かんびょうはすなおにされましょう
3
「……だりぃ」
安宿の汚い天井を見上げながらスカリーは呟く。
未だに体調は最悪だった。いや、どんどん悪化していた。
汗でべとつくシーツが気持ち悪かったが、取り替えてもらうように頼むだけの体力さえも怪しい。というか、そのためには最低でも階段を降りる必要がある。
(こんな状態じゃあ、すっ転んで死ぬのがオチだぜ)
割と客観的に判断するぐらいの余裕はまだあるとも言えた。
うろんな頭でそんなことを考えていると、ぞんざいにドアがノックされる。
(……あ?)
特に訪問者がくる予定はない。
というか、このような安宿にまでやってくるような知り合いはいなかった。
施錠はしている。しかしながら、相手が素直に撤退してくれるとは思えない。
(わざわざやってきて、そのまま引き返すか? いや、んなこたぁねえわな)
枕元に置いている拳銃を手に取る。
弾薬がきちんと入っていることを確認して、構える。
「お祈りを済ましてから入るんだな。先に言っとくが、今の俺は手加減なんて出来ねえぞ。その辺はちゃんと了承して来いよ」
構えているのがやっとの状態なので、強がりではある。
かちん、とロックが解除された。
ゆっくりと、緩慢さを覚えるほどの遅さでドアが開き、スカリーは引き金に掛けていた指を……離した。
「ぷくくくっ。あらあらあらあらあらスカリー。どうしたんですか、そんなに警戒しちゃって? まるでおびえる子ウサギのようですよ。そんな貴方は初めて見たんですけど?」
入ってきたのは、やけにうれしそうにニヤニヤとしているマイディと、心配そうな表情のハンリだったのだ。
思わずスカリーはげんなりする。
「……んだよ、マイディ。おめえらにはきちんと事情を説明したはずだろうが」
「だからこそですよ! 普段から色々とお世話になっているスカリーが病床にあると知って、いても立ってもいられなくなってしまったのです! わたくしはスカリーと違ってきちんと礼節をわきまえていますからね。だからぁ……看病してあげます」
粘着質な笑みを浮かべながら言う。
もはや嫌な予感しかしない。
「ただの風邪だ。ほっときゃ治る。帰りやがれ」
「あらあらあらあら、いいんですか? そんなこと言って? 今の状態でわたくしに抵抗できるとでも思っているのですか? 万全ならともかく、くたばり損なっている現状でどこまで意地を張れるんでしょうねぇ?」
にやにや顔は崩さないままでマイディは首を傾げる。
『本気でぶちこんでやろうか』という考えがスカリーの頭をよぎった瞬間、獣のような俊敏さでマイディが一気に距離を詰める。
「⁉」
「ほぉら、亀みたいにトロくなってるんですから、大人しく看病されなさい」
撃鉄ごと握るようにして、マイディは拳銃を掴んでいた。
撃鉄を固定されてしまうと拳銃は撃てない。そして、腕力勝負になってしまうとスカリーには勝ち目がなかった。
「……ちっ、くそ。好きにしやがれ」
「物わかりのいい人は好きですよ」
「……けっ」
詰みになってしまったスカリーは『どうにでもしてくれ』とばかりに拳銃を手放してごろりと横になる。
すでに限界だった。
今のやりとりで残っていた体力は底を尽き、重かった体は身動きさえも拒否していた。
(マイディに看病されて死ぬか、拒否して死ぬか。はん、クソッタレな選択肢しかねえな。戦争中の
マイディに看病されるということが死に直結している辺り、スカリーもかなりの不安を覚えているのだ。
しかしながら、現在のスカリーの状態では抵抗しようにもできない。
ゆえに、諦める。全てを運命に委ねる。
(……もし生きてたら……神とやらに感謝してやるぜ)
シスターに看病されるというのに神に祈りを捧げないといけない状況に、なんとも皮肉的な
ものを感じてしまってスカリーは嘆息する。
「さぁて、それではスカリー。まずは服を脱ぎましょうか」
「……おめえは馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが、まさか淫売だったとはな。俺も初めて知ったぜ。……一度おっ
けだるげに、というよりも実際に全身を
しかし、それで止まるようなマイディではなかった。
「何を勘違いしているんですか? 汗みずくでは良くなるものも悪化してしまいますよ。まずは環境を整えること。第一はそこからです」
言うが早いかスカリーの服を脱がせにかかる。
「おいこら! やめろ! てめえ、脳天を撃ち抜かれてえのか⁉」
「出来るのならどうぞ。ま、今のスカリーよりもその辺の野良犬のほうが恐ろしいのですけどね」
「……ちっ。ハンリ、このアホを止めてくれ! このままじゃひでえ事になる!」
なりふり構っていられないので、顔を背けていたハンリに助けを求める。
だが、返ってきたのは無情な宣告だった。
「……わたしも、マイディと同じ意見」
ぽそりと呟くようにだったが、しっかりとした言葉だった。
(……神は死ね)
呪いのように胸中で呟くと、スカリーは大体のことを諦めた。
「……ふぅ、まったく暴れるから時間が掛かってしまったじゃないですか。子どもじゃないのですから少しは大人しくしていてください」
「……ここで大人しくしてたら俺のプライドが腐っちまうぜ。つうか、おめえはなんで俺の服を持ってるんだよ」
「ああ、それは司祭様が持たせてくださったのです。スカリーが
満足そうにマイディは頷き、ハンリはやっと顔を覆っていた手をどける。
いつもの動きやすさを重視した服装ではなく、ゆったりとしたガウンに着替えさせられてしまったスカリーは力なく横を向く。
視界に入るのは、脱がせるときの騒動によって無残な状態になってしまった服だった。
(お払い箱だな、ありゃあ。まあ、別に高いモンでもないからいいけどよ)
嘆息。
正直、それだけでも疲労してしまうぐらいにスカリーは消耗していたのだが、自然と口から吐き出されてしまった。
「さて、スカリーのお着替えも終わったことですし、次は……栄養をつけないといけませんね。医食同源、美味しいものを食べたら元気になるというのは当たり前のことなのです」
ぱんぱんと手をはたきながらのマイディの宣言。
それによって、諦めが入っていたスカリーの顔色がさっと変わる。
マイディが料理をしたところを今までに見たことがなかった。
そして、このシスターは極めて獰猛であり、生肉さえも平気で食す。
そういった存在が作る“美味しいモノ”は、想像するだけで恐ろしかった。
どす黒い瘴気を放つ謎の物体が目の前に置かれる未来を予想してスカリーは
(冗談じゃ、ねえ!)
首に力を入れたスカリーが抗議の声を上げる前にドアは閉まり、部屋にはスカリーだけが残された。
「……マジかよ」
ついでのように、スカリーの足首には頑丈なロープが何重にもくくりつけられていた。
「…………いや、なんでだよ」
疑問に答える者はいない。
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