time to preparation

 3


 ごぉん、ごぉん、ごぉん。

 壁掛けの他にもう一つ設置されている柱時計が時刻を知らせる。

 店内にいるグループがその音に反応して店主に視線を送った。

 「何が始まるんですか?」

 取りあえず事情を知ってそうなスカリーに尋ねるマイディだった。

 「更新が十五時なんだよ。新しい賞金付きの獲物情報はこの時間に貼り出される。で、おいしそうな話はすぐに埋まっちまうからな、更新されるのを待ってる奴らがぞろぞろいるってワケだ」

 ベーコンで巻いた葉っぱを咀嚼しながらスカリーは答える。

 「ふーん、なるほど。じゃあここにいる方々は賞金稼ぎ、ということですね」

 「そういうこったよ。プロもアマチュアも一緒くたになっちゃあいるがな」

 軽くマイディは店内を見渡す。

 人間が多かったが、時折蜥蜴族リザーディやら犬頭族コボルドの姿もある。大抵は四人以上のグループでかたまっており、ほとんど全員が武装をしている。

 「……つまり全員が暇人なのですね」

 「……まあな」

 特に反論はしない。事実である上に、賞金稼ぎという職業はお世辞にもまともとは言い難いからだ。

 すっ、とカウンターの中から一人の人間が出てきた。

 手にはいくつかの紙を持っており、その人物に一斉にスカリー達以外の視線が突き刺さる。

 静寂の中で、次々に紙が壁に留められていく。

 全て貼り終わり、再びその人物がカウンターの中に引っ込むと、一斉に新しい貼り紙に賞金稼ぎ達が群がる。

 暴動こそ起こらないが、かなりぴりぴりした様子なのでハンリは近づきたいとは思わなかった。

 「更新したみたいですよ。行かないんですか?」

 「俺はもう目星がついてるんだよ。今回のは討伐数で報酬が決まるヤツだし、参加に制限はつかねえからがっつく必要はねえ」

 慌てる様子は微塵も見せずにスカリーは最後のベーコン巻きを口に運ぶ。

 すでにいくつかのグループはめぼしい獲物を見つけたようで、カウンターの店主に群がり次々と参加を申し込んでいた。

 「で、スカリー。今回の獲物っていうのは?」

 「繁殖期に入ったコカトリス」

 「へー、わたくしコカトリスって初めてですね。美味しいんですか?」

 「最初の質問が味についてっていう事に俺は動揺を隠せねえな。まあ、胴体はデカい鶏みたいなもんだしそこそころだろ」

 直接見たことはないが、ハンリは図鑑でコカトリスを見たことがあった。

 鶏の胴体に蛇の尻尾を持ち、そしてそのくちばしには石化の魔力が宿っている。繁殖期になると集団で営巣のために移動し、コロニーを形成してしばらくはそこで過ごす。更には、くちばしは薬品の原材料やら魔法の媒体やらに使われるということだった。

 「――――って、スカリー。石化なんてしたら死んじゃうんじゃない?」

 大抵は即死である。部分的な石化でも大抵は壊死をまぬがれない。

 高度な治癒魔法を用いることによって蘇生は可能だが、それを実行できるだけの腕を持っている人物は少なくともバスコルディアにはいない。

 「そりゃあ、な。その保険でこんなクソまずい葉っぱ食ってたんじゃねえか。豚でも食わねえぞ、こんなもん」

 嫌そうにスカリーは目の前の皿を弾く。

 「なんだったの? これ」

 「『石化避けの薬草ヘンルーダ』、だ。……よく分からねえモンを食ってたのかよ、ハンリ」

 「うん」

 「……お嬢様は好奇心旺盛でいらっしゃるぜ」

 帽子を潰すように抑えてスカリーはなんとも言えない表情になった。

 

 


 「で、本気でついてくるつもりなんだな? いっとくが俺は自分の事で精一杯だ。おめえらの面倒までは見ねえからな。……絶対に」

 「分かってますよ。ハンリちゃんはわたくしが守りますし、わたくしもデカくて特殊能力があるぐらいの鶏なんぞに遅れは取りません。捌いてソテーにしてさしあげます」

  無駄に豊満な胸を叩いてマイディは力強く宣言する。

 「ハンリ……おめえも、か?」

 「……えっと、コカトリス、って見たことないなぁ、って……だめ?」


 「……いざとなったらマイディと一緒に逃げろ」 

 いつものように帽子を潰すように抑えてスカリーは馬にまたがる。

 すでに参加の申し込みは済ませてきたので、あとは現地に向かうだけである。ゆえに、スカリーはねぐらにしている安宿で馬を借りに来ていた。それはマイディとハンリも同じだったが。

 「さて、それではハンリちゃんはわたくしと一緒ですよ」

 「え? えぇ⁉」

 露骨に嫌そうな反応をされて多少はマイディも凹む。

 「いや、まあ、予想はしてましたけどね。……ハンリちゃん単独で乗っているといざという時に対応が遅れてしまいますから仕方ないかと。スカリーのほうは荷物がありますし」

 「……わかった」

 渋々と言った様子でマイディの前にハンリも座る。

 馬は二頭。そして荷物は最小限に。

 獲物は、コカトリス。

 「んじゃ行くか」

 ぴしりと手綱で馬に合図を送ると、三人はコカトリスの営巣地に向かって出発した。




 バスコルディアから出て北に二時間ほど。

 そろそろ夕暮れも迫ってきた時間帯に目的地には到着した。

 辺りは岩山に囲まれており、見通しは悪い。 

 「で、狩りは夜に行うんですか? わたくし、夜って怖いのでちょっと避けたいんですけど」

 馬から荷物を下ろして野営の準備を整えながらマイディが言う。

 「どの口が言いやがる。夜戦なら大抵の相手に対して有利だろうがよ。夜中におめえを襲おうってヤツがいたら自殺志願者かよっぽどのアホだぜ。襲われるほうは別だろうがよ」

 スカリーは食事の用意をしながら辛辣しんらつに返す。慣れているので話ながらも手を止めることはない。

 手伝いながらも、食料に触れることを許されなかったハンリは慣れない手つきで火をおこしていた。

 やがて準備が整い、三人はたき火を囲んでこれからの行動方針の打ち合わせを始める。

 「コカトリスの営巣地はこの岩山を越えた場所だ。で、奴らは活動を開始するのは朝っつうか昼頃だな。だから早朝に奇襲を仕掛けてそのまま刈り尽くす。あとは討伐証明兼換金物のくちばしを剥ぎ取って終了だ。簡単だろ?」

 言うだけならば簡単である。

 問題なのは、獲物が石化能力を持っているという点である。

 「わたくし疑問に思ってしまうのですが、なぜ夜襲をかけないのですか? 夜行性じゃないならとっとと動きが鈍っている間にサクっとやっちゃうのがいいとおもうんですけど」

 その辺で捕まえた小型のトカゲを串焼きにしながらマイディが尋ねる。ハンリは大分引いていた。

 「近距離では石化能力持ちだぜ? わざわざ危険をおかす馬鹿はいねえ。今回はコイツを使う」

 言いながらスカリーは馬にくくりつけていた細長い布包みを解く。

 中から出てきたのはライフルだった。

 「珍しいですね、そんな長物は。趣旨を変えたんですか?」

 「そういうわけじゃねえよ。拳銃だとどうしても射程に難があるからな。となると、命中精度やらなんやらを考慮しての采配さいはいってワケだよ」

 ライフルならば拳銃の有効射程の十倍以上の距離でも命中できる。

 更には弾薬の関係上、威力も大きくなる。ゆえに大型の獣を仕留めるためには、どうしても膨れ上がる要求威力を満たすにはライフルを用いるのが一番手っ取り早かった。

 「ふ~ん。まあ、わたくしなら群れに飛び込んで首を刎ねまくってやりますけどね」

 「今回は他に参加してる奴らもいるからな。そういう奴らの流れ弾に当たりたかったらそうしな。いくらおめえでもひっきりなしに飛んでくる弾丸を全部避けるっていうのは無理だろうが」

 「野蛮ですねぇ、賞金稼ぎって」

 「人のことをいえた口かよ。おめえだって賞金稼ぎだろうがよ」

 「昔の話ですよ。今のわたくしはバスコルディア教会の慈悲深く美しきシスター、マイデッセ・アフレリレンなのです」

 「へいへい……っと、そろそろ他のやつらもおいでなすったな」

 何人かの足音がした。そして、それに続くように武装した男達が姿を見せる。

 「こんばんは皆様。ご機嫌いかがでしょうか?」

 動揺も見せずにマイディは挨拶し、スカリーは軽く手を上げ、ハンリは緊張して硬直してしまっていた。

 「なんだよ、ポールモートもいるのかよ。今回こそ抜け駆けは無しだぜ? それにしても準備が早かったな」

 男の一人、日に焼けた顔をした人間がスカリーにそう声を掛ける。

 「たまたまさ。ちょっとばかり手入れしたばっかりだったからな。ちょうどよかった」

 「へっ。まあお互いに大いに稼ぐとしようぜ」

 「おう、そっちも俺の邪魔はするなよ」

 「こっちの台詞だ」

 白い歯を見せて豪快に笑いながら男達は去って行った。

 おそらくは別の場所で野営するつもりなのだろう。

 「知り合いなの?」

 だいぶ暑苦しい雰囲気の男だったために、免疫がなく圧倒されていたハンリはスカリーに思わず訊いていた。

 「ああ、バスコルディアを拠点にしてる賞金稼ぎの一人だよ。そんなに腕は立たねえが、気の良いヤツさ」

 「二つ名持ちっていうことは腕が立つという証明でもありますけど、同時に危険な存在であるということでもありますからねぇ」

 「うっせえよ、『双山刀ダブルマシェット』」

 「あら、怒ったんですか? 『斬撃と銃撃スラッシュ&シュート』」

 「くたばれ」

 「そっちがどうぞ」

 「破戒シスター」

 「やる気なしダメ男」

 「てめえの髪は返り血で染まってんだろ?」

 「減らない口ですね。どんな縫い方がいいですか? そのぐらいのリクエストは聞いてあげますよ」

 「“縫う”じゃなくて、“引きちぎる”の間違いだろうが」

 「実践してさしあげましょうか?」

 「もう! 喧嘩はダメ!」

 ハンリによる強制的な中止によって、低レベルな口喧嘩は終了した。

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