第3話いきなり

柊木神楽が転入してから二週間が経過しようとしていた。

転入初日は周りからはかなりちやほやされていたが、今ではすっかりなくなった。

それはクラスに溶け込んだという意味ならいい意味なのだが、別段そういう意味でもない。

その理由は、全く別なのである。

「柊木ちゃ〜ん!今日もかわいいねぇー!よかったら俺と遊ばないかい?」

と、北条が聞けば容赦無く拳でアッパーを決める。

こんな風に近づくものすべてを跳ね返す。これまでいくつもの男たちがアタックしてきたが、その全ての男たちが秒殺された。

小さな体から感じるその圧力。まるで肉食獣のよう。

そんなオーラを纏う柊木にいつしか誰も近づこうとしなくなっていた。

「仁〜、またぶっ飛ばされちゃったよ〜」

「お前もよくやるよなぁ、これで何回目だよ」

「さっきので24回目だぞ!」

このクラスでは今の所唯一、北条のみが毎日、毎日、柊木にアタックしている。そして、その度に負けて帰ってくる。

「仁、今日は暇か?」

「ん?なんで?暇だけどなんかやんの?」

「駅前に新しいラーメン屋できたらしいから行ってみないか?」

「ラーメン屋くらい一人で行けよ」

北条は俺の肩に腕を組む。

「別にいいだろぉ〜、トッピングくらいなら奢ってやるからさ」

俺は、一度ため息をついて。

「わかったよ」

そう答えた。



「いや〜、美味かったな〜。やっぱり食いにきてよかったろ?」

「まぁな、最近ラーメン食ってなかったから、いつも以上美味く感じたわ」

「そんじゃあ、じゃあな」

北条が手を振ると、俺も手を振った。

「おう、じゃあな」

北条と別れると、あとはそのまま家に帰るだけである。

最近、寄り道なんてしてなかったから、日が沈んでから家に着くなんて久しぶりだ。

四月とはいえ、まだ少し寒い。

そろそろ暖かくなってきてもいいんじゃないか、と思うがなかなかそうはいかない。

ポケットに両手を突っ込み、はぁ、と白い息を吐く。

肌寒い春の夜の中、歩いてようやく家の近くの公園までついた。

ここの夜桜はとても綺麗なのである。

もう少し、見ていようかな。

そう思って、公園のベンチに腰掛けた。

風情がある、なんて少し年寄り臭いけど、まさしくその通りである。

さて、そろそろ帰るか。そう思って立ち上がると、ものすごい勢いで走ってる女の子がいた。

どこかで見たことがある、そんな気がする。見覚えのあるシルエット。その女の子は夜桜の下の街灯に照らされてその正体を明かした。

「…柊木?」

「…!?」

柊木は何かに驚いたような様子で俺を見た。だが、それ以上に何か慌てているような様子で周囲を警戒している。

そして、何か決心したような表情で俺を見た。

俺は自然と一歩後ろに下がってしまう。なんだかとって食われてしまいそうな、とにかく逃げろ、と本能がそう言っている。

だが、もう遅かった。

「ねぇ」

「はい」

「追われてるの、少しでいいからあんたの家でかくまってくれない?」

「追われてる!?なにに?ってか、俺の家くるの?」

「そうよ!早く案内しなさいよ!追っ手が来ちゃうでしょ」

俺は言われるがまま、柊木を我が家まで案内した。

「…はぁはぁ、これでいいのか?」

柊木はなにも答えない。

柊木は居間の座布団の上に座った。

そして、じっと動かない。

とりあえず、お茶をだすことにした。

「…どうぞ」

柊木にお茶を出すと、ちらりと俺を見てお茶を飲んだ。

そして、湯呑みを机の上に置く。

「…不味い」

「…お前、人の家に勝手に入れろとか言って、お茶まで出してやったのに、不味いってなんだよ。返せ!俺の親切な心を返せ」

柊木はそっぽ向いて言う。

「別に頼んでない」

つくづく、癪に触る女である。

「ところで、お前いつまでいるわけ?あんまり遅いと家の人に迷惑じゃねぇの?」

柊木は黙り込む。

視線を下に下げて改を合わせようとせず、ただ黙り込む。

そして、俺を見て、はぁ、とため息をつく。

「家出したのよ」

「はぁああああああ!?」

「なによ。そんなに驚くこと?」

「そりゃ、驚くに決まってんだろ。それだったら、絶対早く家に帰っほうがいいって、何より…その…男の家に上がり込んでるってことが一番まずいって言うか…その…」

「仕方ないじゃない。たまたまそこにあんたしかいなかったんだから、あとそれと、今夜はここで私寝るから」

いやいやいやいや、ちょっと待て、この女はなにを言っているんだ?

家出して、逃げてる最中にクラスメイトの男の子の家に上がり込んでしかも泊まろうとしてるのか?

流石にまずい。

「いや、さすがにそれはだめだろ!」

「なんで?なにがだめだって言うの?」

「そりゃその…高校生が同じ屋根の下で寝るって言うのは色々とまずいって言うかな、うん」

「そこは大丈夫。別に私、あんたのことなんてなんとも思ってないから」

あ、そうですか。

そうでしたか、心配した私が馬鹿でした。

「とにかく、今日はもう寝るから布団どこにあるか教えてもらえる?」

「ねぇよ、布団なんて。そもそもこの家、俺しかいないし俺のやつしかないよ」

「じゃあ、あんたのでいいからその布団で寝るわ」

「え?ちょっと?待ってください」

柊木はづかづかと俺の部屋に入り布団に入って眠ってしまった。

とんでもない女だ。俺は、その日は眠ることができなかった。




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