Sword / barrett for you.

 満身の力をこめて振り下ろされた短剣は、山刀に受け止められていた。

 「!」

 声を出さずに驚愕して、ダークエルフは飛び退く。

 室内なのでそこまでの距離は取れなかったものの、なんとか返しの刃をかわすことはできた。

 「うーん、やっぱり力が入らない体勢での攻撃はダメですね。わたくしの一撃をあの距離で躱されてしまうだなんて」

 ハンリが、いや、金髪のカツラを被ってハンリのベッドに寝ていたマイディがむくりと起き上がる。

 いつも通りの尼僧服で寝ていたので、かなりしわが寄ってしまっていたが、そんなことをマイディは気にしていなかった。

 目の前の敵の殲滅。

 それだけを考えていた。

 裸足のままでベッドから跳躍ちょうやくする。

 すでに二振りの山刀を抜いており、戦闘態勢に入っていた。

 「さあ、仕留め損ねた敵はきっちりと殺さないといけませんからね」

 空中で山刀が振るわれる。

 ダークエルフは回避行動をとらなかった。

 その代わりに、ぶつぶつと何かの呪文を詠唱し始めた。

 (遅いですよ)

 詠唱が終わる前にマイディの山刀はダークエルフの命を刈り取ってしまう……はずだった。

 刃が届く直前、マイディの山刀が停止する。

 「な!」

 思ってもいなかった事態にマイディに動揺が生まれる。

 だが、それも一瞬。

 山刀が有効でないと判断したマイディは逆の手の山刀を手放し、銃身切り詰め散弾銃ソウドオフショットガンを素早く取り出す。

 銃声ドバン

 至近距離で放たれた散弾は、ダークエルフの頭を吹き飛ばす前に、空中で停止する。

 斬撃も弾丸も通用しないという事態に、思わずマイディは距離を取る。

 だが、同時にダークエルフの詠唱が終わった。

 『無形むけいの刃よ、我が敵を切り裂け』

ダークエルフの命令によって、室内に風が荒れ狂う。

 しかもその風は真空波を生み出し、マイディの体を切り裂いた。

 残っている方の山刀で防御をこころみるが、風が相手では有効ではない。

 尼僧服ごとマイディの肉が裂ける。

 傷自体はそれほど深くないが、数が問題だった。

 ほんの数秒ですでに一〇カ所以上負傷している。

 このままここにいれば、失血死するのは確実だった。

 ゆえにマイディが取った行動は単純だった。

 荒れ狂う風の刃の中を突っ切って、マイディは窓に突進する。

 ざくざくと肉が切り裂かれる感覚が足を鈍くしようとするが、なんとか窓から脱出することに成功する。

 窓ガラスを突き破り、マイディは中庭に転がり出る。

 血みどろの尼僧服がやけに重たく感じてしまうが、おそらくは自分の血が足りていないのだろうと推測する。

 今はそれを考えている時ではないので、意識の隅に追いやる。

 「スカリー!」

 なんとかそれだけの声を出すことは出来た。

 かなり広い中庭のどこかにスカリーが待機しているはずだった。

 とりあえず、マイディには有効な攻撃手段がない以上、この敵はスカリーに任せるしかないと判断した。

 マイディの叫びと同時にダークエルフが窓から中庭に降り立つ。

 風はすでに止んでいるようだったが、マイディの攻撃を止めた何かしらの防御手段がすでに力を失っているのかどうかは分からなかった。

 静かに短剣を構えて、ダークエルフは動きが鈍くなっているマイディを確実に仕留めるために動き出す。

 音を立てずに走る様は、熟練の暗殺者であることを示していた。

 銃声バン

 飛来した弾丸は、ダークエルフの眉間の前で停止する。

 「……」

 乱入者が現れたことに対して、ダークエルフは足を止める。

 静かに周りの気配を探り、相手の位置を割り出そうとする。

 銃声。

 今度はさっきとは違う方向から弾丸が飛来する。

 わずかに感じた気配を頼りに、ダークエルフは持っていた短剣を投擲(とうてき)する。

 まっすぐに飛翔した短剣は、何かに命中した感覚があった。

 好機とばかりに、ダークエルフはその短剣を投げた方向に向かう。

 放っておけば勝手に体力を消耗していく尼僧服の女はいつでも仕留めることが出来る。しかし、いま銃弾を放ってきている者は遠距離からの不意打ちが可能だ。生きているだけで致命傷を放つ可能性があるのは厄介だとダークエルフは考える。

 ゆえに、ダークエルフはマイディを放っておいて、スカリーの方を優先した。

 「なめられたもの……ですね……」

 多量の出血により、体温が下がっていくのを感じながら、マイディは意識を手放した。



 投擲した短剣が、わらが巻かれた木に命中しているのを発見して、ダークエルフははかられたことを悟る。

 追い詰めたつもりが、逆に追い詰められている状態になっているというに、焦りはなかった。

 銃弾は通用しない。

 弾切れを待って、ゆっくりと殺してもいいし、見つけ出してそのまま殺してもいい。

 今までの相手と同じように。

 以前、奇襲を仕掛けたときには防御を考えていなかった。

 ゆえに左腕を失うことになってしまったが、今回は違う。

 もはや銃も、武器も通用しない。

 魔法も、自分に敵う人間などそうそういない。

 なぶり殺すのも、あっさりと殺すのも自由だ。

 わずかにダークエルフのほおが引きつるように変形する。

 「ったく、エルフっていうのはもうちょっとは上品だと思ってたんだけどな。どうにもクソ野郎はいるもんだな」

 声が聞こえると同時に、短剣を投擲する。 

 甲高い金属音がして、短剣は弾かれた。

 「どこの誰だかは知らねえが、これ以上は好きにさせられねえな」

 左手に長剣、右手の拳銃の出で立ちのスカリーが、いた。

 銃声バン。銃声。

 頭と胴体に一発ずつ弾丸が撃ち込まれる。

 だが、やはりダークエルフに当たる前に、弾丸は空中に停止する。

 残っていても、あと四発。それを撃ち尽くしたら再装填の隙が出来る。

 しかし、それを待つつもりはなかった。

 『炎よ、我が敵を滅ぼせ』

 身の丈ほどの火球が生まれ、スカリーに飛んでいく。

 左手の長剣で、スカリーは火球を切る。

 何かに接触すれば爆発するはずの火球は、情けない音を立てて消滅した。

 「……⁉」

 初めて見る光景に、ダークエルフは狼狽ろうばいこそしないが、慎重になる。

 おそらくは、あの長剣には魔法を無効化するような何かがある。

 だが、それだけだ。

 お互いに距離はそれなりに離れている。

 向こうがこちらに攻撃するには右手の拳銃しかない。

 だが、こちらは別にどうとでもなる。

 そして、ダークエルフが選択したのは何十発もの石を飛ばす魔法だった。

 魔法自体を無効化できても、飛んでくる石つぶてはどうにもならないだろうという推測にもとづいての行動だった。

 当然、スカリーもそれは分かっている。

 だから、スカリーは長剣を振り上げ、叫んだ。

 「剣弾ソードバレット、スラッシュ!」

 振り下ろされる長剣に連動するように、ダークエルフの頭と胴体の前で浮いていた剣弾がその力を発揮する。

 耳障りな音と共に剣弾が破裂し、その中身の水銀が光を放って切断の力を発生させる。

 とっさに詠唱を中断して、ダークエルフは後ろに跳んだが、外傷はなにも発生していなかった。

 傷一つついていない。

 自分の防御魔法が、忌々いまいましいあの銃弾に勝ったことにほのかに喜びを感じる。

 あとは、この目の前の男を殺すだけだ。

 再び詠唱に入るダークエルフに、スカリーは拳銃を向ける。

 「……テメエのタネは分かってる。風の結界だ」

 ダークエルフは詠唱を止めない。

 「風の結界を維持したまま、他の魔法を使えるっていうのはよほどの才能と鍛錬が必要だったんだろうが、慢心しすぎだぜ」

 風の結界を見破ったところで、相手に勝機は無い。

 「剣弾はなにも物質だけを切断するわけじゃねえ。霊体だって、魔法だって切れる。俺のこの長剣も剣弾の応用だ」

 はったりだ。

 「さっきの剣弾はテメエの風の結界を切断した。鎧が剥がれたテメエはタマを防げるのか?」

 銃声。銃声。銃声。

 脳天に一発、胴体に二発の弾丸を受けて、ダークエルフは最期の言葉も発することなく、死んだ。

 「さて、マイディのヤツは生きてるかねぇ」

 これっぽちも心配していない口調で呟くと、スカリーは倒れているマイディに向かって歩いて行った。



 「イタタタタタ! レディはもうちょっと優しく扱ってください!」

 「うっせえよ。ボロ雑巾みてえになってるんだから、どう扱っても痛いモンは痛いだろうが」

 気絶していたマイディを背負って、スカリーはゴートヴォルクの屋敷内の一室に向かっていた。

 中庭からさほど離れていなかったので、マイディを背負って歩く時間はそれほどでもなかったのが幸いだった。

 簡素な造りのドアを開けると、中にはベッドがいくつか並んでいた。

 今は使われていない、住み込みの使用人達の寝室だった。

 そのベッドの一つにハンリが寝ていた。

 部屋から連れ出して、ここまで来た時にはまだ起きていたのだが、やはり溜まっていた疲労には勝てなかったらしい。

 無事に眠っていることを確認すると、スカリーは近くにあったベッドにマイディを転がす。

 「いったぁい! ……覚えていてくださいね、スカリー」

 「恨みがましい目ぇしてんじゃねえよ。命があるだけもうけもんだろうが」

 血みどろの尼僧服のままでマイディを寝かせたので、敷かれているシーツは二度と使い物にならないだろうが、そんなことはスカリーの知ったことではなかった。

 「そのまま寝てろ。俺は少しばかり呼んで来る人間がいるからな」

 そう言い残して、スカリーは部屋を出て行こうとするが、ドアに手を掛けてから立ち止まる。

 「寝てるからってハンリに手ぇ出すんじゃねえぞ。んなことしたら絞首刑が生ぬるいようなのを食らうことになるからな」

 「ちっ」

 今度こそスカリーは部屋から出て行った。



 「ハンリを襲ってねえだろうな」

 部屋に戻ってくるなり開口一番、スカリーはマイディに尋ねた。

 「……スカリー。貴方の中でわたくしはどれほどに性欲にまみれているのですか? このザマでハンリちゃんをでようなどとは思えませんよ」

 体中がズタズタになっているマイディは身動き一つしていなかった。

 「そりゃあよかった。ゴートヴォルク家の当主様の真ん前で孫娘が襲われてるのを見せるのは忍びねえからな」

 そんな事を言いながら部屋の中に入ってくるスカリーの後ろに続いて、ゴートヴォルク家当主、ジョシュア・ゴートヴォルクとアーウィンが入ってくる。

 流石に、ジョシュアの方は寝間着になっていたが、アーウィンのほうはまだきっちりとスーツを着込んでいた。

 「ハンリ、起きろ。おめえのじいさまがおいでだぜ」

 軽く頬をはたきながらスカリーはハンリを起こす。

 「……ん……ぅ……スカリー?」

 片目を開けてなんとかスカリーの姿を確認したハンリは、次にその後方に見えるジョシュアに気付く。

 「……おじいさま⁉」

 寝起きには絶対に見ることがない人物を見て、ハンリは慌てて飛び起きる。

 そして、自分が自室ではなく、使われていない使用人の寝室にいることに疑問を覚えた。

 「あ、あれ? スカリー? おじいさま? なんで? どうして?」

 未だに頭がはっきりしていないために、ハンリは大混乱を起こす。

 ため息を一つつくと、スカリーはとりあえず事情を説明することにした。

 「ハンリ、おめえが寝てるときに俺たちが来て、おめえの部屋からこっちに移ってくれって頼みに来たのは覚えてるか?」

 「……あ、うん」

 なんとか思い出せたハンリは頷くが、正直なぜなのかは分かっていなかった。

 ただ、あまりにも眠たかったので言われるがままに従い、そのまま使用人用のベッドで寝ていたために、事情が分かっていなかったのだ。

 「実はな、俺達はおめえを狙っているヤツがすぐにでも襲撃を仕掛けてくるだろうっていうことは察しがついてたんだ。んで、おめえのじいさまがその妨害を依頼したってわけだ」

 ハンリは驚いてジョシュアを見るが、老人は顔の筋肉一つ動かさなかった。

 「そんで、その襲撃者とやりあってマイディはボロ雑巾になっちまったが、仕留めた。つまりは依頼完了だな」

 ハンリが寝ていたベッドに腰掛けて、スカリーはジョシュアに顔を向ける。

 「さ、俺とマイディは依頼を果たしたし、今度こそ帰らせてもらうぜ。まあ、マイディのほうが動けるようになるまでは厄介になるが」

 依頼料も前金で全額もらっているので問題ない。

 とりあえずは明日にはマイディは動けるようになるだろうとは考えていたので、スカリーはそのままバスコルディアに戻るつもりだった。

 沈黙。

 しばらく、ジョシュアは何かを考えるように顎に手を当てていたが、何らかの結論が出たのか、手を下ろす。

 「スカハリー、貴殿の私見でかまわないが、ハンリがこの屋敷にいることはどう考える?」

 ごく平坦な口調でジョシュアはスカリーに尋ねる。

 「そうだな、内通者は割り出せても、また買収されるヤツがいないとは限らねえ。屋敷に出入りするヤツが存在する以上は安全とは言えねえな」

 肩をすくめて、軽い調子でスカリーは言う。

 調子こそ軽いが、この屋敷において、ハンリはいつ狙われてもおかしくないということだった。

 であれば、どこか別の場所に隔離しておくことも考えるだろうが、その中に内通者が入り込んでしまえばそれで終わりになる。

 (もしかしたら、ガシュ・イビセにハンリが行ってたのもその辺の事情があったのかもしれねえな)

 見事にその中には内通者がいたようだが。

 おそらく、今後は更に厳しい警備体制が敷かれるのだろうが、結局はいたちごっこになってしまうだろう。

 (ま、俺には関係ねえけどな)

 バスコルディアに戻れば、自分は賞金稼ぎ兼何でも屋に戻るだけだ。

 しばらくはハンリの護衛の報酬と、ジョシュアの依頼の報酬で自堕落に暮らすのだろうが、どうせそのうちにまた賞金首を狩ったり、ろくでもない依頼を受けて四苦八苦することになるのだろう。

 特に嫌だとも思わない。

 今まではそうしてきた。

 そして、これからも。

 「スカハリー、そして、シスター・アフレリレン。二人に頼みたいことがある」

 静かに、だがしかし、逆らうことができない威厳をこめてジョシュアはスカリーとマイディに尋ねる。

 頼みという形をとってはいるが、それは命令に等しかった。

 「……断る、なんてことは言えそうにねえな。まあ、一応はどんなハナシなのか聞かせてくれ。俺とマイディ、両方が首を縦に振るハナシであることを祈るぜ」

 スカリーの返しにもキレがなかった。

 「ハンリッサをバスコルディアに連れて行って欲しい。その上で身辺警護という形で二人をしばらく雇いたい」

 「ハンリちゃんを連れて行っていいのですか⁉ イタタ……」

 今まで死体のように黙っていたマイディが体を起こす。

 ついでに傷口が開いてしまって、新たな出血が起こる。

 だが、マイディはそんな痛みよりも、今し方ジョシュアの口からでた“頼み”のほうが重要だった。

 「そうだ。わたしが信用できるのはこのアーウィンだけだが、アーウィンにはわたしの世話がある。つまり、わたしの中ではカネで雇われる賞金稼ぎのような人間のほうが信用できる」

 痛がるマイディを気遣うこともなく、ジョシュアはスカリーから視線を逸らさない。

 質量さえ帯びていそうなその視線を受けて、スカリーは考える。

 (身辺警護、ねえ。誰も信用できねえから、カネで動く人間を使うっていうのは分からなくもねえ。だが、一見したらシスターのマイディならともかく、俺を雇う意味は何だ?)

 賞金稼ぎというのは一般的にはうさんくさい職業として見られている。

 元々貴族が接触するような職業ではない。

 だが、ジョシュアはそんな賞金稼ぎに重要な孫娘を預けるという。

 納得できるような、できないような奇妙なハナシだった。

 「……一つ聞かせてくれ。あんたはなんで俺達をそんなに買ってるんだ? しがない賞金稼ぎと、やりたい放題の破門済み教会のシスターだぜ? そんなのを信用するなんて、貴族サマのすることじゃねえと思うんだけどな。それにハンリの意思はどうなるんだ? 当主様っていうのは孫娘を大切な道具、ぐらいにしか思ってねえのか?」

 ちらり、とスカリーはハンリを見る。

 「……おじいさま、わたし、スカリー達についていってもいいの?」

 「そのつもりだ。もちろん、こちらから資金は送るし、二人には十分な報酬を約束しよう」

 なぜかハンリは乗り気だった。

 勘弁してくれ、という風にスカリーはかぶりを振る。

 四面楚歌状態になってしまい、どう打開したものかと考える。

 おいしい話であるのは確かだった。

 だがそれ以上に、ハンリをきちんと守り切れるという保証ができないのが痛かった。

 もししくじれば、待っているのはゴートヴォルクという五大貴族の権力そのものだ。

 ハイリスク・ハイリターンの賭けというのはスカリーが好むものではなかった。

 どう断ろうかとスカリーが頭の中をかき回していると、ジョシュアは一歩スカリーに近づいた。

 「ポールモート一族を狙った者の調査を約束しよう」

 瞬間、スカリーは拳銃を引き抜き、ジョシュアの頭に照準を合わせていた。

 ジョシュアとスカリーの間に立ち塞がるようにアーウィンが前にでようとする。

 だが、ジョシュアはそれを手で制する。

 「失礼した。だが、わたしが知っているのはポールモートの一族はうとまれていた。そのために、大規模な殲滅作戦が行われた、という事実だけだ。資料も破棄されているものばかりで真実を知ることは容易ではないが、ゴートヴォルクの情報網に引っかかるものもあるだろう。それを全てスカハリー・ポールモートに提供することを約束しよう」

 ハンリが見たこともないような怒りに満ちた表情をしていたスカリーはなんとか普段の軽薄そうな顔に戻る。

 ゆっくりと、拳銃をホルスターに戻す。

 「……いいぜ。アンタのハナシに乗った。俺とマイディはバスコルディアでハンリを護衛する。アンタは俺達にカネと、俺には情報を提供する。そういうことだな?」

 「感謝する」

 拳銃を向けられたというのに、ジョシュアは恐れを微塵も見せないままで短く礼を言った。

 「マイディ、おめえもいいな?」

 上体を起こしたはいいものの、そこから動けなくなってしまっているマイディに尋ねる。

 「分かりました。いいでしょう。司祭様にはわたくしから話を……ん? そうだ、ご当主さん、ハンリちゃんをバスコルディア教会のシスターとして保護してもいいですか?」

 唐突にマイディはそんなことを言い出す。

 「かまわない。元々ハンリッサは敬虔けいけんな神の信者だ。特に問題はあるまい」

 (実情を知らねえから言えることってのはあるもんだな)

 スカリーは心の中だけで突っ込む。

 一方、マイディは痛みを忘れたかのようにだらしない顔をしていた。

 「ふふふ……ハンリちゃんがシスターの格好をしてるのを見てみたかったのです」

 欲望が漏れていた。

 だが、三人ともが同意したので、ハンリはバスコルディアへとおもむくことになった。

 ある者は自由都市と呼び、ある者は無法都市と呼ぶ。そんな都市、バスコルディアに。






 バスコルディア教会。

 尼僧服に身を包み、教会前の掃き掃除をしていたハンリは向こうからやってきたスカリーの姿を認めると、持っていたほうきを地面に置き、駆けだした。

 「おはよう、スカリー。今日は早いんだね」

 「ああ、昨日の晩から西区のほうでどうにもきな臭い動きがあるらしくてな。俺にお鉢がまわってきた。で、それなりに報酬もいいからドンキーのヤツも一枚噛まねえかと思ったからよ」

 盗賊シバキから戻ってきたバスコルディア教会の司祭の名前を出して、スカリーは教会に入ろうとする。

 だが、ハンリによって袖をつままれ、その歩みは止められた。

 「なんだよハンリ? 言っとくがおめえは絶対に連れて行かねえし、マイディも連れて行かねえぞ。わざわざ危険な場所におめえを連れて行くわけにはいかねえからな」

ふるふるとハンリは首を横に振る。

 「違うのスカリー。今日の朝、マイディがわたしのベッドで寝てたから司祭様がお説教してるの」

 「何やってんだ、あのバカ」

 ドンキーの説教が始まってしまったのならば、教会が爆破でもされない限りは止められないだろうとスカリーは考え、一人で行く事に決める。

 教会に背を向けて、そのまま来た方角に帰ろうとするスカリーは足を止める。

 「?」

 ハンリはなぜスカリーが足を止めたのかが分からずに首をかしげる。

 「なあ、ハンリ。おめえは自分の事をどう思う? 宝石人ジュエレテなんかと話せなかったらこんなことにはならなかったのに、とか考えねえか?」

 「そんなことないよ。だって、スカリーにもマイディにも会えたんだもん」

 にこりと笑ってハンリはそう答えた。

 「そうか」

 どこか満足げな笑みを浮かべて、スカリーは再び歩き始めた。

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