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 ろくに整備もされていない道をスカリーは歩く。

 バスコルディア東区はインフラ整備に対しては消極的である。それは予算獲得のための発言力が弱いという原因もあるにはあったのだが、根本的には住民が整備されることを拒否している要素のほうが大きかった。

 便利さよりも、自由というモノを求める思考がはびこっている。現状では自由と表現するよりも、放置と言った方が正確ではあったが。

 そんな東区も中央区との境目にさしかかると多少の整理がされてくる。

 規則性を全く見いだすことのできなかった入り組んだ路地の集合体のような道が統合され始め区画整理が始める。

 中央政府の法が及ばぬ無法都市であっても、快適さを求める住人達はしっかりとした居住性を求めている。それに応える形で自治協会も便利性を発展させてきていた。……東区を除いては。

 それはさておき、スカリーは“目印”を探す。

 程なくしてそれは見つかった。鏡文字になっている酒場の看板。

 「……めんどくせえな。なんでこうも回りくどいんだか」

 ぽりぽりと頭を掻きながらスカリーは中へとはいっていく。

 その様子をこっそりと覗いていた二人がいた。

 「とうとう尻尾を現しましたね、スカリー。さ、ハンリちゃん。わたくし達も行きましょう」

 「うーん……大丈夫なの?」

 マイディとハンリだった。

 スカリーの目的地を教えてもらった二人は全力で追跡し、今し方追いついたのだった。

 ちなみに、途中からハンリはマイディに抱えられるようにして運ばれる羽目になった。体力的に圧倒的な差のある二人では当然の結果とも言えるが。

 躊躇ちゅうちょしないマイディに対して、ハンリは及び腰である。

 当然とも言えば当然。ただでさえ酒場というのは喧噪と危険に満ちあふれている。酔っ払いの喧嘩から死者が出ることも珍しくはない。バスコルディアならなおのことである。

 更に言うとすれば、ハンリは未だに酒場という場所に入ったことがなかった。飲酒は十五歳から許可されるのではあるが、元々貴族の少女であるために今まで全く縁が無かったのだ。

 「このわたくしが一緒なのですよ? その辺のごろつきが百人がかりで襲ってきても返り討ちにして差し上げます」

 「それもそうだね」

 戦闘能力に対しては疑念を挟む余地は全く無い。問題があるとすれば無用なトラブルを引き起こすことの方だったが、よく考えると酒場にはスカリーがいるはずなのである程度の制御は効く。そのようにハンリは判断した。

 「わかった、行こうマイディ」

 「そうこなくては! やっとハンリちゃんにもわたくしの愛が伝わってきたみたいですね」

 「う~ん……」

 適当にはぐらかしつつ、二人はスイングドアを押し開け中に入る。

 想像していたよりも中は静かだった。

 まだ昼間だというのに浴びるように酒を呑んでいる人間失格な人物は存在せず、前後不覚に陥って大声を張り上げるようなグループも存在していない。

 他の都市ならば普通のことではあったのだが、バスコルディアにおいては異常な光景だった。

 「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ」

 酒場らしくカウンターの中には主人がいるが、大声を張り上げることもない。ちらりとマイディとハンリの姿を確認すると、そのままグラスを磨く作業に戻る。

 (……湿っぽいですねぇ)

 マイディにとってはもっと騒がしい状態の方が慣れ親しんでいるので多少据わりの悪いものを感じるが、今は頓着とんちゃくしない。目的があるからだった。

 そして、その“目的”は帽子を目深に被り直して素知らぬ顔をしていた。

 にっこりと笑ってマイディはその人物が座っているテーブルに近づく。多少不安そうな様子でハンリもそれに続いた。

 「スカリー、その程度のごまかし方でわたくしをあざむけると思ったら大間違いですよ。なんといっても貴方のニオイは覚えているんですから」

 「……スカリー? 誰のことだよ。俺の名前はクィンディア。クィンディア・ノッテルジーラっていうんだぜ。人捜しながら自治協会のとこに行きな」

 はっきり言って、ごまかせる可能性は万に一つも無いような雑な言い訳ではあるが、スカリーは帽子を上げようとしない。頑としてマイディとも視線を合わせない構えだ。

 「ほほう、なるほどなるほど。そちらの考えはよく分かりました。そして、初対面ならしょうがないですね、わたくしとしたことが早とちりでした。では……」

 よどみなく言いながらマイディは背中に手を回して、背中に隠し持っている山刀マシェットの柄を掴む。

 「おいマイディ、テメエ何を考えてやがる。ここでそんなモン振り回したら…………ちっ」

 「あらあらあらあら? クィンディアさん? なぜわたくしの名前をご存じなのですか? おかしいですね、とっても。なんと言っても初対面なんですから」

 にんまりと笑ってマイディはそのまま椅子を引いて座る。

 おずおずと言った様子でハンリもそれにならう。

 観念した様子で帽子を上げると、スカリーはげんなりした視線をマイディに送った。

 「……なんでいるんだよ、おめえが」

 「わたくしに黙ってもうけ話を独り占めしようなんてするからですよ。ふふふ」

 マイディがドンキーから聞いた話はこうだった。

 ちょっとしたもうけ話があり、スカリーはそれに参加する気だと。詳細までは聞いていなかったが、マイディはそれだけでハンリの手を引いて教会から飛び出していったのだ。

 そして、今に至る。

 事情をハンリが説明すると、スカリーは首を掻き切る仕草をした。

 「おめえの頭はいらねえだろうから、こんど俺がねといてやるよ。代わりにその辺の石ころでも乗せてりゃあ十分だろうからな」

 「貧弱なスカリーに出来るとは思えませんね」

 「おめえと比較したらほぼ全ての人間は貧弱だよ。……ったく」

 どうやらマイディを説得することは諦めたようで、今度はハンリに視線を移す。

 「……ハンリ、おめえはマイディの馬鹿に付き合ってねえで帰りな」

 「帰る途中が……怖い」

 「ガキじゃねえんだから……っておめえはまだ十五か。あー、ったく」

 帽子を脱いでがしがしとかきむしると、そのままスカリーはがっくりとうなだれた。

 「わーったよ、わーったよ。おめえらも話に噛ませりゃあいいんだろ? ただし、自分の身は自分で守りやがれ」

 大分投げやりな心理状態を表わすかのようにぞんざいな口調でいうと、憮然ぶぜんとした表情でスカリーは壁に掛かっている時計を見た。

 時刻は十五時の少し前だった。

 そこにウェイトレスがやってきて、いくつかの皿と調味料を置いていく。スカリーがあらかじめ頼んでおいた料理だった。

 「まあ、わたくし達がやってくることを見越して注文まで済ませていてくれたんですね。流石はスカリー」

 「……もう好きにしな」

 ベーコンで巻かれた葉に、水洗いしただけの葉、そして他の野菜と一緒にサラダにされている葉。全てやけに緑色の濃い葉っぱが使われている。

 そして、時刻は冒頭に戻る。

 



 「で、もうけ話って一体何ですか? 司祭様に聞く前に飛び出してきてしまったので知らないんですよね」

 生の葉にビネガーをかけつつマイディが尋ねる。

 ちなみに、ハンリはすでに激辛料理に変貌してしまったサラダを平らげていた。

 「おめえは……いや……もういい」

 いい加減に一年以上の付き合いになるスカリーなのだが、そろそろマイディに対してまともに突っ込もうとしても疲れるのは自分だけだということを理解している。

 「……狩りハンティングだよ」

 「狩り? 獲物はなんですか? わたくしそういうのはちょっとうとくて」

 「『双山刀ダブルマシェット』の二つ名は飾りかよ」

 「適当に因縁つけてボコボコにしてただけですからねぇ。それがたまたま賞金首だっただけで」

 「……そのうちにわかるさ」

 がきん、と歯車が動く音がして、時刻は十五時になった。

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