第13話3.カレーパンとたこ焼き…そしてクレープ?
それは和ちゃんにとっても暗い過去だった。中学の時、和ちゃんの両親は離婚した。
その事がきっかけで彼女自身も自分の殻に閉じこもってしまった時期があったらしい。
そんな時に学校では和ちゃんの両親が離婚したことがうわさになって彼女はいじめを受けた。
クラスの子たちが、学校中の子たちがひそひそ話をして、和ちゃんから遠ざかって行った。
和ちゃんは学校で一人だけ。孤立してしまった。
誰も和ちゃんに話しかけようともしない。
話しかけてもほとんど無視される状態。次第にいじめはエスカレートしていく。
机の上にそこらの道端からとって来た花が置かれていたり、机の中にごみが詰め込まれていたり、担任もその事を知りながら見て見ぬふりをしていたそうだ。
その事に居た堪れなくなったあの和也が(当時もあまり表の舞台には出ない子だったらしいのだが)全校生徒の前で和ちゃんに対するいじめを止めるよう訴えた。
もちろん他の教師、校長もいた場所で和也は叫んだ。
「これ以上、富塚和美にいじめをする奴はこの俺が許さねぇ。文句ある奴は何時でも俺の所に来い。それでもいじめをしたければ俺にしろ」
すごい迫力だったらしい。和ちゃんはその場で泣き崩れた。
この後緊急の職員会議が行われ、父兄からの抗議も相次いだ。
それからは和ちゃんへのいじめはなくなった。
もちろん和也にも何か言ってくる生徒は誰一人いなかった。
それどころか普段大人しい彼が、怒らせると何をするかわからないと言うイメージを植え付けられたらしい。
和ちゃんからこの話を訊いて、なんとなく和也らしいなぁと思った。
和也は優しい。
でもその優しさは弱いからではない。
人として強い人だから、だから人には優しく出来る。
私は感じていた。大島和也という人間の大きさと強さ、そして本当に心の優しい人であることを……
彼女は目に涙を浮かべていた。
「ごめん和ちゃん。辛い事言わせちゃって…… 私恥ずかしい。
自分だけが不幸の人だったと自分で意固地になっていた。
和ちゃんだってお母さんと二人っきりなんだよね。
それでも和ちゃんはちゃんと自分の事しっかり見つめてちゃんと前に歩いている。
ごめん、私今まで和ちゃんにも、和也にも甘えていた」
本当に私は甘えていた。
それなのに和ちゃんはこんな私の事を物凄く心配してくれている。
やっぱり私の本当の親友と呼べるのはこの人「富塚和美」しかいない。
それなのに、私は和也を彼女から奪ったんだ。
……だから、だから……
私の目からまた涙が流れていた。
「和ちゃん……私、私、か、和也とはもう一緒にいられない」
和ちゃんは目を丸くして
「巳美、あんたやっぱり馬鹿ね。何にもわかってない。
どうしてあなたが、大島君……ううん和也と別れるようなこと言わないといけないの。
本当は和也の事好きでたまらないのに、それに和也もあなたの事本当に好きなのよ。
それを分かっててあえてそんなこと言うの」
「でも……私、和ちゃんから和也を奪った。結果的にそうでしょ。
和ちゃんも本当は和也の事好きでたまらないのに、私に遠慮して、あとから来た私にとられたのに、
それなのに私の事こんなに思ってくれていて、これじゃ私……これじゃ私和ちゃんと親友でいられなくなっちゃう……そんなの嫌だ」
「巳美の馬鹿……」
和ちゃんが抱き着いた。その時彼女の肘がグラスにあたりオレンジジュースがテーブルいっぱいに広がった。
彼女の制服にも。
それでも和ちゃんは私を放さなかった。
「ほんとにあなたは馬鹿で意固地で頑固で、如何しようもないけど……でも私、巳美の事大好き、ずっと私の親友でいてほしい」
「和ちゃん……」
「うん、ずっと親友でいてほしい。
そして和也の事もずっと見ていてほしい。
ずっと好きでいてほしい。
私と和也はもう終わった事なんだもの。
和也が好きになった人が巳美で私は良かったと思っている。
巳美だから和也が好きになっても許せる。
だから、私から奪ったなんて言わないで。
それに和也をふったのは私の方なんだから」
和也が不登校気味だったのは和ちゃんのためを思っての事らしい。同じクラスになって気まずい思いをしない様に。
でも和ちゃんはいつも和也に言っていた。「気を使わないで」と、もう自分は気にしていないから、それに友達でもいたいからと……。
私に気ずかれない様に。
私はこの町に来て本当に良かったと今改めてそう感じた。
和ちゃんと、和也に出会うことが出来て。
私は、私一人が不幸のどん底にいた様に自分で仕向けていただけだった。
そうただの意地っ張りで意固地なだけだったんだ。
自分を押し殺す。
それが一番いい事だと思っていた。
でもそれは間違いだった。私が意固地になればなるほど周りの人たちが傷つくんだって事を教えてもらった。
和ちゃんに……そして和也を好きになる事で……教えてもらった。
「あら、巳美もう帰っていたの」
お母さんが帰って来た。早番でも今の時間帰ってくるのは珍しい。
「こんにちはおばさん、お邪魔しています」
和ちゃんがお母さんにあいさつしたけれど、私たちの光景を見て
「どうかしたの?」
当然かもしれない。和ちゃんは制服姿でこの時間ここにいるし、私は私服姿だし、それにテーブルにはオレンジジュースがこぼれたままだったんだから。
「和美ちゃん制服汚れているじゃない」
「ごめんなさいお母さん」とっさに誤ろうとしたけど
「それより早く洗濯しなさい。しみになったら取れないでしょ」
お母さんは特別何も私たちの事訊こうとしなかった。今まで私たち二人何かあった事、勘づいているはずなのに。
「ねぇ巳美、お母さん今日急に夜勤やる事になったの。だから少ししたらまた出かけるけどあなた今晩大丈夫?」
こぼれたジュースとグラスをかたずけている私に何気なく言う。
「夜勤?」
「そうなのよ、一人ね今日夜勤の子体調崩しちゃって、代わりに出なきゃいけなくなったの」
「それで今帰って来たの」
「そうよ」
そうか今日の夜は一人なんだ。ちょっと寂しい気がした。
「おばさん今日私泊まってもいいですか」
和ちゃんがぼそりと言った。
お母さんは私の方をちょっと見て
「大丈夫?」と和ちゃんに訊く。
「私も今晩お母さん夜勤だから大丈夫です」
「それならお願いしちゃおうかな。和美ちゃんのお母さんには私から言っておくから」
和ちゃんのお母さんとは職場が一緒。だからいつも私達の事で話をしているようだったから話は早い。
「ありがとうございます。それじゃ私一回家に帰って着替えてきます。制服も洗濯しないといけないし」
「それなら家で洗濯してもいいわよ、今帰ると和美ちゃんのお母さん心配するんじゃない」
確かに、夜勤だとするとまだ和ちゃんのお母さんも出勤前だろう、それなのにこんな早い時間に帰ったら「どうしたの?」って心配するに違いない。
まして私は今日、学校を無断欠席している。
そして一言付け加えるように
「あとで学校には連絡しておくから」と
何となくお母さんは私たちの事もう分かっているみたいだった。細かいことはともかく、私の事で和ちゃんが来ていたと言う事を。
ふと思った。
もしかしたら私がいつもお母さんに気を使っているのを知っているんじゃないかって。
それでもお母さんはあえて気づいていないふりをしていたんじゃないかって。
だとしたら、お母さんは私に今までどんな気持ちで接していたんだろう。
それとも親として自分たちが決めたことに対して負い目を感じているのだろうか。
そうだとしたら今まで私は知らず知らずのうちにお母さんを責めていたのかもしれない。
気を遣う事で逆に私の両親という存在を責めていたのかもしれない。
現実を受け入れる事を拒んでいたこの私のために、あえて何も言わなかったのかもしれない。
まだまだ子供だと思った。もうちゃんと自立していると思ってたんだけど……
「お母さんありがとう」
「うん」とだけいってお母さんは自分の部屋に入った。
「じゃぁ和ちゃん脱いで」
「え、」
「え、じゃないわよ洗濯しなきゃ。それとついでにシャワーも浴びて来たら」
「そんなぁ悪いわよ」
「悪くない悪くない、だってさっき抱きついたとき汗臭かったもの」
「そんなに?」
「うん、そんなに」
「それじゃ巳美も一緒に入ろ」
「どうして……」
「だってあなたも涙で、べとべとなんじゃない」
お互い顔を見合わせクスッと笑い合った。
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