Ⅱ 蒔野 巳美(まきの ともみ)

第7話 梯子

 今日は天気が物凄くいい、久しぶりだったこんなに安らいだ気持ちになれたのは……



 窓辺から差し込む陽の光はまるで梯子の様に空高くまで私を導いている様に見えた。その梯子をただ見つめているだけで、躰(からだ)が物凄く軽くなる。あんなに重く感じていた躰が陽の光に吸い込まれるように。


 このまま、空に陽の光に吸い込まれてもいいと思った時、私の手を優しく握ってくれた人がいた。



 まだ空なんかに行くんじゃないって言っているかのように。



 私を引き留めたのは彼、「杉村先生」だった。


 いつから私はここにいるんだろう。


 どうして私はここにいるんだろう。

 

 そしてこの暖かく手に伝わるこの温もりは……なんだろう。


 今まで分からなかった事、今まで感じなかった事が少しずつ私の中で広がっていく。



 私はここに来た時の記憶がない。



 何かに恐れ悲しみ脅え、胸の中に湧き出す恐怖感に支配されていた。

 

 その苦しみから逃れたい、その気持ちが強くなるにつれ、私は自分の心を封じた。


 それからの記憶はほとんど薄らいでしまった。


 叔父と叔母が近くの病院に連れて行った時、私は気を失いそこから救急車でこの病院に搬送された。


 その時、暗闇の空に架かる梯子を一段一段づつ昇っていた。


 あと少しでその暗闇にたどり着こうとした時、その梯子は突如消えうせ私は地面に強くたたきつけられた。

 

 それから幾度となく梯子は現れ、手をかけては消えて地面にたたきつけられる。何度もそれが繰り返されていた。

  

 ようやく目が覚めた時、ここがどこで私が誰なのか……私はすべてを失っていた。


 冬のうららかな日差しに包まれながら、そっと私の手を握る彼の温もりで、私は思い出した。



 あの時の花火の時のあの暖かい手のぬくもりを。そっと優しく私の手を包み込むその手の感触を……


 彼は言う


 「良かった、僕の事思い出してくれたんだね。今はそれだけでいい、焦る事ないんだよ」


 こくりと頷いて返した。


 ゆっくりと、ゆっくりと何かが溶け出していくような感覚。冷たく触るとものすごく痛い何かがゆっくりと溶け出していく。 


 この頃から私は夢を見るようになった。



 そう、私が暮らしていたあの普通の生活の夢を……

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