第19話2.最後の花火
「花火ねぇ、明日なんだけど物凄く混むらしいのよ。だから今日は秋田市の家にに泊まって朝早く出かけましょ」
「おいおい、確かに混むかもしれないけどさ、何も秋田市とそんなに離れているわけじゃないんだろ。訊いた話だと車で1時間くらいだっていうじゃないか。それなのに朝早くから出発なのか」
「甘い!大曲の花火はね、もう前日から場所取りが始まっているのよ。河川敷なんかにはキャンピングカーで来て前の晩から泊まり込んでいる人もたくさんいるんだって」
「すごい意気込みだな」
「そうよ、すごいのよ」
……それに、雅哉疲れているでしょ、家で少し休んで。お母さんも雅哉に会うの楽しみしているんだから……
運転をしながら歩実香は前を向き小さな声で言う。
免許は東京にいる時にすでに取っていた。
しかし、運転をする機会は全くと言っていいほどなかった。秋田に来て自分で自分のために動くためには車は必需品だ。
確かに秋田市内は市営バスなども運行されているでも、少し離れた地域に移動するには運行されるバスの本数も電車の数も東京に比べれば圧倒的に少ない。自由に必要な時間に動くためには車は必要だ。そのために歩実香はここ秋田にきて車を購入した。
ピンク色をしたコンパクトな可愛らしい軽自動車。
空港から歩実香の住む家まではおよそ30分くらいだ。緑豊かなこの秋田の田園風景の中をまっすぐな道路が走る。
秋田は北の方だから涼しいかと思っていたがその予想に反して日差しは強く気温は高い。でも流れる風は東京では味わうことのできないしっとりとしたみずみずしい風とでもたとえ得ればいいのだろうか。少し開けた窓から流れる風を肌で感じるのが心地いい。
「なぁ歩実香」
「なぁに……雅哉」
……何でもない……
何かを言いかけようとした。でもその言葉を出す事は僕にはできなかった。
東京とは違う自然豊かな環境。秋田に着いて、歩実香と出会いまだ1時間もたたない。でも、何か僕が今まで知っている彼女歩実香と今僕の横で車を運転している歩実香のその雰囲気は何か違うものを感じさせた。
その違うものは何かはわからないしかし、何となく僕の知る歩実香が少し離れたところに行ってしまったようなそんな寂しさというのか、僕の胸の奥に何かが……少しづつ沸き出てくるのを感じる。
歩実香が住む秋田の家。2階建てのこじんまりとしたちいさな家だ。それでも東京ではごく普通の住宅地にあるような家の造り。あたりは木々に囲まれすぐ近くに山もある。
車を降りてふと空を見上げると、山の
静かだ……そしてこの木々が織りなす葉音は僕の気持ちを心を浄化させてくれるような気がする。
そうだよな。こういう心を浄化させてくれるようなところに住んでいるんだから、東京のような雑踏の中で暮らしている時とは違ってきて当たり前だろう。
すさんでいるのは僕の方かもしれない。
「あら、雅哉さん」
家の陰から僕を呼ぶ懐かしい声がした
歩実香のお母さんだ
麦わら帽子に長くつに手袋。片手にはかごいっぱいに野菜が入っていた。
「ただいまお母さん」
歩歩実香がおばさんにそういうと
「なんだかしばらくぶりに会うのが雅哉さんじゃなくてあなたのような感じみたいね」
少し老けただろうか、麦わら帽子から出る髪のいたるところに白髪が目立ち始めていた。でも相変わらず明るいおばさんであることには変わりはなかった。
「ご無沙汰しています」
一言挨拶をすると
「何言ってるのよそんな他人行儀な挨拶。ただいまでいいのよ」
そんなことを言うおばさんに照れ臭さを感じる。
「さぁ、こんなところで立ち話もなんでしょ、それに雅哉さんも早く家に入って」
誘われるまま家の中に入り、まずはこの秋田の地に来てすぐにこの世を去ってしまったおじさんの遺影に手を合わせる。
線香の煙がまっすぐに昇り風に流れるように散らばり消えゆく
「はら、貴方雅哉さんよ。秋田まで来てくださったのよ。歩実香のわがままをきいて忙しいところをわざわざ来てくださったのよ。それとね、今日も沢山お野菜取れたわよ。トマトでしょ、キュウリ、ピーマン。そうそうトウモロコシようやく収穫できたわよ。あとねぇ……」
「毎日なのお母さん。裏の畑からその日取れた野菜を報告するの。本当はこの秋田にきて野菜作りを一番やりたかったのはお父さんだったから……」
「そうか……」
「うん、東京にいたころに比べて豊かな生活が出来ているかといえばそれは正直厳しいけど、ここには東京にないないものがたくさんある。『住めば都』というけど私はそう思っている。やっぱり私もこっちに来てよかったと思っている」
「うん、歩実香がそう思うんだったらよかったじゃないか」
「ありがとう……雅哉」
「どうしたんだい、いきなりありがとうなんて」
少し照れ臭そうに
「ううん、何でもないの。何となく出た言葉だから……」
夕食には今日畑からとれた新鮮なや野菜を使った料理がたくさん並べられた
「さぁ、雅哉ちゃんと全部食べてよ」
「オイオイ、待てよいくら何でもこれだけの量食べきれないよ」
「何言ってんのよこのくらいほんと普通よ。ねぇお母さん」
「そうですよ雅哉さん。普通、普通」
ニコニコしながらおばさんは歩実香の言葉を返す。
「それに雅哉ピーマンちゃんと食べなさいよ」
「え、あ……うん」
「全く雅哉のピーマン嫌いには困ったものね。私がいない間ピーマン一度でも口にした?」
「あ、いや……」
実は僕は無類のピーマン嫌いだ。あの青臭さが鼻を衝くのが物凄くいやなんだ。だからピーマンは家にいてもほとんど口にしない。もちろん外食をしてもピーマンだけはきっちりと残している。まぁ、歩実香が一緒の時は有無も言わさず無理やり食べさせられてたけど……
「さぁーおたべ雅哉」
こうなったら歩実香はもうひかない
「わかったよ。食べるよ。でも……これ生?火通していないの?ピーマンって生でも食べられたの?」
「ふふっふ、ピーマンはね生の方が断然おいしいのよ。知らないでしょ」
にやりと笑い小皿に僕の分を取り分け僕の目の前に置いた
小皿を持ち少し震える箸で生のピーマンのサラダを取り、意を決して口にする。
あーー来るぞあの青臭ささが……鼻を衝くあのいやな臭さと苦みが………
………あれ 来ない?
あれ……苦くない?
ちょっと酸味のあるドレッシングにシャキシャキとした歯ごたえ
それにかむとあの苦みと青臭さじゃなくて……あ、甘い
青臭ささというよりなんだろう癖がない。それよりも何となく癖になるこの味と香り。
「なにこれ?」
歩実香はニコニコしながら
「何って、雅哉の大っ嫌いなピーマンよ」
「嘘だ!ピーマンがこんなにおいしいわけがないだろ?わかった普通のピーマンじゃないんだ。サラダ用のピーマンで癖のない特別なピーマンなんだろこれって」
「残念でした。うちの畑で精魂込めて育てたごく普通のピーマンですわよ」
え、
「ほら、これよ今雅哉が食べているピーマンは」
彼女が手に取るピーマンがごく普通のピーマンそのものだった。
「いや、ほんとかぁ?」
「全くもう疑り深いんだから、じゃこれこのままかじってみたら!」
そこまで言うのなら僕ももう後には引けない
「わかったよ」そういい、歩実香の持つピーマンを受け取り思いっきり丸ごとかじった。
ガリッ!
肉厚のピーマンを思いっきり……
確かに少しあの青臭さと苦みが口と鼻に広がるが、それよりもなんだろう今まで味わったことのない甘みというのかうまみというのか、僕にはうまく表現できないが、今まで僕がけ嫌うピーマンとは全然違っていた。
「やったーすっごーい。あのピーマン嫌いの雅哉がピーマン丸ごと生ででかぶりついた」
「お、おいしい……」
「でしょ、」
「もう一回かぶりついてよ今度はちゃんと写メ取ってあげるから。雅哉のピーマン克服記念日ってね」
それから何個のピーマンをまるかじりさせれれたんだろうか?
歩実香は楽しそうにその僕のまるかじりするその姿を何回もスマホで取りまくった。
楽しい夕食だった。
ほんとうに久しぶりに心から笑えたような、そして心が潤った時間を過ごした。
風呂から上がり、床に座り網戸越しの外の景色をただ某と眺めていた。
時折風呂上がりの火照った身体にスーと心地よい風がすり抜ける。
東京都は違う風のにおい
秋田の、自然の織りなす柔らかな例えるならば絹のような風が僕の体にまとう
「雅哉」
風呂上がりの歩実香が缶ビールを持って僕の隣に座り込む
二人で一緒にプルタブを開け「乾杯」と缶を軽く触れ合わせ冷えたビールを流し込んだ。
「いいよな。秋田って」
「そうでしょ。『住めば都』いいところは沢山あるわ」
「一層の事、初期研修秋田の病院に変えよっかなぁ」
「ほんと!」
一瞬歩実香は喜んだが……
「でも駄目よ。もう内定取れてんでしょ。教授の推薦もあるし、それに……雅哉はやっぱり東京が似合う」
「東京が似合うって?」
「うん、雅哉は東京みたいな大きな都会が似合う人なの。それにあなたが向こうで一生懸命に頑張っていると思うと私もこっちで頑張れるから……」
……歩実香
肩だけしか触れあっていなかった二人の唇はいつしか静かに重なり合った。
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