第6話3.希望の彼方

「杉村君、唐突だけど私あなたの事が好きです。バスケやめた事訊きました。そして医学部を目指す事も。


 私去年、元カレ……そうあなたもよく知ってる彼奴……と別れた時、あなた言ったわよね。

 

〈先輩いつまで落ち込んでいるんですか?元気出してください。〉


 あなた、汗だくになって息弾ませながら言ったでしょ。


 あの時私誰にも別れた事言っていなかったけど、どうしてあなたは知ってたの?



 私その時物凄く落ち込んでいたようにしていた?



 誰も知らなかったはずなのに、あなただけ何かを感じたんですか?


 でも、あなたのあの一言意外と効いたなぁ。


 あれからあなたの言葉ずっと胸の中に残ってた。


 わたし、来月大学受験です。私は看護師になる為の道を歩みます。


 そして3月に学校を卒業します。


 だから、中途半端な気持ちでいたくない。



 受験も卒業も……



 だめならだめでいいんです。でも、何も伝えないまま終わりたくなかった。



 

 「やばいなぁ将哉、あなたもう少しで犯罪者になる所だったんじゃない」


 あきれるように歩実香が言う。


 「うん、自分でもこりゃまずいなぁって思ったよ」


 その日歩実香によく似た子を見かけたことを話した。


 「それで思い出したよ。あの頃の事……」


 「あの頃の事って?」


 「歩実香が告った時の事」


 「ちょっと、何よ今さらのように、思い出すなんて恥ずかしいじゃない」


 ちょっと怒った感じが何とも懐かしい。



 「いいんじゃん?もう時効なんだからさ」



 「時効!そんなのある訳ないでしょ」


 実はあの後僕は歩実香に返事を出さなかった。


 それもわざと……


 僕は先輩いや歩実香が別れた事を知っていた。


 ある日僕はバスケ部のキャプテンから呼び出された。


 そしていきなり

 「なぁ将哉、お前歩実香の事好きだろ?」


 「え、な、何のことですか。いきなり」


 「しらばっくれんな、お前いつも歩実香の事見ているじゃないか。俺と付き合っている事知ってて、いつもあいつの事その目で追っかけてたんじゃないのか」


 胸ぐらをつかまれ顔をまじかにして怒鳴るように先輩は僕を罵った。


 次の瞬間僕は先輩から殴られと思った。


 だが、先輩は……


 「俺ら、別れたんだ……」弱弱しい声で嘆くように言った。


 「え、どうして」



 「ごめん、将哉……お前のせいじゃないんだ。そんなの解ってた。ただ、俺、お前にあたりたかっただけなんだ。


全部自分が悪いって言うのも知ってる。俺お前に嫉妬してたんだ。一年の頃からバスケもうまかった。みんなにも人気あったし、歩実香が気になるのも当たり前だよな……」



 「…………先輩」


 それっきり先輩は何も言わず僕の前から姿を消した。


 だから僕は歩実香が落ち込んでいたのを知っていてあの言葉を投げかけたんだ。でも僕自身歩実香に対してそんなに強い気持があったわけではなかった。



 それは卒業式の前日の事。



 「おい将哉また彼女玄関の前でお前の事まってんぜ」


 「えっ」


 歩実香は塾の玄関前で僕が出てくるの待つつもりだったらしい。彼女に対して返事をしていない僕に最後、僕の本当の気持ちを確かめるために。



 塾の玄関前に行くと、案の定歩実香はあの時と同じ白い手袋に赤いマフラーをして僕が来るのを待っていた。


 「ごめん杉村君」


 一言彼女はぼっそりと言った。心なしかその表情は暗く迷いを吹っ切れないでいるようにも感じられた。


 「………先輩」


 「まだ塾の時間なのに……ごめんねまた押しかけて来て」


 「先輩、とにかくここ出ましょうか」


 「うん………」小さな声で……小さく頷いた。


 早春の空気はまだ肌を刺す様に冷たい。


 僕らはしばらくあてもなくただ歩き回った。



 一言も話すことも無く………



 赤く染った空は次第にその色を失くしていき街灯に火が灯り、町の明るさが僕らを照らし始めた。



 彼女はゆっくりと僕の後ろを歩いている。少しずつその距離は離れていく。ふと振り向くと歩実香は歩くのを止めその場にうずくまっていた。



 すぐに彼女の所に駆け寄った。


 「先輩、大丈夫ですか」


 その声に反応するかのように顔を上げ「大丈夫」と一言いって立とうとした瞬間。


 歩実香は僕に倒れ込んだ……


 抱き抱えたその体は物凄く熱かった………


 そして僕の腕の中でつぶやく様にまた「ごめんね」と言いながら意識を失くしてしまった。


 搬送された病院に歩実香の両親が来たのは彼女がまだ処置を受けている最中だった。


 僕は壁にもたれただ茫然と立っていた。


 処置室に入る彼女の両親、それからしばらくして


 「杉村君よね」


 歩実香のお母さんが僕に声をかけた。


 「ごめんね、大変だったでしょ。あの子ったら朝から調子悪いのに無理して出かけちゃったから……もう、入っても大丈夫よ。あの子あなたに話があるみたいだから」


 僕はゆっくりと処置室のドアを開けた。幾つか並ぶベットの一つに点滴をしながら横たわる歩実香の姿があった。


 そっと彼女の前に立つ。


 それを感じたのかゆっくりと瞼を開けた。


 「杉村君」


 かそぼい声で僕の名を呼んだ。


 「ほんとごめんね。私あなたに迷惑ばかりかけてるみたい」


 「そ、そんな事……」


  スーと彼女の瞼の端から涙が鳴れていた。


 「こっちこそごめん……」


 下を俯き声にならない声で返した。物凄く心がいたい。物凄く胸の中で虚しさが沸きだしてくる。


 歩実香は点滴を遠く見つめながら独り言のように



 「杉村君が私に何も言ってこないって言うの、それが答えだって言うの私……分かってた。


でも、どうしてもあなたから、あなたの口から言ってもらいたかったの


「付き合えないって」


そう言ってもらえたらこの苦しみから解放されると思ってた。私それで踏ん切りが付けると思ってた。出来れば試験の前に………」



 「す、済みません。先輩……」


 僕にとっては何もしないことが一番の得策と思っていたが、彼女をここまで追いやっていたなんて……「僕は馬鹿だ」その時小さく呟いてしまった。


 それが聞こえたかどうかは分からないが



 「あーあー、私ってほんと駄目ね。杉村君こんなダメ先輩でごめんね。私だけ一人が舞あがちゃって、押し付けちゃって……ほんとごめんなさい。


もう私の事なんか忘れちゃって……お願い。肺炎なりかけてたから、3日くらい入院だって。


明日の卒業式にも欠席確定だしほんと駄目駄目だわ。これで入試落ちてたらもう笑うしかないわね」



 彼女はあえて明るくそして元気に振るまうように、涙交じりの笑顔で吐き出す様に言う。


 それが余計に僕の中に突き刺してくる。


 卑怯だと思う。僕がした事にはそれが一番当てはまる。虚しさと共に自分に対する怒りがこみ上げてくる。


 僕は居た堪れなくなりそのまま、処置室を……歩実香の前から逃げるように立ち去った。


 その夜は一睡もできなかった。


 明け方近くになって、一通のメールが届いた。


 彼女、歩実香からだった。


 「だいぶ落ち着いたよ。心配しないで」


 ただそれだけの短い文面、しかもこんな時間に彼女もまた寝ることが出来ないでいるのだろうか。返信に


 「ありがとう気を使ってもらって」とだけ返した。


 そして僕は寝不足の赤い目をしたまま、朝一番に彼女が入院している病院へと向かった。


 「懐かしいなぁ。そうよ将哉いつまで待っても返事よこさないから、あの日が最後だと思ってあなたに会いに行ったのにあんなことになっちゃって……」


 スマホごしにちょっと無口になった。


 歩実香は意外と頑固者だ。


 今思えばメールでもよかったはずなのに……それでもちゃんと僕の口から僕の声で聴きたかったらしい。



 だめならだめと



 その頑固さが高じてよく先輩看護師と仕事上で衝突することもたびたびあった。



 でも僕はその頑固な性格の歩実香が本当は好きだった。



 バスケ部のマネージャーであって、マドンナ的存在。そして顔の容姿は高校時代知る限り、男子生徒の注目を一心に浴びていたのは言うまでもない。



 そんな高嶺の華の美女。そして一年先輩という関係。いくら元同じ部活のマネージャーであってもおいそれと手を出すと手堅い火傷を負うのは目にみえて解っていた。


 付き合っていたバスケ部のキャプテンと別れたと訊いて「チャンス」とばかり歩実香にアタックするほどの技量もない。

度胸もない。そんなもやもやとした中途半端な気落ちでいるのがものすごく嫌だった事は確かだ。



 今日は卒業式、学校は休んだ。



 別段僕がいた所で卒業式に何か影響がある訳もない。


 それよりもちゃんと彼女の所に行って謝りたかった。


 そしてはっきりと今の僕の気持を先輩に伝えようと、いやちゃんと伝えなければいけないと思った。



 歩実香先輩……歩実香へ

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