懇願

 よくある一軒家の扉の前、お互い幼い頃は良く遊びに来ていたこの家だが、今の俺にはこの家が魔王の城にも見える。

 まさか自身の切り札に首を締められるとは思ってもいなかった俺は隣にゆらりと佇む幽鬼のような姉を横目に魔王城の呼鈴を押した。


 押した後の数秒、俺は魔王にこれから挑む勇者の気持ちが少しだけ理解できた。

 それから出て来たのは、先ほどの暴挙など気にもしていない様子の春日井、ニッコリと笑いつつのご入場である。


「アンタ何してくれんのよ!!」


 そしてその首を両手でがっしりとホールドし、ブンブンと前後に揺らす姉を止め、いざ本題に。


「率直に言う、スクープにするのはやめて頂きたい!」

「うんいいよ!」

「何卒……って、え!?」


 予想外の反応に俺は困惑を隠せない。しかし隣の姉は春日井をジッと睨んだままである、すると春日井は「立ち話もなんだし入れば?」なんて軽い調子で行って来たもんで、俺は凡そ五年ぶりに、今や魔王城となった春日井邸へと足を踏み入れたのだった。



 ********



 春日井の自室に通された俺は部屋を見て驚愕した、何せその部屋は数多の俺と姉の写真で埋め尽くされていたのだから。

 俺はあまりの光景に目を丸くさせる、

 そして一言、


「ホワイ?」

「んま、そう言うことだよね」

「いやどうゆうこと!?」

「タッくん、この女に常識を求めてはいけないわ、

 ……それで、今度は何を要求するつもり?」


 もしや俺は今ただならないものを視認してしまったのでは? と、後悔してももう遅い、


「んー別にカザネとタクヤから貰うものももらってるしね?」

「いえ、貴方はそんな事で要求を呑むような女じゃないの把握済みよ」

「もう、カザネは、ボクはただ君たちが好きなだけだよ、君たちを見ていると創作意欲が湧くしね」


 何故だろうか、今俺の目の前で繰り広げられているこの会話は途轍もなく嫌な予感しかしないんだが。

 そして俺は部屋の至る所に貼り付けられた写真を見てある事に気づく、

『……なんか俺の写真多くね?』

 と、

 姉の写真もあるにはあるが、ジックリと見回すと写真に収められた人物は明らかに俺の方が多い、これ、ヤバいんじゃね? 何て思い始めた直後、


「よし決めた! カザネがそこまで言うならボクも何か要求しようじゃないか」

「……なんか俺の知らないところで会話が県境を超えた気がするんだけど」


 例えるなら北海道から青森まで青函トンネルで超えたかのように。

 いや、それは言い過ぎか。


「君たち二人にはボクのフィギュアになって貰おう!」

「え? なに言ってるのこの人……」

「そんなのでいいならお安い御用よ」


 いや、認めちゃうのかよ、しかもなにフィギュアになるって、全然お安い御用じゃないよね? え、なに? 俺がおかしいのか?


「じゃあ行くわよタッくん、こんなところさっさと出ましょう」

「え、……ドユコト?」


 理解が追いつかないまま俺は姉に引きづられ春日井邸を後にした。部屋を出る際に見せた、春日井の不敵な笑みを見なかったことにしながら。


 後にして思うと、この一件から俺の日常は変貌を遂げたのだ。


 そう確信出来る何かがそこにはあった。



 *******



「んで、どう言う事何だよ、姉ちゃん」


 自宅のリビングにて俺はサラッと隣に座る、すまし顔の姉に先ほどの不可解な部屋と会話について問い詰める。


「見ての通りよ、アイツは好きなのよ、私達家族が」

「……そ、そうなのか」


 俺は少し頬を赤く染める、何せ春日井は美少女なのだ。金色のショートヘアに、青色の瞳、そして天真爛漫な性格と、学校内での人気度は高い。

 幼い頃から遊んだ仲とはいえ、最近では交流と言うものを殆どしていないために幼馴染の異性に何故かドキドキしない、とい言う不可解な現象も発生せず、俺はふつうに照れていた。


 そしてそんな俺を、


「春日井殺す春日井殺す春日井殺す春日井殺す春日井殺す」

「いや、怖!?」


 呪詛を吐きながら姉は俺を見つめていた。


「春日井ころ……ッコホン、えと、何の話だったかしら?」

「いや、今のは流石になかったことには出来かねる!」

「う、うるさいわね、それだけ私の愛が深いと言うことよ」


 コイツ、開き治りやがった、先ほどの事も全部ひっくるめて開き直りやがった。

 しかし、俺の切り札も無くなったに等しい、何せアレを見てしまったのだから。


「それで、あの女に頼む気はまだある?」

「……いや、ないな、流石に」


 春日井に何かを頼んだら何か大事なものが失われそうな気がする。人としての大事な倫理観とか。下手したら命すら危うい。


「ならこの話はこれでお終い、……ご飯にしましょタッくん」


 そう言えば一つ先ほどから言い忘れていた事があった。


「てかタッくん言うな!」

「いいじゃない、可愛いし」

「呼ばれる俺の身にもなってみろ!!」


 十七にもうすぐなる見た目ヤンキーの男が姉に『タッくん』と呼ばれる、これはあまりにカオスすぎる。

 そんな呼び方は即刻やめて貰いたい、俺は異議申し立てのために立ち上がる、


「絶対に……」

「これ」


 姉は一言だけ言うと、俺にスマホの画面を突きつける、そこに写っていたのは、


「姉のブレザーに顔を埋める弟の図」

「どこでこれを!?」


 あの時確かにリビングには俺一人だった筈だ、だとしたら……


「文明の力って凄まじいわね、?」

「異存ありません……」

「よろしい! 今日はタッくんの好きなハンバーグよ」

「……わ、わーい」


 実に嬉しくないわーいであった。


 兎にも角にも、俺五十嵐タクトの日常には危機が迫っている、そのオードブル的存在として発覚した、姉のブラコン事件、それと幼馴染異常事件であったが、多分俺はよくないことに足を突っ込んだ。


 そしてもう一つ不可解なことが一つ、


『何故か俺の胸は先程からドキドキしっぱなし』と言うことだ。


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