Day of hunting

time to guestion

 1

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 長く、長く長くスカリーはため息を吐く。

 右手に持ったフォークにはベーコンで巻かれた緑色の葉があったが、口をつけようとはしない。その代わりに、テーブルの向かいに座っているマイディにうろんな視線を送る。

 「なんですかスカリー? わたくしの顔に何か付いていますか。ああ、美人過ぎて思わず見とれてしまったのですね。仕方ありません。わたくしは罪な女ですから」

 「だったらとっとと罰を受けるんだな。神も言ってるんじゃねえのか? 『罪には相応の罰を』ってな。……今すぐ食らってきやがれ」

 スカリーにとっては現状で精一杯の皮肉ではあったのだが、マイディは柳に風とばかりに受け流す。

 「ふぅ、いいですかスカリー? この『罪な女』というのはいわゆる比喩的表現というモノなのですよ。そんなことも分からないなんてお子ちゃまですねぇ」

 にやつきながらマイディは返し、自身の前に置かれた皿から緑色の葉を摘(つ)まみ上げて口に運ぶ。 

 「ぶわっ! 苦い! 苦いですよこれ!」

 「そりゃ生で食ってちゃにげえよ。アホかおめえは」

 「……まったく、このわたくしに叫ばせるとはなかなかの食材ですね。おそらく、この食事たたかいは厳しいものになるでしょう。……ふっ、上等です。毒持ち大ナマズのステーキさえも平らげたこのわたくしが相手になってさしあげます」

 「アホ言ってねえでとっとと食いやがれ」

 再び嘆息。

 そのついでというようにマイディの隣に座っているハンリに視線を合わせる。

 「なに? どうかした?」

 もしゃもしゃと大量の葉っぱを平らげているハンリだったのだが、葉が盛られている皿は真っ赤なソースがこれでもかというぐらいにかかっていた。ちょうど一瓶分を使いきってやっとハンリが満足したためである。

 ちなみに、三人が食事を取っている場所はいつものバスコルディア教会ではない。

 東区と中央区の境目にある、とある酒場である。

 なぜこのような事態になっているのかというと、それは時刻を少しばかりさかのぼらなければならない。



 「ちょいと俺は野暮用があるからこれで帰る。マイディ、ドンキー、ハンリは頼むぜ」

 いつものように教会で酒を呑む前に突然スカリーはそんなことを言い出した。

 「は? 何を言っているのですか? まだ一滴も呑んでいませんよ。もしかして酒を呑んだら恥ずかしい過去を喋ってしまうような奇病にでもかかってしまいましたか? だとしたら良いお医者様を紹介しますよ。ヤブですけど」

 「……おめえはほんっとうに思いやりとか、察するとかそういう部分が壊滅的だな。教典には書いてねえのか? いや、書いてあっただろ。確か……」

 「『貴方の望むことが他者の望むことであることを確信してはならない。己は己であり、他者は他者。へだてるものは大きい』……じゃない?」

 スカリーのいつもの講義をメモしたノートを閉じながらハンリが口を挟む。

 「そうだな、それだ。おいシスター、後輩に先を越されてんじゃねえよ。現状でも恥ずかしいおめえはちっとはは自省しな」

 「自省? 言っておきますが、わたくし生まれてこの方、反省とか内省とかうじうじ悩むとかぐちゃぐちゃ煩悶はんもんするとかそういうつまらないことはほとんどしたことがありません。そして、これからもそれは同じ事でしょう」

 「……胸張って言う台詞せりふじゃあねえな。とにかく俺は帰る。じゃあな」

 無理矢理にそう告げると、さっさとスカリーは荷物を持って教会から出て行く。

 「更年期でしょうか? これだからおっさんは」

 やれやれというようにマイディは肩をすくめながら、用意していた酒瓶を開けようとして停止する。

 (待ってくださいよ? あのスカリーが酒を呑まずに帰る? エルフとドワーフがいちゃついているぐらいには奇妙ですよ?)

 エルフとドワーフは古くから西大陸に棲んでいる種族ではあるが、ロンティグス大陸にも多数の移民がいる。しかしながら、西大陸時代から続く多数の因縁はしっかりと持ち込まれてしまっており、不倶戴天ふぐたいてんの天敵とまではいかないが、少なくとも談笑するような仲ではない。

 そして、スカリーがアルコールを一滴も消費せずにこの教会から去るという出来事はそれに匹敵する扱いだった。マイディの中では。

 更には今自分が持っている酒瓶のラベルを見る。

 〈hit fire〉

辛口の蒸留酒であり、スカリーが特に好んで呑む銘柄だった。

 確信を持つ。

 「こそこそと何をするつもりですか! スカリー!」

 ついでに叫ぶ。問いかけの対象になっている本人はすでにいないが。

 「どうしたの、マイディ?」

 奇行が目立つマイディではあるが、突然動きを止めた後に叫び出すというのはあまりないパターンだったので流石にハンリも様子をうかがう。

 「どうしたもこうしたも! スカリーがお酒を呑まずに帰るだなんて何か企んでいるに違いありません! こういうカンは鋭いのです! 十中八九ろくでもないことをやらかすに決まっています! そう! わたくしはこのバスコルディアを救うために活動を開始します!」

 何かに宣言するように叫ぶと、マイディは分厚い本を読んでいたドンキーに体を向ける。

 「というわけで司祭様、わたくしはこれから正義のためにちょっと外出してきます。夕飯までには帰ってきますのでハンリちゃんの護衛をよろしくお願いします」

 「待ちたまえ、シスター・マイデッセ」

 ほとんど駆け出そうとしていたマイディの動きはその一言だけで静止する。

 「……な、なんでしょうか、司祭様」

 大抵、こういう場合にはドロンキー・ガズミスによるお説教が待ち構えている。ゆえに、それを何度も体験しているマイディは警戒する。いつでも逃走と言い訳を開始出来るように。

 ゆっくりと、ドンキーは揺り椅子から立ち上がる。

 「スカリーが何をしたいのかを知りたいのかな?」

 悠然ゆうぜんと微笑みながらドンキーは静かに問う。まるで、神の慈悲を恵む存在のように。

 「えっ? ご存じなのですか、司祭様」

 「もちろん。知りたいかね?」

 「ええ、是非ぜひ!」

 そのやりとりを聞きながら、(これはまたろくでもないことになるな)とハンリは思った。

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