ちったぁシスターらしく恥じらいを覚えやがれ
2
「さあ、こっちですよスカリー。ここに入って良いのはバスコルディア教会に所属する者だけなのですけど、今回は特別です。神がそのご意志を示されたのですから、わたくしはそれに従いましょう」
「おうおう、盗賊共から巻き上げたカネでずいぶん立派なモン拵えたもんだな。それも神のご意志とやらか?」
「それは司祭様のご意志です」
「……そうかい」
早々にスカリーは反論を諦めて目の前にあるドアを観察する。
バスコルディア教会の居住部分にあるドアの一つ。
他のドアと一緒で、簡素な造りではあるのだが、やけにごつい錠前が付いているので、なんの部屋なのかはスカリーも知らない場所だった。
そこに、スカリーとマイディ、そしてハンリはやってきていたのだった。
ちなみに、スカリーは逃げられないようにマイディに腕を掴まれた状態で連れてこられている。
筋力ではスカリーはマイディに勝てないので、逃げることは不可能だった。
「ハンリちゃん、開けてください」
「う、うん」
自分よりも身長が高いスカリーを完全に捕まえているマイディに多少引きつつも、ハンリは錠前に鍵を差し込み、外す。
そのままドアを開けると、狭い部屋だった。
奥にもう一つ扉があるものの、入ってすぐの場所は狭い。人一人でいっぱいになってしまうぐらいの狭さだった。
「脱衣所です。とっとと脱いで奥の浴場で体を洗ってからお風呂に入ってください」
なんだこれは? というスカリーの質問の前にマイディが答える。
確かに、備え付けの棚には服を入れるのであろうカゴがあった。
「……ったく、念の入ったこった」
いい加減にスカリーも諦めが入ってきてしまったので、素直に従うことにした。
装備品を次々に外し、カゴに放り込んでいく。
「……マイディ、自分で入れるぜ。だから出て行きやがれ」
脱衣所のドアは開いたままで、マイディは服を脱ごうとしているスカリーから視線を全く逸らしていなかった。
「どうぞおかまいなく」
「俺がかまうんだよっ!」
無理矢理にドアを閉めて、中から鍵を掛ける。
「ったく、なんでアイツは恥じらいとかそういうのが欠けてるのかねぇ」
答えを知っている存在はいそうにもなかった。
ブツブツ言いながらもスカリーは装備を全て外し、服も脱いで全裸になると、浴場に続く扉を開ける。
(へえ、立派なもんだ)
声には出さないが、スカリーは感心する。
優美な模様のタイル張りの床。掃除が行き届いている壁。
そして、蛇口やらもぴかぴかに磨き上げられており、貴族の屋敷の中と言われてもそこまでは違和感を覚えないぐらいにきれいなものだった。……人間を縛り付けるのにちょうど良さそうな鉄柱が端に打ち込んであることを除いては。
(……ドンキーのアホの仕業だな。ったく、あいつは……)
バスコルディア教会唯一の司祭が設置したのだと推測してスカリーは嘆息する。
いつもの癖で帽子を潰すように押さえようとするが、今は被っていないことを思い出す。
(とっとと済ませるか。適当に流せばマイディのヤツも納得するだろ)
すでに湯が張ってある、やけに大きな浴槽を見てスカリーがそう考え、適当に桶にお湯を
浴場の入り口の扉が勢いよく開け放たれた。
「ッ!」
思わず拳銃を抜こうとするが、生憎とそれは外してしまっていることに気がつき、流石にスカリーも一瞬だけ慌てるが、入ってきた人物を見て脱力した。
「さあ、スカリー! 楽しい楽しい入浴の時間ですよ! なんと、今日はわたくしとハンリちゃんが背中を流して差し上げます! 感謝しても良いんですよ?」
「……うぅ」
やけに露出の大きい服に着替えたマイディと、マイディには劣るものの、それでも普段に比べれば露出が大きい服装のハンリだった。
マイディはやけに堂々としていたのだが、ハンリはあまり肌を晒すことになれていないのか赤面した状態でマイディの後ろに隠れるようにしていた。
「……なにやってんだ? いや、なんつう格好してんだ、おめえは」
苦虫をかみつぶしたような表情でスカリーは問う。
しかし、対照的にマイディはやけに明るい表情で答えた。
「何って、スカリーがちゃんとお風呂に入るのかが心配なのでわたくしとハンリちゃんが一緒に入って差し上げるのですよ。そんなこともわからないのですか? ああ、あとこの格好は
どうだ、と言わんばかりの顔でマイディは自らの肉体をスカリーに見せつけるようにポーズをとるが、スカリーの表情は変化がないままだった。
「浮かない顔ですね。うれしくないんですか? 美女と美少女が背中を流してくれるだなんてお金を払っても良いぐらいですよ?」
「……そりゃあ、本人の希望があっての話だろうが。俺が、いつ、おめえらに頼んだ?」
「わたくしの独断です!」
「爬虫類並の判断をしてんじゃねえよ」
「失礼な! わたくしのカンは結構当たるのですよ? それを知らないスカリーじゃないでしょう」
「限度ってもんがあるだろうが……っておい、ハンリ。どうした?」
さっきからずっとマイディの後ろの隠れるようにしているハンリがなにか言いたそうにしているのにスカリーは気付いた。
てっきり着ている露出度の高い水着が恥ずかしいのかと思っていたのだが、どうにもおかしかった。ずっと視線がスカリーに向かっては離れてを繰り返している。
(?)
なんとも釈然としないのでスカリーはハンリに問いただそうとして、はたと気付く。
「……おいマイディ、布くれ。体洗う用じゃないやつな」
「何でですか? 着替えるのはお風呂から上がってからで良いですよ。どうせこれから濡れちゃうんですから」
察しの悪いマイディに思わずスカリーは呆れた目線を送る。
「おめえは何か気付かねえのか?」
「う~ん……あ、意外に引き締まった肉体ですね、スカリー。もっとたるんでいると思っていたんですけど」
「前隠す布をよこせって言ってんだよ!」
引き締まった肉体を晒している賞金稼ぎ兼何でも屋、スカハリー・ポールモートは今現在、全裸だ。
未だに思春期のハンリには異性の全裸はかなり刺激が強かった。
「……ったく、おめえはもうちょっと恥じらいってヤツを覚えた方が良いんじゃねえのか? このままだと、そのうちに馬相手にケツ振りそうだ」
「いやですね、そんなことするはずありません。なんと言ってもわたくしは品行方正を絵に描いたような女性ですよ」
「品行方正の意味を変えようとするんじゃねえよ。あのままだとハンリがゆでダコになっちまうとこだったじゃねえか」
「あら、わたくし、タコは好きですよ。茹でてそのまま塩でいくのが通なんです」
「……おめえとの会話は疲れるな」
帽子を潰すように抑えようとして、今は脱いでいることにスカリーは気付く。
何とかハンリへのダメージを減らすために、布を確保したスカリーは石で作られた椅子に座っていた。
そして現在、頭髪はハンリに、体の方はマイディに洗われているのだった。
(最悪な気分だぜ。赤ん坊扱いされるっていうのは)
げんなりしていることを隠そうともせずに、スカリーは大仰にため息を吐く。
そうしている間にも、着々とスカリーの髪は泡立ち(最初は泡が立たなくてハンリが驚いていた)、垢はこすり落とされていた。
「か、かゆいとことか……な、い?」
「……ハンリ、無理しなくていい」
つっかえながら、おそらくはマイディに訊くように言われたであろう台詞を放つハンリに、スカリーは同情の念を抱く。
張本人であるマイディの方はというと、うれしそうに力一杯スカリーの背中をこすっていた。多少皮膚がむけてしまうぐらいの力なので、明日には塗り薬を買いに行く必要があるのかもしれないとスカリーは考えながら、早くこの時間が終わってくれないものかと思案していた。
スカリーにとっては地獄のような時間は、なんとか終了の兆(きざ)しを見せていた。
難航した正面部分の洗浄も終わり、全身が泡まみれになってしまったスカリーにマイディが派手にお湯を掛けまくって、多少のひりつきを覚えつつも、スカリーは湯に浸かれるぐらいにはなった。
「はい! 終わりましたよ」
「~~~~~~!」
「へいへい、ありがとうよ」
ようやっと終了したので、やけに良い笑顔を浮かべているマイディと、真っ赤になってしまっているハンリに対して、おざなりにスカリーは礼を言う。
そして、マイディに見張られているために仕方なく湯に浸かることにする。
一人で入るには大きすぎる浴槽に慎重に入る。
やはり多少背中はひりつくが、耐えられないほどではなかった。
「……はぁ……」
生物的本能によるものか、思わずため息が漏れる。
しかしそれは、不条理に対しての諦めではなく浸かっている湯のぬくもりに対してのものだった。
(ま、たまには風呂もいいもんだな)
多少はいいこともあるものだ、このときまでは思っていた。
「失礼しますね。スカリー、もうちょっと端に寄ってください」
「……うぅ」
水着のままのマイディとハンリも浴槽に入ってきた。
「おい、おめえら何やってんだ?」
「何って……ついでにわたくし達もお湯に入ろうと思いまして」
「……何考えてやがる」
「何も考えてません!」
「胸張って言うんじゃねえよ……」
あまりにも刹那的なマイディの思考に、流石のスカリーも本格的に諦めモードの入り、素直に端に寄る。
一人で入るには大きすぎる浴槽も、三人が入ってしまうと狭さを感じるようになってしまった。
(なんで、こう、なるんだよ!)
声には出さずにスカリーは毒づく。
そんなスカリーの心境を知ってか知らずか、マイディはやけにうれしそうな顔をしていた。
ついでにハンリは湯に浸かったことでもっと顔が赤くなってしまっていた。
「ねえ、スカリー? 何か言うことがあるんじゃありませんか?」
「あ? ねえよ、んなもん。どうしてもって言うんなら……今すぐ出やがれ」
「ちっがいますぅ! この、わたくしの肉体を見て、何か感想はないのですか⁉」
湯をまき散らしながらマイディは
水着をその下から押し上げている双丘は並のモノではなかったし、ほんのりと上気した褐色の肌は赤みを帯びて、
「……おめえ、あんだけ刻まれたっていうのに跡形もなく治っちまうのな」
つい先日、ハンリを送り届けた先でダークエルフと一戦交えたときにマイディは全身を切り刻まれていた。
麻酔なしでおよそ五十針縫われ、処置した医者のほうがまだ生きているマイディに驚いていたぐらいだった。普通はこれだけ麻酔なしで縫われてしまったら気を失うぐらいはするし、最悪死ぬらしかった。
が、マイディはずっと痛みを大声で訴え続けていた。待っていたスカリーとハンリが耳を覆いたくなるぐらいの大声で。
それがおよそ二週間前のことだった。
その傷が完全に治ってしまっていた。
「まあ、わたくしは傷の治りは早いほうですから」
「そういう問題か?」
「そういう問題ですよ……じゃなくて! こう、もっとムラムラするとか! ぐっとくるとか! ないんですか⁉ そういうの!」
「ねえな」
「キィィィィィィィイ!」
「風呂で騒ぐんじゃねえよ。猿かよテメエは」
いつにもまして騒々しいマイディにスカリーは一層諦めの念を深くする。
多少は風呂もいいかもしれない、などと一瞬でも思ったことを後悔するぐらいには。
「こうなったら……ハンリちゃん! ハンリちゃんもこの枯れ男に何か言ってやってください! これはわたくしだけの問題じゃなくて女性全体の問題です!」
勢いよくマイディはハンリのほうに振り向くが、その視線の先にはハンリの金髪はなかった。
「あら? ハンリちゃんが消えてしまいました」
「沈んでんだよ、アホ」
湯の中でハンリの頭を掴むと、スカリーはそのまま引き上げる。
「おいハンリ、魚の真似はやめとけ。マイディに煮て食われちまうぞ」
「……」
「おい、ハンリ?」
反応がないハンリをいぶかしんで、スカリーは逆の手で頬をつねる。
「……」
「ダメだ、のぼせてやがる」
「あら、そんなにお湯が熱かったのでしょうか?」
「おめえがアホみたいに騒ぐからだろ」
「いえ、きっとスカリーが石みたいに唐変木だからですよ」
「おめえだ」
「スカリーです」
二人の不毛な責任のなすりつけ合いはしばらく続いたのだが、結局マイディがハンリを部屋に運ぶことになり、浴場からは出ていった。
一人になり、やっとのことで静かに湯を堪能したスカリーはいい加減に上がることにした。
体を拭き、いざ服を着ようとしたときに気がついた。
スカリーの服が、帽子を除いて全てなくなっていた。
装備品は全てあったのだが、きれいさっぱりと服だけがなくなっていた。
静かに、スカリーは適当な布を腰に巻き付け、ガンベルトを装着する。
拳銃の中に弾丸がきちんと装填されている事を確認してから脱衣所のドアを開いて廊下にでる。
教会の居住区の廊下は、とても静かだった。
これからの騒々しさを予感させるような静けさだった。
「マイディ! テメエぇぇっ!」
布一枚の賞金稼ぎ、スカハリー・ポールモートは、怒声を上げながらバスコルディア教会唯一のシスター、マイデッセ・アフレリレンをしばくために駆けだした。
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