time to epiloge

  5


 「で、結局スカリーが首を突っ込んだ話はなんだったんですか? 今回のわたくし、ちょっとばかり空回りが過ぎましたよ。これほどに空回ってしまったからにはきちんと納得したいというモノです。出来ない場合は八つ当たりしますよ。主にスカリーに」

 バスコルディア教会、礼拝堂という名のただの溜まり場。

 いつものようにスカリーは片手に酒を、そして、マイディも同じくしており、ハンリの姿はなかった。すでに就寝している。

 灯されている蝋燭ろうそくの淡い光だけが二人を照らす。

 「おめえがきちっと話を聞いてこなかったからだろうが。俺は悪くねえな」

 「だから八つ当たりと言ったでしょう? スカリーは仕事をしただけ、わたくしはその邪魔をしただけ。ならばスカリーが正当性を主張することは何も間違ってませんとも。ええ、その通り。しかし、それでもわたくしはスカリーをいたぶると言っているのです」

 言い終えるとマイディは一気に酒瓶を空ける。

 度数の高い蒸留酒なのだが、まるで水のように呑み込み、三分二ほどを消費する。

 だん、と叩きつけるように祭壇に酒瓶を置くと、そのまま据わった目でスカリーをめつける。

 「…………」

 「黙ってないで何とか言ったらどうですか。ん? それとも、わたくしにも言えないような汚い感じの取引でもしたんですか?」

 「……なことたぁねえよ。ちょいとばかりおめえには耳の痛い話だと思うんだけどな」

 「いいからとっとと吐きなさい。それとも山刀こっちに話してみますか?」

 いつの間にか抜いていた山刀をスカリーの喉元に突きつける。

 あと一センチ動かせばそのまま頸動脈を切り裂くことが可能だ。

 帽子を潰すように抑えて、スカリーは口を開く。

 「ドンキーの野郎に来た話はこうだ。賞金稼ぎの中に人狩りをやらかしてるアホがいる。そいつの獲物は今のところ賞金稼ぎなんてやってる馬鹿だけだが、そのうちにカタギにも手を出す可能性は高い、ってな」

 「それで?」

 にっこりとしてマイディは続きを促す。

 「……本来なら話を聞いたドンキーが動くのが筋ってもんだが、アイツは有名すぎる上に最近は賞金稼ぎとして活動してねえからな。目立ってしょうがねえし、無駄に敵が多すぎる。襲ってきても、人狩りか、それとも単にドンキー自体に恨みがあったのかを判別しようがねえ」

 「なるほど。そこは分かりました」

 「で、ちょうど賞金稼ぎとしてそこそこには活動してて、そこそこには腕が立って、そこそこには恨みを買ってない俺に話が来たってワケだよ。ったく、とんだ災難だぜ」

 一応は納得してくれたのか、マイディは山刀をしまう。

 とりあえずの命の危機が去ってくれたことを信じて、スカリーは持っている酒を一口含む。

 「なら、なんでそれをとっとと教えてくれなかったんですか? 最初に説明してくれたら、わたくしもちょっとは協力できました」

 子どものようにマイディは頬をふくらます。

 顔立ちがどうしても美人寄りのマイディがやると、どうしても可愛らしいというよりも不気味だという印象のほうが強い。

 「カエルみてえに膨れてねえで、機嫌を直せよ。どうせ犯人はオダブツで、事件はこれで収束するんだからよ」

 「あーあ、わたくしもちょっとは暴れたかったんですけどねえ……最近歯応えのない相手ばっかりで退屈しているのです」

 ぴしりとマイディは祭壇に置かれた酒瓶を軽く指ではじく。

 ゆっくりと傾いだ酒瓶はぎりぎりのところでバランスを保つ。そのうちに、力の反動によって今度は逆側に揺れ始めた。

 「暴れはしたんだろうが。山刀あいぼうに一匹吸わせたんだろ?」

 「あんなの雑魚でしたよ、雑魚雑魚。一撃で首を刎ねちゃったんですから」

 「そりゃあ、物足りねえだろうな。……どれ、今からドンキーをたたき起こしてマイディが稽古を懇願こんがんしてるから本気でやってくれって伝えてこねえとな」

 何も言わずに立ち上がろうとするスカリーの腕をマイディも無言で掴む。

 「離しな、マイディ。おめえが言い出したんだから責任は取れよ。大丈夫、殺さねえ程度にしておいてくれっては言っておく」

 「……スカリーは知らないからそんな気軽に言えるのですよ! 何度わたくしが司祭様の稽古という名のしごきで死にかけたと思っているのですかぁっ!」

 「おめえの声で起きちまうぞ」

 「はっ! し、司祭様、こ、これはですね、あの、その、なんというか、……あれです! 発声練習! わたくし、敬虔けいけんな神の信徒ですから常に発声練習を欠かさないのです!」

 「ドンキーなら朝に帰ってくるって言ってただろうが」

 「……」

 「物事に執着しないのも大事だろうが、おめえはちょっとばかり物覚えが悪すぎるな。ちゃんと栄養取ってんのか? 胸にばっかりやってないでちゃんと頭にもやれよ」

 「……キレそうです」

 「おう、おめえのぶっとい神経がか? は、そりゃあ傑作だな。針と糸を持ってこねえとな。ちくちく頭蓋骨ごとヘム・ステッチだ」

 「スカリー?」

 いい加減にマイディの堪忍袋の緒は限界だった。あと一押しで確実に弾けて、背中に隠し持っているもう一振りの山刀を引き抜き、目の前のスカリーに振り下ろす。

 しかしながら、それなりに付き合いの長いスカリーはその分岐点を見極めている。

 「ま、冗談はこのぐらいのしておいて、だ」

 話を切り替えるために、スカリーは再び座る。

 憮然ぶぜんとした表情ながらも、一応マイディも矛を収める。

 「今回のはちょっとばかり急ぎの事件だったから、ちょいとばかり懐が温かい」

 「……それが何の関係があるのですか? スカリーの懐が温かくなっても、わたくしはちぃーっともうれしくありません。それでわたくしやハンリちゃんを甘やかしてくれるって言うのなら別ですけど」

 「そうしてやるよ」

 「大体スカリーはいっつもそうです。わたくしやら司祭様やらをこき使って……え? なんて言いました?」

 「あぶく銭が入ったからおごってやるって言ったんだよ。ハンリも一緒にな」

 数秒、マイディは口を開けたまま固まっていた。

 「……どういう風の吹き回しですか?」

 「そんなことを言うんならおめえは仲間はずれだな」

 「あぁん、スカリー大好きです!」

 「……おめえはホント、脊髄せきずいでモノ言うんじゃねえよ」

 抱きつこうとしてくるマイディを押しのけつつ、スカリーはどこに連れて行ってやろうかと考えていた。

 今回の功労者を。

 


 

 「おいドンキー、テメエ犯人は一人っていったじゃねえか。どこが一人だ、二人いたじゃねえか。数は知ってるか? いっとくが、おめえの独自解釈満載の数じゃねえぞ。ちゃんと数学に使えるヤツだ。いや、もうっちょっと限定するか……自然数だぞ」

 「もちろん知ってるさ。だがね、私も万能じゃないし、たまには間違える。自治協会の紹介案件だったから確かな情報のはずだったんだけどね」

 「ったく、マイディがいなかったら俺の頭が吹き飛んでたぜ」

 「ほう、シスター・マイデッセが……それはすごいね。少しは暴れる以外の事も覚えてきたみたいだ」

 「やったことはいつもの通りだけどな」

 「だろうねえ」

 

 

 

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