time to hunting

 4


 スカリーとマイディ、二人で交代しながらの見張りを続けている内に夜が明けようとしていた。

 「起きろマイディ。あとハンリ、コカトリスを直接見たいんだろ? 俺たちがぶっ殺しちまうまえに見とけ」

 マイディを蹴り起こし、ハンリを揺らして起こす。

「……毎度毎度の事なんですが、もうちょっとわたくしの扱い方を考えてみたらどうですか? このままだと温厚なわたくしも怒りますよ」

 「……んぅ……朝?」

 マイディは瞬時に覚醒し、ハンリは寝ぼけ眼をこする。

 一方、スカリーはすでにライフルに弾薬を装填して、いつでも狩りを開始出来る状態にしていた。

 地平線の向こう側からゆっくりと太陽が上がり始める。

 それを背負うようにしてスカリーは岩山の上に登る。

 なんなく後を追うマイディと、苦労しながら登るハンリだった。

 「おぉ、アレがコカトリスですか。沢山いますねえ」

 岩山の向こうに広がる平野で、およそ五〇匹はいるコカトリスはまるで死んでいるかのように眠っていた。

 「そりゃな。奴らの習性だからな。いなかったら何か異常が起こってると思った方が良い」

 「あれって……尻尾? 蛇?」

 初めて生のコカトリスを見たハンリに浮かんだのは疑問だった。

 「尻尾兼武器だな。一応毒も持ってるから接近戦はよっぽどのアホか自信過剰じゃないとやらねえ。そういう怪物だからな」

 「どっちが本体なんだろ?」

 「そういうのは学者に訊いてくれ。……どれ、始めるか。ハンリ、マイディ、耳を塞いどけ」

 素直に二人が耳を塞ぐとスカリーは伏せ撃ちの姿勢に移行する。

 周りをマイディが観察してみると、周辺には同じようにライフルを構えた他の賞金稼ぎとおぼしき影がいくらか見えた。

 太陽が昇りきる。

 銃声タッァーン

 スカリーのライフルから発射された弾丸が一匹のコカトリスに命中すると、他の賞金稼ぎのライフルも一斉に射撃を開始する。

 銃声、銃声、銃声、銃声、銃声。

 一回の音で、大抵は一匹が倒れる。

 突然の襲撃にパニックを起こすコカトリスの群れだが、賞金稼ぎ達にはそんな事情は関係なかった。

 淡々と殺していくだけだ。

 残りが十数匹になった時点で、やっとコカトリス達は襲撃者が岩山に陣取っていることに気がついたようだった。

 翼を広げ、威嚇いかくの姿勢を取る。

 銃声。

 棒立ちになった獲物ほど狩りやすいものはない。見事にスカリーのライフルから発射された弾丸は頭を吹き飛ばしていた。

 ボルトを引いて排莢。同時に次弾を装填。

 スカリーが今回使っているのはボルトアクションライフルである。

 レバーアクションと違い、これは下方向にレバー操作用のスペースが必要ないので伏せ撃ちに便利であり、その利点から近年の待ち伏せ戦法で使われることが多くなっている。

 残り一〇匹。

 なりふり構わなくなったコカトリス達は一目散に逃亡を開始した。

 銃声。

 それを後ろからライフルの弾が襲う。

 始めから全力で逃げに徹していたのならば彼らにも生き残る道はあったのかもしれないが、もはやそれは閉ざされてしまっている。

 銃声、銃声、銃声、銃声、銃声、銃声銃声銃声銃声銃声銃声。

 あっという間に最後のコカトリスも息絶える。

 動くものはいない。

 ただ、無残な姿になってしまった獲物達が転がっているだけだ。

 「……ちょっと、気持ち、悪い……」

 凄惨な死の光景を目にしてしまって、慣れないハンリは吐きそうになる。

 「下に降りて休んでな。俺はこれからくちばしを剥ぎ取りに行ってくる。マイディ、一応ハンリについといてくれ」

 「わかりました。しかし、わたくしの出番はありませんでしたね」

 「……どうだろうな」

 意味深な言葉を残してスカリーは岩山から降りて、死体がゴロゴロと転がる地獄絵図のような場所へと向かった。

 

 

 

 最後の獲物が息絶えたのを確認した賞金稼ぎ達は我先にと死体に群がる。

 ぎらぎらとした目でくちばしを切り取り革袋に放り込む。

 慣れた動作でやっている者もいれば、コカトリスの固い肉に苦戦している者もいる。

 スカリーは適当に一匹からくちばしを剥ぎ取った。

 そして、他の賞金稼ぎ達の様子を観察する。

 特に異常は感じない。こういった多人数で行う『狩り』では良くある光景が広がっているだけだった。

 (……外れ、か?)

 心中で呟く。

 「よおポールモート! 今回は楽勝だったな。……どうしたんだよ、シケたつらして」

 昨日声を掛けてきた男である。成果は多かったらしく、パンパンに膨れ上がった革袋を背負っていた。

 「……いや、ちょいと変な噂を聞いたもんでな」

 「変な噂? 夜な夜なバスコルディアをうろついてるっていう赤い目の化け物の話か?」

 「……いや、そっちも気になるっちゃあ気になるが、違う」

 なんとなく心当たりはあったが。

 「なんだよなんだよ。もったいぶってるんじゃねえよ。同じ賞金稼ぎのよしみだろ?」

 じろりとスカリーは声を掛けてきた男を観察する。事情を話すにあたいするか否かを。

 「……変異種のコカトリスがいるって話を聞いたんだよ。いたんなら高値で売れただろうが、今回は普通のしかいなかったな」

 「ははははは! そんなにウマい話があるかよ! コカトリスの変異種? 聞いたことねえぞ! いたんなら俺達がぶっ殺して剥製にしちまってるよ。もしかしたらどっかの珍品コレクター辺りが誰かを雇って狩っちまったのかもな」

 豪快に笑う男を見ながらスカリーは疑問を抱く。

 「お前、仲間はどうした?」

 昨日、この男は幾人かの仲間を引き連れていたはずである。

 しかし、いまこの場にはそいつらは見えなかった。

 「ん? ああ、アイツらなら…………今頃土の下だよ」

 「!」

 同時に放たれた銃弾をかわすことができたのは、ひとえにスカリーが警戒を続けていたからだった。

 ごろごろと地面を転がりながら体勢を立て直す。

 「避けるのかぁ、ポールモート。流石だ」

 不意打ちに近い銃撃を可能にしたのは、得物が銃に見えないモノだったからだ。

 帽子。

 強烈な日差しを避けるために、そして、ある程度の防御のために被る帽子から弾丸は放たれていた。

 「妙ちきりんなモン使いやがって。テメエが人狩りマン・ハントをやってたアホか!」

 「そうだよ、ポールモート。ついでにいうと、お前以外はもうすでに仕留めたようなものだ」

 視界の端で賞金稼ぎ達がもがき苦しみ始めるのが見えた。

 「毒入りの食事なんて間抜けな手段で死ぬのはさぞ無念だろうが……まあ、人からのもらい物には注意しな、ってママに教わらなかったんだろうな。同情するぜ」

 快活な笑みではなく、いびつに崩れた笑みを浮かべて男は笑う。

 背負っていた革袋を降ろすと、中から宝杖ワンドを取り出す。

 「本当は銃が嫌いでね。魔法こっちが本業なんだよ。普段はお前らと同じだと思わせるためにあんな野蛮な道具を使ってたが、もう気にする必要もないしな……『よこしまなる者に戒めを』」

 スカリーに向けられた宝杖から黒い蛇のようなモノが伸びる。

 大気中に満ちるマナを用いる系統の魔法であることを一瞬で理解すると、スカリーは腰の長剣を抜き放ち、それを迎え撃つ。

 「魔法が斬れると思ってるのか! このヌケサクがっ!」

 「スラッシュ!」

 叫びと共に振るわれた長剣は魔法を見事に両断した。

 魔法という技術はかなり繊細である。一カ所にほころびが生じてしまえばそれだけで発動は不可能になり、制御も不能になる。

 ゆえに、魔法を使う者は慎重に慎重を重ねて、何度も何度も練習する。

 そうやって血のにじむような研鑽の果てに、実践で投入可能な魔法か完成するのだ。

 しかし、スカリーが振るった長剣は、そんな長年の努力の結晶を一瞬で無意味にした。

 一瞬で踏みにじった。

 それは、使い手からしてみたらとんでもない話ではあるのだが、生憎と同情してくれるような存在は、今この場においてはいなかった。

 「な、なにぃ⁉」

 「ヘボが。くたばれ」

 動揺は致命的な隙につながる。

 拳銃を抜いて、照準を合わせ、トリガーを引くという一連の動作を終了するには十分すぎるほどの時間が与えられているのならば、実行を躊躇ためらうスカリーではなかった。

 銃声バン

 身をよじった男は即死を避ける。

 しかしながら、こめかみをかすめた四四口径の弾丸はいくらかの肉をえぐり取っていった。

 「くっ……うぐぅ!」

 痛みと衝撃によって意識がもうろうとする。

 傷自体はそれほど深いというわけではない。だが、場所が問題だった。

 脳という人体の中でも最重要の器官のすぐ側の損傷は精神的なダメージも大きい。そのうえに、伴う痛みも他の箇所とは一線を画す。

 二発目を避けるだけの動きは無理そうだった。

 「あっけねえな。まあ、そういうもんだ」

 今度はゆっくりと撃鉄を起こして、スカリーはしっかりと狙いを定める。

 「……ふ、あ、は、はは、ははは。ポールモート、どうやら俺はここまでみたいだな。だが、共犯がいるとは思わなかったのか?」

 だらだらとこめかみから流れ出る血液を拭おうともせずに男は言う。

 「いたらどうだっていうんだよ。どうせテメエと同じでヘボだろ。おんなじように鉛ぶち込んであの世行きにしてやるよ」

 「そうかい、そうかいそうかい。は、はは、ははは。お前の連れのガキと女が心配じゃねえのか? いっとくが、俺と違ってアイツは残酷だ。今頃二人ともバラバラにされてるかもなァ」

 傷の事を忘れてしまったかのように男は歪な笑みを再び浮かべる。

 スカリーに呪いを残そうというように。自分の死と交換に、致命的な後悔を与えようと。

 「お前は腕が立つからおれの共犯も殺しちまうだろうが、あの二人はその前に殺されるっ! お前が首を突っ込んだからな! 後悔し……ろ……?」

 どさりと二人の間に何かが投げ込まれたことによって、最後が曖昧あいまいになる。

 それは大体球体だった。しかしながら、球体と表現するには少しばかり複雑な形状をしていた。

 毛髪があった。目玉があった。口があった。鼻があった。耳があった。歯があった。顎があった。まぶたがあった。肉があった。肌があった。ほくろがあった。古傷があった。

 そして、首から下はなかった。

 「……カーゼブ?」

 ぽつりと、おそらくはその首の名前であろうモノを男は呟く。

 ちらりとスカリーは首が飛んできた方を見ると、ぶんぶんと元気よく手を振るマイディの姿が見えた。

 かろうじてその手に血に染まった山刀を持っているのが確認できる。

 「逆にバラバラにされちまったな、テメエの相棒は」

 「うぁぁぁぁあああああああ‼」

 「気の利かねえ遺言だ」

 銃声。

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