第12話2.カレーパンとたこ焼き…そしてクレープ?

 窓からさっきよりはぬるくなった風が部屋中に入り込む。


 その窓から薄い膜の様な雲が広がる薄青い空を眺めていた。


 ただその空をずっと眺めていた。次第に空がにじみゆがむ。あふれ出す涙でまともに空を見ている事さえ出来ないくらい。


 どんどん涙は瞼から出てくる。


 泣きながらあの防波堤の景色が浮かび上がって来て、和也がお店の自転車でやって来て、私の横に座って……あの優しい瞳が……次々と残像の様に駆け巡る。



 あれからスマホはぴたりと大人しくなった。


 これって失恋……私失恋したんだ。


 失くしたんだ……和也も和ちゃんも。

 

 後なんにもなくなっちゃたんだ。


 物凄く大切なものが失われる時、


 自分から捨てようとしてなくてもなくなっちゃう時、


 その部分に穴が開くようだと言うけれど、穴なんかじゃない。


 心がもぎ取られる。


 今まであった気持ちが心がなくなってしまうこの感じ、どう表現したらいいんだろう。


 東京に、お父さんの所に行って、私のお父さんはもういないんだと確認した時よりも和也の存在は大きかった。

 

 私の心の中の存在は物凄く大きかったんだと今更ながら和也を失ったこの悲しみに握りつぶされそうだった。


 それ程広くもない自分の部屋が物凄く広くなんにもない様に感じる。それでも部屋にいることが物凄く息苦しく感じた。



 海に行きたい。海に行ってすべてを投げ出したい。



 いっそうの事この躰もこの気持ちもこの心もすべてをあの海に捧げてもいいと思った。



 玄関のチャイムが鳴った。


 誰だろう?


 でも私はそれに出る気はなかった。このまま部屋にいればそのうち帰るだろう。


 今は誰にも会いたくなかった。見も知らない訪問セールスかもしれない、もしかしたら何かの集金かもしれない。

 

 例えお隣のおばさんであっても今は会いたくはなかった。

 

 早く諦めて帰ってくれればいいのに。それでもチャイムは鳴り続いた。

 

 何度も何度もチャイムは鳴った。

 

 「巳美、いるんでしょ。開けてよ巳美」


 声がした、和ちゃんの声だ。


 「巳美、ともみ」何度も何度も私の名を呼んだ。


 どうしてまだお昼なのに、まだ学校にいる時間なのに。どうして和ちゃんが私の家の玄関にいるんだ。


 内側の鍵を開け、ゆっくりと玄関のドアを開けた。



 「良かった居たんだ」



 私の姿を見た和ちゃんはホッと肩をなでおろしたけど、私は まともに和ちゃんの顔が見れない。


 下を俯きながら「どうしたの」と呟いた。


 「あのさぁ、私急いできたから物凄く喉乾いちゃった。何か飲ませてくれる」


 いつものと変わらない和ちゃんの話し方、でも私は彼女の目を見る事が出来ない。


 和ちゃんを家にあげ、居間のカーテンを開けてサッシ窓を開けた。


 

 今まで淀んでいた空気がサーと入れ替わる。

 


 「はいどうぞ」


 冷蔵庫からオレンジジュースをグラスに入れテーブルに置いた。


 「ありがとう」と言ってゴクッと一気にグラス半分位を飲んだ。

 

 よっぽどのどが渇いていたんだろう。おもむろに外を見ながら

 


 「今日も暑いねぇ」と言った。

 


 「和ちゃん学校は?まだ終わる時間じゃないでしょ」

  

 彼女は私に訊かれて「ハハハ、抜けてきちゃった」

 

 「抜けて来たって、さぼったの」

 

 「んーでも今日の巳美に言われたくないなぁ。だってあなた今日無断欠席でしょ」

 

 和ちゃんに対抗できない。

 

 それでもSNSで送った事を言った。

 

 「見たんでしょ、私送ったの」

 「うん見たよ。だから来たの巳美の所に」


 どうして?どうして来たの。

 

 見たんだったら今の私の気持ちわかるんじゃないの。


 私のこの気持ち分かっててあえて来るなんて、いやがらせ。


 それとも弁解にでもしに来たの。


 どっちにせよ私は今和ちゃんに会うこと自体、ううん、話をすること自体嫌なのに。



 「巳美すっごい誤解してるから」



 誤解? 誤解って何。


 私幻でも見たって言うの、それにあなたたち二人、私の知らない時間があるんでしょ。


 何となく気になっていた。


 和也も和ちゃんも私に何か隠している事あるのずっと前から気になっていた。

 私の知らない和也の事和ちゃんは知っている。



 「あのさぁ、あんたってホント難しいわよね。


疑い深いし、嫉妬深いし、そのくせ自分の事になるとなんでも自分の中に閉じ込めようとしてしまう。


今日だってそれで学校休んだんでしょ。


それで自分だけが傷ついて悩んで悲しんで。ほんと馬鹿みたいに損な生き方しているよ。


巳美が本当に大島君の事好きなの私もうとっくに分かっているのに、だからって今私が大島君に今更何かしようなんて思ってもいないのに。


その事だって巳美が一番よく分かっている事なんじゃないの」



 言われたい様に言われている。


 でも和ちゃんは私の事一番よく理解している……本当は、昨日二人が手を繋いでいた事なんてどうでもいい事だった。


 親しげに手を繋いで歩いている姿、元々二人はずっと前から知り合っていたんだもの。


 そこに私が割り込んできた。


 そう私が何となく無理やり割り込んだ来た感じが自分でいやだったんだ。


 和也を好きになればなるほど、私は外から来た部外者の様な感じがして……和也も和ちゃんも二人とも一言もそんな事私には言っていないのに自分一人で決めつけちゃっていた。


 そしてこの気持ちどこかにぶつけたかったんだ。きっと……


 私一人だけが意固地になっていたんだ。


 それを私は自分の中で和ちゃんにぶつけようとしていたんだ。


 甘えたかったんだ……和ちゃんに。



 「巳美泣いてるの」



 彼女の言う事に何も答えることが出来なくて、私の痛くて苦しい所に何か入り込んだような、


 何だろう分かんないけど、


 和ちゃんにこんなに言われてるのに、


 なんだか物凄く落ち着いたようなそれでいて気持ちが安らぐと言ったような。勝手にそれでも涙は出てくる。



 「ひどい顔ね。今日どんだけ泣いていたの。こんなに目腫れらかしちゃって」


 「馬鹿ぁ、あんたのせいよ」わざと虚勢をはった。


 「そっかぁ、私のせいかぁ。ハハハ」


 と頭を掻きながらはにかんでいた。


 やっぱ和ちゃんは私よりずっと心が大きいと言うか広いと言うか、敵わない。和ちゃんには絶対に勝てないと思った。


 だからこそ和ちゃんの和也に対する本当の気持ちを感じた。



 だから、もうここまで来たんだったらもうどうなってもいいと思った。だから、私の中にあるわだかまりを吐き出した。



 「和ちゃん、和也の事本当は好きなんでしょ」



 「うん好きだよ」彼女はあっけらかんという。



 こんなにも当たり前に返されるとかえってこっちが引いてしまってその後の言葉が出なかった。


 「そう、好きだよ。でも大島君は巳美の事が一番に好きなんだよ。巳美、明日なんの日だかあなた憶えている」


 「明日は、この町のお祭りの日……」


 「もうこれだから……あんたの誕生日いつなの」


 和ちゃんがじれったそうに言う


 「私の誕生日は九月一日……あ、明日だ」


 やれやれあんたって人は……ってまるでお母さんの様な呆れ方だった。



 「本当は大島君から口止めされていたんだけど……昨日ね巳美の誕生日に何か送りたいって言うのよ彼。


 しかも急によ、帰るときにそれも玄関で、思わず馬鹿って言っちゃった。


 なんでこんなんなってから言うのよって。


 ずっと大島君さぁ、お店手伝った時の御駄賃溜めてたんだって、溜めながらいろいろ考えたみたいでさぁ、それでも本当にいいもの思いつかなくて、それで私に巳美何か欲しいものなかったかって。


 まぁ確かに巳美もいいなぁて言ってたの聞いていたけど、それは大島くんの気持ち次第でしょうって、だから彼の手引っ張ってあちこち回って一緒に選んであげたの」



 思わずドキッとした。まさかそんな和也が、私のために。


 それなのに、私は……思わずまた涙が溢れて来た。



 「また泣くぅう」

 「だってぇ……」



 そんなにしてまでこんな私の事を思ってくれているなんて、私は何にもいらないのに。



 だって和也は……いつも、私の事気遣ってくれていたんだもん。


 それなのにそんな優しい気持ちに私は一度もありがとうって言えてないのに



 「ほら巳美、そんなに泣いてばかりいると大島君に嫌われちゃうよ」


 「う、うん」


 涙を拭いながら小さく頷いて


 「和ちゃんごめん」と彼女に私の、意固地になって和ちゃんに溜まっていたものをぶつけようとしていた事を誤った。



 「ううん、謝んなきゃいけないのはこっち」



 その時和ちゃんも何かを吹っ切った感じで


 「巳美が私たちの事疑っていたの私気が付いていた。


 でも私、巳美には隠していた。


 大島君も多分言っていないと思う。でもやっぱり言わないといけないかもしれない。



 ちゃんと、あなたが知らない私たちの時間の事を」

 

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