バスコルディア日常編

シスター様はきれい好き

お風呂が嫌いなら無理矢理にでもいれます

 1 

 

 自由都市バスコルディア。中央政府の法が適用されないこの街はそう呼ばれている。

 種族も、倫理も、風俗もごたまぜになったここは、吹きだまりとも、解放の場所とも呼ばれる。

 またの名を無法都市バスコルディア。


 

 「ようハンリ。元気か?」

 「あ、スカリー。うん、元気だよ」

 バスコルディア東区の小さな教会の前。

 どうやら掃除をしていたらしい少女に賞金稼ぎ風の格好をした男はそう声をかけた。被っている帽子からのぞくグリーンを帯びたとび色の瞳はどこか疲れたような雰囲気をかもし出しており、溌剌はつらつとした雰囲気の少女とは対照的だった。

 男の名はスカハリー・ポールモート。賞金稼ぎ兼何でも屋のようなことをやっており、諸事情によりこの少女と知り合い、そして護衛のようなことを引き受けているのだった。

 少女の名はハンリッサ・ゴートヴォルク。

 本来は貴族の令嬢であるはずなのだが、何者かに狙われているために、このバスコルディア教会で一時的にシスター見習いとして保護しているのだった。

 「なんだよハンリ、その格好は。おめえは一応シスター見習いだろうが。それらしい格好をしてたほうがいいんじゃねえのか?」

 尼僧服ではなく動きやすそうな、というよりも多少くたびれた格好をしているハンリにスカリーはそう言う。

 「……う、うん。その……マイディのサイズしかなくて……」

 どこかどんよりとした表情でハンリは呟く。心なしかショートカットにした金髪も少しボリュームを失い、紫の瞳もよどんでいた。

 マイディというのはこの教会のシスターである。

 が、未だに成長段階のハンリと違って肉体は出来上がっている。ゆえに、マイディのサイズに合わせた服はハンリには大きすぎた。いろんな部分が。

 「……そうか。で、そのマイディはどこにいるんだ? まさかおめえに掃除させて自分は優雅にティータイムっていうわけじゃねえだろ?」

 事情を察したスカリーは特に掘り下げることはせずに、本来の目的にシフトする。

 習慣のように、スカリーはこの教会にやってきてはマイディや司祭と一緒に酒を酌み交わしている。そして、ついでのようにハンリの近況などを聞いているのだった。

 今日もそのつもりでやってきたのだが、肝心の司祭とマイディの姿が見えないのでスカリーは怪訝に思っていた。

 そんなスカリーの質問に対して、ハンリは黙って教会の庭の一点を指さす。

 つられてスカリーがそこを見ると、地面から人間の首が生えていた。

 いや、正確にはマイディの首が生えていた。

 真っ赤な髪に褐色の肌のマイディはじっと、何も言わずにスカリーのほうを見ていた。

 「……」

 「……」

 「……」

 三者とも沈黙。

 数分スカリーは悩んだのだが、結局は事情を尋ねることを決断し、脚を動かす。

 地面から生えているマイディの首に近寄り、かがみ込む。

 「おいマイディどうした。故郷いなかの健康法か? それともとうとう首から下に見切りをつけられたのかよ」

 「あら失礼な。わたくしの故郷こきょうでもこんな健康法はありませんよ。ちゃんと首もつながっていますし、埋められているだけです」

 首から下を埋められているというのに涼しい顔でマイディは答える。

 まるで、何でも無いことのように。

 「……いや、じゃあなんで埋まってんだよ。墓穴の予約か?」

 「……司祭様が、懲罰ちょうばつだって言って埋めてた」

 スカリーについてきたハンリが説明する。

 が、埋められる懲罰を食らうような罪状がスカリーには思いつかなかった。

 「おめえ何やったんだよ。神のケツに山刀あいぼうでも突っ込んだのか?」

 マイディが埋まっているので、自然と見下す視線になりながらスカリーは尋ねる。

 「んまっ! 失敬な! わたくしが神にそのような不敬をするなど天地がひっくり返ってもありません!」

 「じゃあなんでだよ」

 「ちょっとハンリちゃんが寂しいかなと思って添い寝を」

 「死ね」

 デコピンを放つスカリーだったが、マイディは首の動きだけでそれを回避する。

 「クソみてえな理由で肥やしになるつもりかよ。……つうか出られるだろうが、おめえなら」

 「ええ、簡単に出られますよ。それはもう朝飯前どころか前日の夕食前ぐらいには」

 「……おめえの例えはわかりづれえな」

 くしゃり、と被っている帽子を潰すように押さえてスカリーは嘆息する。

 常日頃からことあるごとに、マイディはハンリに手を出そうとしてはこの教会の司祭にいましめられているのだが、効果はあまり上がっているとは言い難かった。

 ゆえに、最近は司祭のほうも多少はアプローチを変更しているようだったが、流石にハンリの貞操の危機に対しては懲罰を加えることにしたらしい。

 効果のほどはあまりあるとは言えないが。

 「いつまでもニンジンみてえに埋まってねえで出てこいよ。酒を持ってきたんだ。居るならドンキーも誘って呑もうぜ」

 「あいにくと司祭様は所用で出かけられています」

 「何の用だよ」

 「ヒントは、新手の盗賊団が出没しているという噂ですね」

 「……また盗賊しばいて金品を巻き上げてんのか、あいつは……」

 司祭もシスターもろくでもない、とスカリーはげんなりする。

 果たしてこのままハンリを保護し続けるというミッションを完遂することが出来るのかどうかに対して疑念を抱くが、スカリー自身がハンリを住まわせる場所を所有していない以上は、続けるしかないだろう。

 嘆息。

 こめかみに軽い痛みを覚えたスカリーは酒でも呑んで忘れることにした。

 「あら? ちょっとスカリー、どこに行くのですか?」

 立ち上がったスカリーにマイディは尋ねるが、スカリーはそちらを見ずに答えた。

 「勝手に呑んでらぁ。さっさと来ねえとおめえの分はねえぞ」

 「それは困ります。えい」

 ぼごん、という音と共に地面からマイディの腕が生える。

 「よいしょ、と」

 ちょっとした荷物を持ち上げるような気軽さでマイディはそのまま上半身を地面から引き抜く。

 あとは這い出すようにして、最早、穴となってしまった場所からマイディの全身が出てくる。

 「土まみれになってしまいました。ふう、司祭様ももう少しは考えていただかないといけませんね。洗濯するのはわたくしなのに」

 乱暴に、着ている尼僧服をはたいて泥を落としながらマイディはぼやく。

 「……普通は埋められたら自分で出られないと思うなぁ……」

 苦笑いを浮かべてハンリは言うが、マイディはよく分かっていなかった。

 疑問符が頭の上に浮かんでいる。

 「まあ、いいでしょう。それよりもお酒です! 今日はどんなのですか? 麦酒? 林檎酒? 蜂蜜酒? もしかして、とってもレアなエルフ酒とかでしょうか?」

 ウキウキした様子でマイディはスカリーに駆け寄る。

 「東大陸の酒らしい。なんでもコメから造ってんだとよ。つーかおめえ、さらっと言ったけどエルフ酒ってなんだよ。つけ込んでんのか?」

 「まあ! もしかして清酒とか、焼酎とかでしょうか? わたくし、大好きですよ! これが中々こちらでは手に入りにくくて……ん?」

 輝いていたマイディの顔に一筋の曇りが表れる。ちなみにスカリーの問いには答える気は全く感じられなかった。

 そのまま、マイディはすんすんと鼻を鳴らして、なにかを嗅ぐ。

 「どうしたマイディ。とうとう犬に戻ったのか?」

 奇妙な動作を始めたマイディにスカリーは皮肉交じりで尋ねるが、マイディはその質問に答えずにスカリーの周辺で、その形のよい鼻で何かを嗅ぎ続ける。

 ついにマイディがスカリーの服の匂いを嗅ぎ始めたので、流石にスカリーもマイディの頭を掴んで止める。

 「何やってやがる」

 「スカリー、最後にお風呂に入ったのはいつですか?」

 半眼でマイディはスカリーに問う。

 「あ? おめえらと一緒にトモミスに行ったときだな」

 「一ヶ月前じゃないですか⁉」

 叫ぶマイディと、思わず耳をふさぐスカリーだった。

 「んだよ、発情期の猫みてえに騒ぐんじゃねえよ。普通だろうが」

 「騒ぎます! えぇ! 騒ぎますったら騒ぎます! スカリーがそんなに不衛生な人間だったとはわたくしも予想外でした! 最近どうもスカリーが臭うような気がしていたんですけど、気のせいじゃなかったのですね⁉」

 マイディは大仰な動作で祈るように天を仰ぐ。

 「神よ! この不信心者を教会に入らせてしまっていたこのわたくしを許し給え!」

 「俺は神の敵かなんかか? あと勝手に入信させんじゃねえ」

 「不衛生は敵です! いいですか、スカリー。……あなた、臭いですよ」

 「だからどうしたよ」

 「ああっ! もうっ!」

 のけぞった後に、マイディは獲物を発見した肉食獣のような動きでハンリの方を見る。

 「ハンリちゃん!」

 「な、なに? マイディ」

 やや引き気味で答えたハンリにつかつかとマイディは近寄る。

 「ハンリちゃんはスカリーが悪臭を放っていても平気ですか? この冒涜者ぼうとくしゃが教会に入って、あまつさえ、ハンリちゃんのベッドに侵入してそのニオイをこすりつけてしまうかも知れません! それでもいいんですか⁉ わたくしは絶対に許せません! わたくしがハンリちゃんを守って見せます! ハンリちゃんはわたくしを応援していてください!」

 「なんで俺がハンリのベッドに寝ること前提なんだよ。おめえと一緒にすんじゃねえよ」

 力強くハンリの肩に手を掛けて好き勝手な事を言うマイディにスカリーがつっこむ。

 しかし、マイディは特には聞いていなかった。

 ずらり、と尼僧服の下から山刀マシェットを引き抜く。 

 「さあ、そこになおりなさい! わたくしが神の代行者として神罰を下します!」

 「ま、マイディ……ちょっと待ってよ」

「いーえ、ハンリちゃん! 待てません。わたくしの美意識の問題なので! 問答無用です!」

 今にも飛びかからんと、マイディは猛獣のような笑みを浮かべる。

 こうなってしまったマイディを説得するのはバスコルディア教会の司祭にしか不可能であることをスカリーは知っているので、“降参”という風に両手を挙げる。

 単純な接近戦ではスカリーはマイディに勝てない。

 ゆえの降参だった。

 「オーケー、マイディ。俺の負けだ。どうしたらいい?」

 神妙にしたスカリーに対して、意外そうにマイディは構えを解く。

 「やけに素直ですね、スカリー」

 「おめえと一戦かましてハンリが巻き込まれちまったら俺たちは縛り首じゃすまねえだろうが」

 「……それもそうでしたね」

 (忘れてやがったなこのアホ)

 心中でスカリーは毒づく。

 が、今は黙っていることにした。下手にマイディを刺激してかんしゃくを起こされてもたまらないからだ。

 「ふふん、なるほどなるほど。わたくしの説得に心打たれてしまった、というわけですね。……あぁ! 自分の人徳が恐ろしくなってしまいます!」

 「んなもんはねぇから安心しろ」

 「ともかく!」

 自己陶酔するマイディに対してスカリーは容赦なく突っ込むが、当の本人は全く聞いていないので意味がなかった。

 ばっ! と両手を広げてマイディは天をあおぐ。

 はるか彼方の空の上、天上に座すといわれる神を見るように。

 「神よ! この不信心者にお慈悲をお願いいたします!」

 マイディは叫んだ。それはもう、大音声で。

 スカリーとハンリは何をやっているのかが分からないので沈黙していた。

 反響している自分の声が完全に聞こえなくなってしまってから、マイディは手を下ろし、スカリーを見た。その表情は真剣で、嘘偽りはないように思えた。

 「神は言っておられます。『お風呂にいれなさい』、と」

 「うそこけ」

 十五分に及ぶ罵り合いの結果、折れたのはスカリーだった。

 こうして、風呂嫌いのスカリーはマイディに見張られながら入浴することになってしまった。

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