狂乱! オレンジ祭り!
爆裂オレンジ祭り! 開催!
1
「っぷぁ! やっぱり朝一のお酒はたまりませんね!」
「おめえはちっとは遠慮ってモンがねえのかよ。一気に半分も空けやがって。……いくらしたと思ってんだ」
「なんですか、スカリー? けちくさいですね。いいですか、この世界をお創りになったのは神なのです。つまり、この世界の存在はすべて神の所有物。そして、その神に仕えているわたくしは、言ってみれば神の代行者。つまりは、この世界のモノはわたくしのモノなのですよ」
「どんな超理論だよ。死ね」
「死にませーん」
バスコルディア教会。
その祭壇に置いた酒瓶を巡って、スカリーとマイディは至極どうでも良い争いを繰り広げていた。
珍しくスカリーが買ってきた値の張る酒を奪い合って、すさまじく低レベルな攻防が繰り広げられている。
ちなみに、ハンリはすぐ近くで教典を読んで勉強していた。
やがて酒瓶は筋力に勝るマイディの手に渡った。
「ふ、スカリーはもうちょっと体を鍛えた方が良いですよ。司祭様ほどまではいかなくとも、わたくしぐらいまでには」
「……その前に体がバラバラにならぁ」
酒を奪われてしまったスカリーは諦めて椅子に座り直す。
とっておきだった高価な酒を取り上げられてしまったので、ふてくされたように帽子で目を隠す。
が、何かに気付いたかのようにすぐに顔を上げる。
「そうだ、ハンリ。来週はちょいとバスコルディアからは離れるぞ」
「え?」
マイディとスカリーのどうでもいいやりとりには無視を決め込んでいたハンリは突然の宣言に思わず教典から顔を上げてスカリーを見る。
「どうしたの?」
きょとんとした目で尋ねるハンリに、スカリーはそっぽを向いた状態で答える。
「いいから離れるんだよ。来週のバスコルディアは危ねえ」
「?」
バスコルディアならいつも危ないじゃないか、とハンリは返したくなったのだが、スカリーが無意味にそういった行動を取るはずもないので、ハンリは首を傾げるだけにする。
「あー、そうですねぇ。来週ばかりはちょっと避難していましょうか。わたくしもご一緒しますよ」
「おめえは来なくても良いぞ。ここでひでえことになってろ」
「まっ! そんなことを言ってしまうのはこの悪い口ですか?」
「ひゃへろ、はいひぃ」
またじゃれ合いを始めた二人を見ながら、ハンリは来週のバスコルディアでは一体何が起こるのだろうかと思案していた。
パン! パン! パパパン!
唐突に火薬の
銃弾などの発射時の音ではなく、なにかしらの開催を告げる合図の音だということはハンリにもわかった。式典などでもよく聞いた音である。
だが、スカリーとマイディはぴたりと動きを止めていた。
『あー、あー。テストテスト。……ゴホン。バスコルディアの住人の皆様、お元気でしょうか? こちらはバスコルディア自治協会です』
声が響く。
ハンリは聞いたことがない声だったのだが、遠くから響くようなその音声は風の魔法によって広範囲に伝えられていることは推測がついた。
『来週に予定されておりました爆裂オレンジ祭りですが、例年とは違い、今年は予定を前倒しして本日行うことが決定しました。期限は日没まで。皆様のご健闘をおいのりしております』
二人は動かない。ただ、ハンリだけは事情がよくわかっていなかった。
『なお、例年通り門は封鎖されております。バスコルディアからの脱出は不可能です。では皆様、良いお祭りを』
嫌な予感をはらんだ一文を付け加えて放送は終わった。
きっかり五秒、スカリーとマイディは放送が終了してから動かなかった。
そして唐突に動き出す。
「おいマイディ! どうなってやがる⁉」
「知りません! わたくしも初めて知りました!」
ハンリが見るのは初めての、焦る二人だった。
「くそ、やべえな。おめえ武装はしてるか?」
「当然です。こうなったら腹をくくるしかありませんね」
スカリーは拳銃を、マイディは二振りの
いきなり戦闘状態に入った二人にハンリは混乱する。
「ふ、二人ともどうしたの?」
「どうしたもこうしたもねえ。地獄の窯が開く日が前倒しになった、それだけのこった」
「地獄、というには生ぬるいかも知れませんね。……なにせ去年は一週間も後を引きましたから」
戦闘態勢のままで二人はハンリのそばまで来ると、辺りを警戒し始める。
さっきまでの緩んだ空気とは全く違う。
「何? 何が起こるの?」
不安になってきたハンリの問いに、苦々しくスカリーは答えた。
「……爆裂オレンジ祭りだ」
(なにそれ?)
真剣な表情から発せられたとぼけた名前に、ハンリは突っ込むこともできなかった。
2
「外には人影なし……くそ、不気味だな。いっそのこと一気に来てくれたほうが助かるってもんだぜ」
「そんなことを言ってると本当に全住民がやってきてしまいますよ。予測は裏切られるものですからね」
やけに剣呑な会話をしながらスカリーとマイディは警戒しつつ教会のドアを押し開く。
ついてくるように言われたハンリは事態が飲み込めていないままで、とりあえず二人の後ろからついて来ていた。
スカリーの言った通りに、外には誰も居なかった。
しかし、本来ならば無いはずのものがあった。
背負うのにちょうど良さそうな大きさのその籠は、異様な存在感を放ちながらドアの前に鎮座していた。
(なにこれ? 朝掃除したときにはなかった、よね)
見覚えのない籠にハンリは疑問を抱くが、スカリーとマイディは迷うことなく籠を検分しだしていた。
特に、その中に詰められている物体を。
慎重な手つきでスカリーが取り出したソレは、丸く、太陽の光にも似た色をしていた。
色自体にその名を冠するそのモノは――オレンジだった。
(オレンジ、だよね?)
まるで爆薬を扱うかのような慎重さで球体を扱うスカリーとマイディにハンリは疑問を抱く。
オレンジはハンリも知っていた。オルビーデアに居た頃には屋敷でよくデザートとして供されていたからだ。
今の二人のように警戒しつつ扱うような果物ではない。
「ねぇ二人とも。それ、オレンジだよね?」
「ああ、オレンジだ。だが、ただのオレンジじゃねえ。バスコルディア名産、爆裂オレンジだ」
「見た目は普通ですけどね。このヘタの部分に特徴が有るんです」
爆裂オレンジという聞き覚えのない物騒な名称に疑問を感じたハンリは、マイディが見せてきたヘタをまじまじと見る。
本来ならば緑色をしているヘタ部分が、禍々しい赤色だった。
「……なにこれ」
「言ったろ、爆裂オレンジだ」
「……わかんない。なにか違うの?」
「ああ、そうか。ハンリは知らねえわな。じゃあ見てろ」
言うが早いか、スカリーは無造作にオレンジを教会の壁に向かって投擲(とうてき)した。
バッシャーン!
破裂音というよりも、炸裂音のような音と果汁をまき散らして燈色の果実ははじけ飛んだ。
直撃を受けた壁にはべっとりと果肉と果汁がくっついてしまっていた。
あまりにも予想外の事態にハンリは思考が凍結する。
「……なに……これ」
先ほどと同じ言葉だったのだが、含まれている意味合いはかなり違っていた。
「……オレンジをきれいに
意味が分からなかった。
だが、そんなハンリには関心を示さずにスカリーは続ける。
「厄介なことにそのアホは植物系のモンスターを研究してるヤツだったんだ。そんである日、ある種の植物系モンスターとオレンジを掛け合わせてきれいに皮が剥けるようなオレンジを作ろうとしたんだ」
言っている意味は分かるが、納得は出来ない説明は続く。
「当然、そんなろくでもない研究なんぞは政府に禁止されてるからな。アホは研究室を追い出されたんだが、バスコルディアにたどり着いた」
マイディは無言のままで籠を背負っていた。
「政府に目をつけられずに研究できるバスコルディアで、そのオレンジは完成した。調子に乗ったアホは植えまくった。これで二度とオレンジの皮に
「皮とかの問題じゃなくなってるよ!」
最後まで聞いたハンリの感想は至極当然のものだった。
まさか、皮を剥くために爆発する果物を作り出すようなイカレた人物が存在しているとは思ってもみなかったのだ。
しかし、現物は目の前にあった。
「……じゃあ、このお祭りって?」
「……このオレンジはやけに収穫量が多くてな。しかも皮が付いてる状態だとすさまじい高確率で発芽する。……計算したやつ曰く、爆裂オレンジを放っておいたら十年でバスコルディアは爆裂オレンジに呑み込まれてるだろうってよ」
つまり、毎年大量に収穫される厄介なオレンジを消費してしまうための祭りということだった。
「ついでに言うと、住民の
背中の籠から爆裂オレンジを両手につかみ取り、マイディはやけに哀愁たっぷりに呟いた。
「……わたくしも去年は果汁まみれになってしまいましたから、今年は無事に終わりたいですね」
ハンリの背中を冷たいモノが流れる。
マイディでさえも無事でいられなかった祭りを自分が乗り越えられるのだろうか? そういう疑問がすでに頭の中でいっぱいに膨れ上がっていた。
そんなハンリの頭をスカリーはぐしゃぐしゃと荒っぽく撫でる。
「んな顔するんじゃねえよ。俺とマイディがいる。できる限りはやるさ」
「……うん」
「お客さんですよ!」
何とかスカリーに返事をしたハンリを遮るようにマイディが声を上げる。
見てみれば、両手にオレンジを持った集団が教会に向かってきていた。
ほぼ全員が燈色の果汁と果肉にまみれてひどい状態になってしまっていた。
さながらそれは腐肉を纏う亡者の群れのようだった
「ちっ、突然だった割には早え。……投下地点にいたんだろうな。がっつくねえ」
「すでに一戦交えて、多少は頭が冷えたのでわたくし達を狙ってきた、というところでしょうか」
「ええと、スカリーもマイディも恨まれるようなこと、してるの?」
「死ぬほどあるな。罪状を並べてたら夜になっちまうぜ」
「わたくしは敬虔な神の信徒であるはずなのですが、この街ではあまり受け入れられないのです」
心当たりはあるということだった。
自業自得、という言葉がハンリの脳裏をよぎるが、今はその場合ではないと考える。
果汁まみれになってしまうのはハンリも嫌だった。
「ふ、二人とも、わたしのこと守って、ね?」
「善処する」
「神は全てを知っておられます」
不安しかなかった。
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