剣弾は肉を裂く

 「わたしの追っ手?」

 「そうでしょうね。思ったよりも早く追いつかれてしまいました。スカリーが馬車で行く、だなんて言い出すからですよ?」

 不安そうにマイディに尋ねるハンリに対して、にこやかに答えながらマイディはスカリーに責任転嫁をする。

 「おめえが今日はまともなベッドで寝たいって駄々こねたんだろうが。忘れてんじゃねえ」

 警戒を怠らないまま、スカリーがマイディに反撃する。

 とはいうものの、スカリーもマイディも本気で言っているわけではなかった。

 ただ、なぜこんなにも早く見つかってしまったのか、ということを考えていた。

 (俺たちがトモミスにやってくることを知っていて罠を張っていた? あり得ねえ。そんなことできるんなら途中で襲う方が確実だ。わざわざ町の中で襲ってくることはねえ)

 「偶然見つかったにしては都合がよすぎる。となると……」

 「ハンリちゃんは元々、このトモミスで受け渡しをされる予定だった」

 スカリーが出そうとしていた結論をマイディが先取りする。

 しかし、スカリーは動じずに続ける。

 「そういうこった。そして、その受取係はハンリを運んできたのが盗賊どもじゃなくて、賞金稼ぎとシスターだったから、取り戻すために大慌てで夜襲の準備を整えた、っていうところか」

 つまり、今襲ってこようとしているのは追っ手ではなく、受取係だということだ。

 追っ手ではないということにスカリーとマイディは少しばかり安堵する。

 荷物、というかハンリを受け取るのに大きな戦力を用意しているとは思えない。

 敵は単独、もしくは少数である可能性が高い。

 ハンリを守りながら戦うのならば、必然的に攻撃に回るのは一人になる。

 大勢ならともかくとして、相手が少数ならどうにでもなる。

 スカリーとマイディはそう考えていた。

 相手に計算外があるのならば、つけいる隙がいくらでもある。 

 敵を撃破し、そのままトモミス自体を脱出するのがこの場合は最善の策に思えた。

 「とりえず、もうここからは出るしかねえな。他を巻き込むことになっちまったら寝ざめが悪い」

 「仕方ありませんね。馬車は一階の馬小屋でしたか?」

 「ああ、馬どもは寝てるだろうから起こしてやれ。そっとな。暴れられると厄介だ。……と、来やがった」

 窓から外を見ていたスカリーが拳銃を抜く。 

 外にはぽつぽつと灯りが見えていた。

 妙だな、とスカリーは考える。

 少数ならば灯りなどは必要ない。むしろ見つかりやすくなってしまい、少数の利点が殺されてしまう。

 それに、灯りの数は十数個ほど見えていた。

 「おい、マイディ。ちょっと見てくれねえか。夜目はおめえのほうが利くだろ」

 「なんですか? 相手に美少女か美少年でもいましたか? だったらわたくしが導いて差し上げますが」

 「人さらいなんぞよりもおめえのほうが恐ろしいな」

 軽口をたたきながらマイディは窓に寄る。

 そして、窓から外を見下ろして、灯りのほうに視線をやる。

 「あら、ゾンビ。まだ動きが滑らかですから殺したてのヤツみたいですね」

 なんでもないようにマイディは言う。

 ゾンビ、という単語にハンリはぶるり、と身を震わせる。

 「ゾンビかよ……自然発生とは思えねえし、その上に、灯りまで持ってる。つーことは、少なくとも一人は死霊術師ネクロマンサーがいるってことか」

 「でしょうね。まあ、ゾンビなんて物の数ではありませんけど」

 マイディは尼僧服の下から、隠し持っていた山刀を二振りとも抜く。

 「わたくしが蹴散らしてきます。スカリーはハンリちゃんの護衛を頼みます」

 「神の奇跡でどうにかできねえのかよ」

 ゾンビのようなアンデッドには神に属する魔法が非常に有効である。

 本来ならばそういった神聖魔法はシスターや司祭の得意とするものである。

 「わたくし、神聖魔法は使えません」

 「肉体派過ぎるだろ、シスター」

 「なんとでも言ってください。魔法使うよりもぶった切ったほうが早いのだから、わたくしはそうします」

 勢いよく窓を開けてマイディは外におどり出る。

 スカリーたちが泊まっていた部屋は二階だったのだが、なんの危なげもなく着地する。 

 「さあ、おいでなさい迷える子羊。わたくしが神の御許みもとに送ってあげます」

 あかい瞳でゾンビの群れを捉えながら、マイディは獰猛な笑顔を浮かべた。

 獲物を狩るときの肉食獣を思わせる動きでマイディは駆けだした。

 


 「よし、ハンリ。俺たちは馬車の用意だ。マイディがゾンビ共を片づけて戻ってきたらそのままトモミスから脱出する。これ以上ここにいるのは危険だ」

 ハンリが着替えている間に手早く荷物をまとめながらスカリーがこれからの行動を説明する。

 淡々としているスカリーに対して、ハンリは少しばかりの憤りを覚えた。

 「スカリーはマイディのことが心配じゃないの? ゾンビの群れだなんて一人でどうにかできるものじゃ……」

 「できるさ。マイディならな」

 あっけらかんとスカリーは答える。

 「なんでそんなことわかるの?」

 詰問に近いハンリの問いに対して、スカリーは部屋のドアを開けながら答えた。

 「わかるさ。俺もアイツも潜った修羅場はそれなりにある」

 廊下に誰もいないことを確認して、スカリーがハンリに出てくるように手招きする。 

 「それに、数百匹のトロール退治した時のほうがよっぽどやばかったからな」



 マイディの横薙ぎの一撃でゾンビの上半身と下半身が別れる。

 その後ろから別のゾンビが襲い掛かってくるが、回転するマイディはもう片方の山刀でその首をはねる。

 掴みかかろうとするゾンビには強烈な蹴りを打ち込み吹き飛ばすと、そのまま囲もうとするゾンビを片っ端からぶった切っていく。

 基本的にはアンデッドには物理的な攻撃は効果が薄い。

 生物と違って、その肉体の損傷が激しくとも活動できるからだ。

 失血死の恐れもなく、頭を潰しても活動できる。

 本来ならば、魔法、もしくは爆薬などで跡形もなく吹っ飛ばすのが正解である。

 しかし、マイディは動けなくなるぐらいにバラバラにする、という選択をしていた。

 首をはねる。胴体を両断する。脚を切断する。

 地面に落ちたパーツは隙を見ては踏みつぶす。

 質量に任せて叩き切る山刀は肉を裂く、というよりも潰すようにして、人体をばらばらにしていた。

 灯りの数からみて、ゾンビの数は数十体はいたはずだが、今、マイディに向かってきているゾンビは十体を超えるか超えないか、という程度だった。

 ほんの数分でゾンビの群れはその数を減らしていた。

 袈裟懸けにしたゾンビの後ろから違うゾンビが襲ってくる。

 マイディは身を沈めると、地面を削るように足で弧を描く。

 足を払われたゾンビは受け身を取れずに地面に倒れ、マイディの踵で頭を潰された。

 三体のゾンビが同時に襲い掛かってくる。

 前と、右と、後ろ。

 迷わずにマイディは前のゾンビに突進する。

 掴みかかろうとする腕を躱し、襟首をつかむ。

 「必殺、ゾンビ投げ」

 適当につけた技名を披露しながらマイディは後ろのゾンビに襟首をつかんでいるゾンビを投げつける。

 それなりの質量を持っている物体が衝突すれば、当然、生まれる衝突エネルギーも大きくなる。

 絡まるようにして吹っ飛んでいくゾンビのほうは見ずに、マイディは残りの掃討にかかる。

 残りのゾンビは七体だった。



 馬小屋に到着したスカリーとハンリは馬を起こして、馬車を出す準備をしていた。

 幸いにも馬車はすぐに出せるようにしてあったので、とどこおりなく準備は終わった。

 「ハンリ、荷台に乗れ。マイディを拾いに行く。あと、トモミスを出るまでおめえは顔を出すな」

 「う、うん」

 多少、スカリーに圧倒されながらもハンリは素直に指示に従い、荷台に乗る。

 御者台に乗ったスカリーが手綱でぴしゃりと馬をたたくと、馬車は動き出した。

 


 マイディの山刀がゾンビの頭から股間までを真っ二つにする。

 一刀両断にされたゾンビは立ち上がることも、這いずることもできなくなり、ただうごめくだけの肉塊と化した。

 マイディは辺りを見渡す。

 とりあえず、立って歩いているゾンビはいなくなっていた。

 その代わりに、地面や壁には肉片や血が飛び散り、さらにはまだ大きなパーツのゾンビの中には少しずつ動いているものもあった。

 「片付いたみたいですね」

 足元のぴくぴく動いているゾンビの腕を踏み千切りながらマイディはひとりごちる。

 「マイディ、片付いたか?」

 からからと車輪の音を響かせながらスカリーとハンリが乗った馬車がやってきた。

 「あら、スカリー。ちょうど終わりました。さ、行きましょう。このままだと更に犠牲者が増えてしまいます」

 「犠牲者? なんのこった?」

 「この方たちはわたくしたちと同じ宿に泊まっていた方々です」

 マイディは途中から気づいた。

 首をはねた長い髪のゾンビは、五歳になる子供を親戚に預かってもらってトモミスにやってきた女性だということに。

 四肢を切断してそのまま背骨をへし折ったゾンビはマイディたちに夕食を作ったおかみさんだということに。

 他のゾンビたちも、恐らくはそうなのだろう。

 会っていない人間もいるが、たまたま顔を合せなかっただけなのだろう。

 つまり、マイディたちがいたあの宿に人の気配がなかったのは、殺され、その遺体を元にゾンビにされてしまったからなのだった。

 「……やり口がえげつねえな。自分は手を汚さずに、一般人にやらせようってか」

 「ええ、犯人はきっちりと仕留めないといけません」

 スカリーは帽子で目を隠すが、その瞳の奥には静かに怒りの炎が燃えていた。

 優雅な動作でマイディは御者台に座る。

 「おいおい。荷台に行かなくていいのか? こっちにはくたびれたおっさんしかいねえぞ」

 「まだ何が仕掛けられてくるのか分かりませんから、わたくしもこちらにいたほうがいいでしょう。それに、今のわたくしはちょっと怒っていますから」

 「そいつはおっかねえな」

 スカリーが馬車を出そうとした時だった。

 「あ、あんたら無事だったのか⁉ 何があったんだ? 俺の宿はどうなったんだ?」

 息を切らして中年の男性が路地から現れた。

 すでにスカリーは拳銃を引き抜いて男性に向けており、マイディも飛び掛かるために身を沈めていた。

 「あら、ご主人ではありませんか」

 「ああ、そういやそうだな。悪い」

 男性はスカリーたちが宿泊した宿の主人だった。

 受付の時に顔を見たので覚えていた。

 素早くスカリーは拳銃をしまい、マイディは元のように座り直す。

 「……何があったんだ? 教えてくれないか」

 スカリーとマイディの反応から何かを悟ったのか、男性は沈痛な表情で尋ねる。

 「あんたの宿の宿泊客と従業員が襲われてゾンビにされた。とりあえずはどっかに隠れてな」

 簡潔にスカリーは説明する。

 その説明に男性は絶句する。

 「……嘘だ。そんな……なんで……」

 うつろな目でそんなことを呟く。

 「混乱するのはわかるが、今は隠れてろ。そのうちに収まる」

 ややもすれば冷淡ともとれる口調でスカリーは告げる。

 「……あんたら一体なんなんだ? 何を知ってるんだ? 教えてくれ! 俺の家内や娘はどうなったんだ⁉」

 「今は説明してるヒマは……ちっ、来やがった」

 スカリーは何かの気配が現れたことに気付く。

 「マイディ、こっちは頼む。俺が戻れそうになかったらハンリを連れて町から脱出しろ」

 言うが早いかスカリーは御者台から降りて、気配があった方に向かう。

 残されたマイディはとりあえず、男性に向かってにっこりと笑った。

 


 マイディがゾンビの群れと戦った主戦場。

 さっきまで肉片が飛び散り、血がぶちまけられていたそこには黒いローブを来た人物と、巨大な肉塊だけがあった。

 黒いローブを着た人物はフードを下ろして、顔が見えない。

 肉塊のほうは徐々になにかの形をとろうとしているようだった。

 迷わずスカリーは発砲する。

 耳をつんざくような音と共に射出された弾丸は、肉片から伸びた木の幹のように太い腕に阻まれた。

 思わず舌打ちが漏れる。

 初撃をしのがれてしまったことは痛かった。

 基本的にはスカリーの戦法は一撃離脱である。

 そして、銃弾は人間サイズの生物には有効だが、あまり大きなサイズの生物に対してはあまり有効ではない。

 黒ローブのほうはともかく、肉塊のほうが動けるということは厄介であった。

 「お前は死んでもらおう」

 黒ローブの一言で肉片が激しく脈動し、変形が早まる。

 銃声バン。銃声。

 黒ローブの人物に二発発砲するものの、肉片が覆いかぶさるように守る。

 「屍骸の集合兵ミーティック・ギガント

 その言葉で肉塊が方向の定まった変形を始める。

 足が生え、腕が生え、潰れた球体のようだった肉塊は巨大な人型になっていた。

 軽く十メートルはありそうなソレは、北の凍土に住むといわれる巨人族よりも巨大だった。

 (黒ローブのヤツはあの中で操ってるってところか)

 肉塊が巨兵に変形した後に黒ローブの人物は姿を消していた。

 そこからスカリーは推測する。

 巨兵が動き出す前に弾倉に残っている弾丸を発射する。

 膝に一発。頭部らしき場所に二発。

 着弾こそしたものの、どちらも効いているようには見えなかった。

 (相手がデカすぎる。四四口径じゃ無理だな。せめて散弾銃ぐらいじゃねえとアイツには豆鉄砲だ)

 弾丸を撃ち尽くしたスカリーは素早く物陰に隠れる。

 同時に弾倉をスイング・アウト。

 空薬莢を捨てる。

 (あんだけデカいとマイディの山刀も効くかどうか。となると、使うしかねえな)

 スカリーは通常の弾薬を入れているポーチではなく、ベルトに差している弾薬を装填する。

 ずん、という地鳴りのような音が響く。

 巨兵が動き出したのだということを察知して、スカリーは物陰から飛び出す。

 緩慢かんまんな動作で肉の巨兵がスカリーの方を見る。

 「ちっぽけなその拳銃で何ができるのだ? ふん、愚か者め」

 あざけるような声が肉の巨兵から響く。

 「さあな。だが、人生何が起こるのかはお楽しみ、だろ?」

 スカリーは銃口を肉の巨兵に向ける。

 銃声。銃声。銃声。銃声。銃声。

 五連射によって、肉の巨兵に弾丸が叩き込まれる。

 だが、まったく効果は見られない。

 ゆっくりと、しかし確実に巨兵はスカリーに近づいていく。

 「アリめ。自身の力量も知らずに出てくるとは。愚かもここに極まれり」

 「そうかい? 言ったろ、何が起こるのかはお楽しみ、ってな。剣弾ソードバレット、スラッシュ!」

 何かを斬るようにスカリーの左手が横に振られる。

 同時に肉の巨兵の五か所が切断される。

 両肩、両膝、そして胴体の中心。

 そこがスカリーの声に反応するかのように完全に切断された。

 「なにぃ⁉」

 四肢を失った巨兵は地面に落ちる。

 無造作にスカリーは地面に落ちてもまだ動いている胴体の上半分に近づく。

 「……こっちか。おい、おとなしく出てこい。出てこねえならこのままぶっ殺す」

 もぞもぞと動いていた肉塊はやがて動きを止め、その中から黒ローブの人物が浮き上がるように出てきた。

 スカリーは銃口を黒ローブの胴体にくっつける。

 「吐きな。誰に頼まれた」

 黒ローブの人物は口をつぐんだまま、何も言わない。

 「……依頼人は裏切れないってか。いや、それとも何かの組織の人間なのかもな。だが、よく考えたほうがいいぜ。今、おめえの生殺与奪権は俺が握ってる」

 ぐりぐりと銃口を胴体に押し付ける。

 それでも黒ローブは何も言わない。

 スカリーはため息を一つ吐くと、そのまま引き金を引いた。

 背中側から派手に血と肉片を飛び散らせて、黒ローブは倒れた。

 「……ったく、あと十二発しかねえな。虎の子だっていうのによ」

 クルリと背中を向けたスカリーに、倒れた黒ローブの持ち上げた腕が向く。

 黒ローブは死んでいなかった。

 元々、死霊術師は肉体が人間のものではなくなっていることが多い。

 この黒ローブも例外ではなく、臓器はほとんど機能しておらず、生物の精気を吸収して活動していた。

 よほどの損傷を受けない限りは活動を停止することはない。

 心臓部を撃ち抜かれたことはたしかにまずかったが、すぐに処置すれば問題はなかった。

 (やはり貴様は凡愚ぼんぐよ! このまま心臓を握り潰してくれる!)

 黒ローブが魔力を集中しようとした瞬間、スカリーは呟いた。

 「剣弾、スラッシュ」

 同時に黒ローブは縦に真っ二つになっていた。

 最期まで黒ローブにはスカリーが何をしたのかが分からなかった。

 疑問を抱いたまま、黒ローブは死んだ。



 「スカリー、あちらは片付いたのですか?」

 馬車にスカリーが戻ると、暇そうにしているマイディが御者台に座っていた。

 あと、顔を真っ青にしている店主もいた。

 「ああ、剣弾使っちまったけど、きっちり殺した」

 軽い調子で返すと、スカリーは御者台に座る。

 馬車を出そうとしたところで宿の店主が馬車の前に立ちふさがる。

 「おいおい、オヤジさん。そこをどいてくれ」

 「いや、どけない! 何があったのか説明してもらうまでどかないからな! あんたら一体何なんだ!」

 立ちはだかる店主の形相は鬼気迫るものがあった。

 スカリーとマイディはその形相からあることを確信する。

 「なあ、オヤジさん。その前に俺からも訊かせてくれ。客だけじゃなく女房までゾンビにして、そこまでしてアンタがやらなきゃいけなかったのか?」

 店主の顔色が変化する。

 スカリーはそれを知りながらも、続ける。

 「人としてどうのこうの説教垂れるつもりはねえ。だが、俺には分からねえんだ。ちゃんと店を切り盛りして、女房はいて、客もそこそこ入ってる。裏の顔もアンタの顔なんだろうが、それでも、表の幸せを全部ぶっ壊してまでやらなきゃならなかったのか?」

 「な……何を言っているんだ、あんた」

 「簡単なこった。宿の人間をわざわざぶっ殺してゾンビにする、なんて面倒くさいことした理由だよ。そのまま襲ったほうが早いじゃねえか。ゾンビを準備するためにしてもわざわざ俺たちのいる宿でやる必要はねえ。なら、何でそんなことした?」

 「そうですね、わたくしはこう考えます」

 スカリーの質問に店主ではなくマイディが答える。

 「ハンリちゃんを受け取る人間は二人。そのうちの一人はこのトモミスでの拠点の確保。もう一人が裏工作担当だったのでしょう。そして、その二人はハンリちゃんを受け取るはずが、盗賊ではなく、賞金稼ぎと絶世の美女のシスターがやってきたことに仰天ぎょうてんする。予定外のことに、ハンリちゃんを奪うために戦力が必要だったのものの、それには材料が足りない。ゆえに、自分が簡単に調達できる材料を使った、というわけです」

 店主の顔色は蒼白になっている。

 それでも、馬車の前からどこうとはしなかった。

 ぽりぽりとスカリーは頭をかく。

 やがて、面倒くさそうに店主に言った。

 「あの黒ローブを待ってるんなら無駄だぜ。あいつにブチ込んだ剣弾っていうのは『切断』の魔法の一種だ。肉体だけじゃなくて霊体も一緒に斬る。人間辞めてても有効だ。モロに食らったから、今頃地獄に行ってるだろうな」

 ある意味無慈悲なスカリーの言葉に、店主はくずおれる。

 意味を成さない声が、店主の喉の奥から漏れていた。

 「どうする? マイディ」

 「神のもとに送ってあげるのがいいでしょう。まあ、行けませんけど」

 「だな」

 銃声。

 額に風穴を開けられた店主はゆっくりと後ろに倒れた。

 スカリーはそれを避けるようにして、馬車を出し、そのままトモミスの出入り口に向かった。

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