いを全身で受け止める。

 

 今、僕らは僕たち二人だけの世界にいる。

 誰にも邪魔の出来ないそして誰も入り込むことの出来ない僕たち二人だけの世界

 離れることはあり得ない

 離れることは考えまい

 僕らは一つ

 この世に存在する一つの存在

 潤む彼女のその瞳には僕の瞳が写し出されている。

 そして彼女が見る僕の瞳にも歩実香自身の姿が写し出されている。


 壊すまい彼女の心を

 壊すまい彼女の真なる想いを……


 歩実香のすべてを僕は……歩実香は僕の想いすべてを


 お互いにぶつけ合うように

 絡み合う二人の心と躰……

 この熱い想いは、決して覚めることのない永遠の想いとなり僕らはそれを確かめ合う。


 8月の終わり、秋田の夜更けにまとう空気は少しひんやりとして来ていた。

 火照る躰にまとうその空気は僕ら二人にとっては心地いい

 だが、秋田の夏は着実にその終わりを告げようとしていたのに僕らはいまだに気づく余地もなかった。


 「歩実香……」

 「雅哉……」


 どこからともなく聞こえる虫の声がゆっくりと僕ら二人を現実の世界へといざない、触れ合う肌の安堵感を確かめながら眠りについた。


 次の日、僕らが目覚めると

 青く広がる空にさんさんと降り注ぐ太陽が空高く輝いていた。


 僕の横でスースーと可愛い寝息を聞かせてくれる歩実香の寝顔を眺め


 そういえば、スマホから聞こえてきた寝息の時もこんな顔したのかなぁ。なんてほんの数か月前のことを懐かしむように思い出していた。

 やっぱり歩実香は僕にとって特別な女性ひと

 一生をかけて僕はこの女性ひとを僕の傍に置き、そして今にでも壊れしまいそうに透き通るような彼女と共に生きていきたい。

 それは僕がこの世からその姿を消してしまう時までずっと……永遠に続く想いだと、自分の胸の中に刻み込む。

 静かに彼女の瞳に僕の姿が写し出される。

 ふっと笑みを投げかけ

 「おはよう……雅哉」と少し恥ずかしそうに言う。

 おはよう歩実香と返す代わりに彼女のその体をそっと抱き

 「よくねむれた?」と聞く

 「馬鹿、そんなこと聞かないの……雅哉」

 それが歩実香の答え

 「ところで、今何時?」

 「さぁー何時だろう。でも今日もいい天気の様だよ。もうかなり暑いしね」

 「え?」

 慌てて時計を見る歩実香

 「ちょっともう10時過ぎてるじゃない。もっと早く起こしてくれればよかったのに」

 あ、いつもの歩実香だ

 「ごめん、僕もさっき起きたんだ実は……」

 「もう、どうでもいいけど早く支度して、遅刻よ!」

 「そんなに慌てなくても、僕は花火よりもこうして歩実香の傍にいるだけで十分だよ」

 ブラをつける彼女の手が一瞬止まる。

 「もう、本音をあからさまに言わないの。私だって雅哉とこうしている時間がいつまでもあってほしいと思っている……でもね、『花火』どうしても見なきゃって、雅哉と一緒に今年を見ないといけないそんなきがするの」

 「花火は今年で終わりなのか?」

 「そうじゃないけど……」

 少し寂しそうにうつむく歩実香

 「わかったよ、そんな顔すんなよ。せっかく歩実香が誘ってくれた花火、見ないとな」

 「だったら……下着くらい早く着て……」

 その言葉にお互いのあらわな姿に僕らは少し顔を赤らめた。

 

 それからなんだかんだと秋田市の家を出たのは昼を過ぎてからだった。

 すでに大曲に向かう道は渋滞

 会場の大曲に近づけば近づくほど車は前には進まない。

 「この渋滞ってもしかして花火の渋滞?」

 「た、多分ね……」

 少し引きつった様な顔をする歩実香

 「だから早く出たかったのよ……」

 そう言われても今となってはもう遅い。それよりこれだけの渋滞だ、駐車場はあるのか?

  そんな事をかんがえている内に大曲市内に差し掛かろうとした時歩実香は国道から外れ山道を走り出す。

 「最悪の場合のコース先輩から教えてもらってたの」

 「教えてもらってたのって、大丈夫なのかこんな細い山道」

 「うん、ちゃんと1回走ってみたわよ。将哉を乗せて山の中で行き止まりは悲しいでしょ」

 「ああ、そう……下見してたんだ……でも、これ道なの?」

 「あら、この道ちゃんと舗装されているでしょ。と言う事はよく使われている道って事よ。ほとんど使われない未開の山道だったら舗装なんかされていないはずでしょ」

 「た、確かに……」

 歩実香はこっち秋田に来てから以前に増してパワーアップしたような気がする。

 これでは、僕は尻にしかれる事は確定だ。

 いや、もしかして一緒になるころにはたくましい歩実香に変わり果てているのかもしれない。可憐そうでいて意地っ張りで、そして絶対後に引かない彼女の性格は今でもたまに持て余すくらいなのに……


 細い対向車がようやくすれ違う事が出来るくらいの山道を走り抜ける車。ようやくそれなりの道路に面した時は正直ホッとした。

 「やっぱり、こっちの方が断然空いている。ほら渋滞していないでしょ」

 ちょっと得意げになる歩実香

 それでも会場に近づけば車の数はおのずと増えていく。

 やっぱり駐車場と呼べるようなところは全て満車状態だった。

 「どうする?」

 「んーこうなったら奥の手使うしかないか……」

 そう言ってスマホを取り出し電話を掛け始めた。

 僕はあえて聞かないふりをしていたが、歩実香の友達の家に車を止める事が出来るらしいことは伝わって来た

 「当てが出来たみたいだね」

 「うん、持つべきは良き友よね。同じ職場の友達の家に止めてもらう事で来そうなの」

 「へぇー、そうかぁ。もしかして同じ職場って言う事は大曲から秋田まで通勤してるって言う事?」

 「そうなのよ。私と同い年なんだけどもう結婚してるしね」

 それを訊くと歩実香のバイタリティーもまだまだ加速しそうだ。

 ある家の前に車を止めるとそこの庭先で僕らを待っていたかの様に駆け寄ってくる女性ひと。ショートカットで目がクリっとした可愛らしい感じの小柄な女性だった。

 「ごめーーん秋ちゃん」

 「ははは、こうなるだろうと思っていたから一台分開けておいてたわよ」

 「さすが……恩に着ます」

 「そうね今度お昼おごってもらえばいいかなぁ」

 「え、ほんとそれでいいの?」

 「いいわよ。冗談、さ、まずは車止めちゃって」

 「おれ、先に降りよっか」

 「うん、そうして」

 車から降りて歩実香の友達が僕を見た時

 「あら、ヤダ、すごいイケメンな彼氏じゃない歩実香」

 「あ、初めまして、杉村将哉すぎむらまさやと言います。御迷惑をおかけしてすみません」

 「あらいいのよそんな事、でも歩実香にはもったいない位いい男性ひとじゃない」

 車を止め降りてきた歩実香がちょっとすねた様に。

 「将哉はあげないからね」

 「あははは、不倫はまずいか!そうよね」

 「秋ちゃんは何でも人の物欲しがるんだから……」

 「秋ちゃん?」

 「あ、ごめんなさい自己紹介まだでしたよね。私奥村秋穂おくむらあきほと言います。歩実香さんとは同じ職場で働いています。さっきは変なこと言っちゃってごめんなさい。私既婚者なんで、夫がいる身であんなこと言っちゃって」

 「いえ、僕は特に……」

 割り込むように歩実香が

 「ごめんそれじゃ秋ちゃん車止めさせてね」

 「どうするのこれから?」

 秋穂さん、秋ちゃんが尋ねる

 「まずは街の方に行ってみる。ここからだと歩いてもそんなにかからないでしょ」

 「まぁね。でもすごい人よ。そんなに大事な彼氏だったらちゃんと手を繋いではぐれない様にしなさいよ歩実香」

 「解ってるわよ」そう言ってさっと僕のてを掴み

 「さ、行くわよ」とあいさつもそこそこに秋ちゃんの家から離れた。


 奥村秋穂。これから数年の後、僕は彼女の家の庭に車を毎年この時期に止めてもらう事になるとは今は想像もしていなかった。

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