連行

「これは由々しき事態だ!!!!」

「さっきから何回目だよそのセリフ……」


 現在の状況を簡潔に説明すると、春日井邸ナウ。

 以上、


 なんて風な説明で終われたらいいのだがそうもいかない、詳細はこうだ、姉の告白現場覗き見、そして颯爽と現れた春日井マドカ、そんでもって放課後強制連行、んで現在。


「ボクのカザネが……あんなイケメンごときに」


 猛犬のごとく唸り出す春日井だったが、別にまだ姉とイケメンが付き合うと確定したわけでは無い、昼休みの告白の結果は保留となっている。


 だったらそんなに唸るほどでも無いと思うのだが、何せあの姉である。誰もが断るに違い無いと確信していた中でのまさかの保留。

 そりゃ誰でも驚く、因みに覗き見の最中フラリと現れた春日井は隣で歯ぎしりをしながら、『す、……スクープ、だよね☆』と、つぶやいていた。


 それにしてもこの部屋は居心地が悪い、何が悲しくて自分と姉の写真が壁一面に貼り付けられた部屋に居なければいけないのか。


「俺もう帰っていいい?」

「拒否だ。これから作戦会議をする」


 ビシッと俺に指を突きつけまたもや唸る春日井、その顔にはもはや美少女としての面影はないに等しい。


「作戦会議って言っても何するんだ?」

「よくぞ聞いてくれた」


 春日井はそういうと、コホンと咳払いをした後恐るべき事を口にした。皆の集、心して聞け、


「タクトには姉との近親相姦を命ずる!!」

「アホかお前!?」

「これしか手がない……カザネの眼を覚ますにはこれしか無いんだよ!!」

「まずお前が一番目を覚ませドアホが!!」


 俺はマトモな言葉で春日井を諭す、しかしそれでもこの狂人は止まらない、止まらずにベッドに飛び込んで枕に向かって叫ぶ。


『あのイケメンぶっ殺す!! 変なスクープ写真撮って社会的に抹殺してやる!!!!』


 そんな美少女が決して吐いてはいけない言葉を枕にぶつけていた、そんなアレなセリフに身の危険を感じた俺は恐る恐る立ち上がり、部屋からの脱出を試る、しかし、


「……あれ、どこ行くのタクトくーん」

「おおっと、足が痺れたから足でも伸ばすかなー……何て」

「宜しい、許可する」


 俺は冷や汗を掻きながら足をほぐすフリをする、そんな様子を春日井はジト目で見つめていた。そしてほぐしまくって数秒後、春日井はまたもや変なことを言い出す。


「タクトは童貞なのかな?」

「……何を突然言い出しますかアンタ」

「いや、童貞だから近親相姦したくないのかな。と」

「と言うか童貞以前にもっと大きな問題がある事に気づけよアンタ」


 普通に近親相姦は常識的にアウトなんですよ、俺が童貞か否かは問題ではない。


「何で嫌なんだ? カザネは可愛いしスタイルだって完璧、オマケにいい声で鳴くよ?」

「何でいい声で鳴くことを知っているのかは聞かないでおく……」


 と言うか最早理由が何となく分かるから聞きたく無い。


「んー、じゃあ、ボクで練習するかい?」


 春日井は真顔でそう言った、その時俺は思った。『ありかも知れない』と、しかし俺に残されたほんの少しの理性がそれを止める。


「だ、ダメに決まってるだろ! お、お前だって好きでもない人と、そ、そのぉ、アレするのは嫌だろ」


 なんだか恥ずかしくて顔が熱くなる、おそらく今俺の顔は赤面しているだろう。

 しかし対する春日井は、


「うん、でもタクトの事は好きだからボクは構わないよ?」


 そんな風に真顔で言った、構わないと言う言葉の通り動揺は一切感じられない、それどころか、


「と言うかボクぶっちゃけタクトに抱かれたいよね」

「な、なに言ってんのお前……」


 本日二度目の危険を感じ、自分の体を抱きしめて後ずさる。春日井の顔は至ってまじだ、冗談の気配など一切感じられない。

 しかし、


「……でも、やっぱりダメかな。なんか悪いし」

「な、なにがだよ?」

「流石にこれは話せないなー、まだ」

「まだ?」


 そんな思わせぶりな言葉に、俺はなにも言えなくなった。そして春日井も気まずくなったのか顔をうつむかせている。時折金色の前髪の間から覗く青色の瞳には暗い影が映っていた。


「……話せる時が来たらタクトに話すよ」

「う、うん」


 そう言い返す事しか出来なかった、俺の返答に満足したのか、春日井は元の狂った春日井に戻ってしまった。そして、


「あの、イケメンはまじで殺す………」

「なんでそこまで怒ってるんだよ」


 怒りを通り越して最早狂い始めている春日井にそう問うと、春日井は、


「そりゃタクトとカザネが好きだからだよ」

「意味がわからない……」

「わからなくていいよ、まだ」

「またそれかよ、どんだけ言葉濁せば……」


 俺が言葉を言い切る前に、


「愛してるぜ? タクト」

「え、……」


 知らぬ間に近寄って来た春日井にキスされた。そして数秒思考がフリーズ。目の前の春日井は妖艶に笑う、キスされた俺はただそんな春日井を見つめていることしか出来なかった。


「エッチはダメだけどキスぐらいなら練習してもいいよ?」

「は、はい? ……き、キス、あ、俺今キスされて、春日井に、って……な、何しやがる!?」


 ようやく戻ってきた思考は回復したと同時に混乱を起こす、たった今キスされた唇に触れながら俺は部屋の扉を背もたれにしてしゃがみ込む、顔が暑い、体も暑い、とにかくヤバイ。


「……キスぐらいならカザネも許してくれるかな」


 そんな春日井の呟きなど聞こえる筈もなく、俺は純情乙女の様に両手で顔を隠して冷静になる様深呼吸。

 そして、


「い、今のはノーカンだ……今のキスは俺のキスにカウントされない!!」

「えー、ボクファーストキスだったんだけど……」

「そ、そんなの俺だって初めてだわ!!」


 カシャリ、シャッターの音。


「な、何撮ってんだ!?」

「んー、ファーストキスの記念?」

「だから今のは……」


「ボクのファーストキスはタクトで決まり!!」


 そう言って微笑む春日井は、変態で、異常で、悪魔だったが、紛れもなく息を飲むほどの美少女だった。

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