嫉妬
無事春日井邸から脱出した俺は夜特有のヒンヤリとした心地いい空気を肺一杯に吸い込んで深呼吸、未だドキドキは止まらない。しかしキスの余韻に浸っている暇もない、何せ春日井邸の隣は俺の家、そしてそこには姉がいる。
「どんな顔して会えばいいのやら……」
空を仰いでため息をつく。覗き見してたなんて口が裂けても言えない、結局は知らないフリするのが一番簡単なのだ。
「なんか複雑だな……」
嫌っていた姉からのブラコン発言、そしてそんな姉に彼氏ができるかも知れない、そんな事実に俺は今大変複雑な感情だ。
そんな風に考え事をしながら、自分の家の扉の前で立ち尽くしていると、
「お邪魔しました……ん? アレ、弟君?」
扉が開き、そしてそこから出てきたのはなんと、例のイケメンであった。
「な、なんで?」
「さっきまで遊びにきてたんだよ、んで今は帰るところ」
にこりとイケメン顔で微笑みながらイケメンは言う、そんなイケメンに対し俺の反応はこうだ。
「ち、チーッス……」
オドオドしながら頭を軽く下げて俺なりの挨拶、そんな俺にイケメンは、
「ちょっと話していかないかい? 確か近くに公園があったと思うんだけど……」
「は、はい? 話し、ですか?」
一体俺になんの話だろうか? もしかして呼び出しというやつなのか? 公園に着いた途端にヤンキーグループ数人にリンチされるとかそういうオチ?
「あはは、そんなに警戒しなくてもいいよ、ただ話しするだけだから」
警戒? あぁ、どうやら知らずのうちに俺は身構えていたらしい、気がつけば拳を硬く握り、その中にはジワリと手汗が滲んでいた。
そしてそんな態度と俺のヤンキーみたいな容姿も相まって、
って自分でヤンキー見たいって言っちゃうのかよ。
「わ、わかりました」
別に断る理由なんて物も無かった俺はイケメンの提案に頷いた。公園に向かってる際、自分がどこかホッとしていることに気がついた、恐らく無意識に家に帰ることを拒んでいたようだ、
……反抗期のヤンキーか。
********
公園にはすでに陽が沈んだ事もあって誰もいなかった。いるのは俺とイケメンのみ、公園内部に存在する自動販売機で買った暖かいコーヒーを手に握り、ベンチに二人腰掛ける。
因みにコーヒーはイケメンの奢り。
「弟くんはさ、お姉ちゃんのことどう思ってるの?」
イケメンは微糖のコーヒーを一口煽った後、俺にそう問う、イケメンはどこか遠くを見ながら、ホッと息を吐いた。
「……特に何とも思ってませんよ」
対する俺も無糖のコーヒーをズズっと啜り、ホットコーヒーを飲んだ後にホッと息を吐く、ホットだけに。
「でも弟くんのお姉ちゃんはそうは思っていないみたいだけど?」
「もしそうだとしても、きっとそれは俺への罪滅ぼしですよ……」
そう、実を言うと姉がブラコンになってしまった理由には何となく心当たりがある、しかしそれを今ここでは言うまい、
「罪滅ぼし、か」
「それが何か?」
「いーや、それで、君は姉が嫌い、というか許せないのかい?」
イケメンは初めて俺の瞳を見てそう問いかける、その瞳にはどこか怒りが見える、
「い、いや、そんなことはないですよ……まぁ、何でお前だけ、って思うことは割とありますけどね」
「はは、そう思うのも頷けるね」
「俺にとって姉はライバルみたいなものでしたから」
「ふーん、今は? 今弟くんにとってお姉ちゃんはどんな存在なのかな?」
なんだか取り調べされている気分になる、恐らくイケメンは俺から自分が求める真実を知りたいのだろう、しかし俺にとってイケメンは他人だ、だから深く語る気は一切ない。
「……敵、みたいなもんですかね」
「敵とライバルってそんなに変わらなく無いかな?」
イケメンは苦笑いしてコーヒーに口をつける、それに釣られ俺もコーヒーを煽る、
そして一息ついた後で、
「ライバルってのはお互いが認識するものでしょう、でも、姉は俺をライバルだなんて微塵も思っていなかった、俺の一方的な感情なんですよ、だから敵です」
ハッキリと、俺はイケメンにそう言った。そして俺は笑う、
「俺はいずれあの姉を陥れてやりますよ、必ずね」
そんな俺の呟きに対し、イケメンは、
「それじゃ、弟くんと僕はライバルな訳だ、いや、弟くんの言葉を借りるなら、弟くんは僕の敵、ってことになるのかな?」
「は、はい?」
「さて、僕はそろそろ行くよ、あ、自己紹介を忘れたね、僕の名前は工藤薫、一応弟くんの一つ先輩ということだけど、気軽に薫、でいいからね」
それだけいうとイケメン、もとい薫さんは何処かへ行ってしまった、謎の言葉を残して、残された俺は誰もいない公園で一人、モヤモヤしながら残りのコーヒーを飲み干した。
********
「た、ただいまー」
恐る恐る、と言った調子で俺は玄関へと踏み込む、現在の時刻は九時を回っており、我が家の夕飯は二時間前に終わっている、しかし外から観るとリビングの電気は着いていたのでまだ家族はリビングにいるのだろう。
これまた恐る恐るリビングの扉を開けると、中には、
「あら、不良弟のおかえりね」
「た、ただいま……」
リビングのソファーに寝そべりながら仏頂面の姉が待ち構えていた。リビングを見渡しても両親は見当たら無いことから、恐らくは二人とも残業なのだろう。
「どこ行ってたのか、誰と会ってたのかは後で聞くけど取り敢えず作ったご飯食べちゃってね」
「あ、あざす」
なんだか足音を立てることすら恐ろしくて忍び足でキッチンへと赴き、冷蔵庫から野菜ジュースを取り出してコップに注ぐ。流し台に二人分の食器が置いていたことには気づいていたが、聞く気にはなれず、そのままテーブルに着く。
「………頂きます」
今日の夕食はナポリタンで、味は文句なしに美味しかった。容姿端麗、文武両道、質実剛健。オマケに料理上手の姉とか恐ろしすぎる。
するとポツリと姉が、
「明日、買い物に付き合ってくれたら今日の事チャラにしてあげてもいいわ」
テレビに視線を向けたままそう言う姉は何んだかんだ優しい。
「了解」
俺がそういうと姉は満足したのかテレビを消してリビングを出て行ってしまった。
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