第2話:雇用主の偏見で労働中に死にかけたので契約破棄を申し出た件

 どうしてこうなった。

 どうしてこんな、ふりふりの服を着ているのか。

 どうしてこんな、美しい茶器を運んでいるのか。

 やっぱり自問自答である。

 全ての元凶。それはやはりこの男にある。

「子爵、お客様がおいでになられました」

 限りなく棒読みでお伝えする。

「ああ。通してくれ」

「はぁい」

 なぜこうなった。


 ***


 今日の午前のことである。

 とっととこんな物騒な城からはおさらばしてやろうと、子爵の部屋を訪ねたら、再雇用のお誘いを受けた。

「お仕事?」

「ああ。君の気概を見込んで」

 子爵はベッドに横たわったまま笑った。にこ、いや、にや、が効果音としては適切だ。

 しかも、別に見こまれたくないところを見こまれたと見える。

「別に、当面のお金には困ってないので、できれば旅を続けたいんですが」

 というか、逃げなきゃなので。

「どうして旅をする? ……ああ、武民の子供は旅をするんだったか」

「ぶ、武民は関係ありません! それに私、子供でもないですから!」

 しっつれーな!

「いくつだ?」

「私はこう見えて19です!」

「……………………。嘘だろ」

 こんのやろー!

「そうか、せいぜい15、いや16くらいかと思っていたんだが……」

「ほっといてください童顔のことは」

「いや胸が」

 こんのやろおおおおおお!

「とにかく! 私は借金取りに追われていて、逃げなきゃいけないので!」

「借金?」

「親の借金です」

 もちろん踏み倒す気などないが、両親と離れ離れの状態で捕まったらひどい目に合うことは明白だ。

「……ふぅん。じゃあ逃げなくてもよくしてやろう」

「え?」

「私が立て替えてやろうと言っている」

「…………はぁ?」

 突拍子もないことが続きすぎて、もはや無礼な態度が隠せなくなってきた。

「どこの高利貸しだ。言ってみろ」

「……え?」

 何? 立て替えてくれる?

 何かのたくらみのようにも感じるが、それにしては子爵は大真面目な顔だった。

「しゅ……首都の、カルテル」

「ああ、やつらは高利貸し連盟を作ってるな……。なるほど、国中どこにいっても逃げ場はなさそうだ」

「先日の革命で本部はぶっ飛びましたけどね」

「だが、まだ追われているんだろう?」

「……そのようです」

 ここ数か月の間、度々カルテルの刺客が私を探している気配を感じていた。だから、大きな町はできるだけ避けていた。

「よし。私が行って、話をつけてこよう」

「は!? ちょ、ちょっと待ってください! 私! そういうの嫌いです!」

「嫌い?」

「自分たちで何とかしないといけないものを、貴族とか、持てる者に、こう、縁があったからって助けてもらうのが!」

「……変わった人間だな」

「そっちの方が変わってます!」

 間違いなく!

「じゃあこうしよう。私がカルテルにお金を返す。君はカルテルには追われなくなるが、私への借金が残る」

「はぁ……」

「交換条件として、君を雇いたい」

「はぁ……?」

「長期で、正式に」

 ちょっと、やっぱり状況把握が追い付かない。

「君へのお給料のいくらかを私への返済に充てられるようにしよう。どうだ? これで自由の身になりながらも自分の力で借金を返すこともできる。無条件に助けた、というわけでもなくなるだろう」

「はぁ……。まぁ、そう……なりますね」

「だから、まずひとつ、仕事を頼まれてくれないかな? ラピス」


 どうあっても、私を使いたいらしい。


 仕事内容は、まあ簡単な話ではなかった。とある貴族の屋敷に潜入してほしいとかいう、かなりヤバそうな仕事だった。

 ただし、やはり報酬は法外だった。

「で、潜入して何をすればいいんですか?」

「魔女の粉を探してきてほしい」

「……それ。伝説ですよ」

「実在する」

「はぁ……」

 子爵、まともそうに見えて、実はオカルト集団の一員?

「どうも、それを悪用しようとしている者がいるらしくてな。マリット家がその首謀者らしい」

「悪用……。あの、魔女の粉っていわゆる毒、ですよね?」

 魔女の粉とは、古い言い伝えに登場する、人を急速に老衰させる無味無臭の毒薬だった。

 そんなものはあるわけがないし、子爵の言う『魔女の粉』とは、何かの毒薬の隠喩なのだろう。

「おおかた、気に食わない貴族でも殺すんだろう。君にはそれを探してきてほしい」

 子爵は物騒なことをさらりと言った。

「屋敷の中にはどうやって潜入するんですか……」

「君には使用人になってもらう。使用人が足りないらしくってね、こちらから派遣する約束を取り付けたんだ。だから正々堂々のり込んでくれればいい。使用人としての仕事は、この後、屋敷で教わってくれ」

「……わ、かりました」

 そして冒頭に戻る。


 まあよく考えたら、私みたいな下々の者にしか頼めない仕事よね。

 死んでも、痛くもかゆくもないものね。


 ああ、借金苦。



「ラピスは、使用人の研修、ちゃんとやってるみたいですよ。メイド長がほめてました」

 子爵の書斎にて、散らばった本を整理しながらブレトンが子爵に報告をする。

「どうしてあの娘を雇ったりしたんですか? 気紛れとは、珍しい」

「武民の血が流れているそうだ」

 子爵はブレトンのほうを見ずに答える。

「なら、なお、いっそう珍しいことですね。武民を近くに置こうとするなんて」

「そうか?」

「そうですよ」

 子爵は、くくと笑った。

「何がおかしいんですか」

「いや、あの子がおかしいんだ」

「はぁ?」

「私相手にたんか切ったり、金を差し出しても無条件な助けはいらないと言ったり。……ちょっと、おもしろいなって。思っただけだよ、ブレトン」

「……悪趣味ですね」

 ブレトンは苦笑いをした。

「だってあなた、武民とは仲が良くないじゃないですか」


 ***


 数日後、手はず通りにマリット家に質素な馬車で送り届けられた。

「ラピス、新入りなのに大変ね。まぁ短い期間だし、お互い頑張りましょ」

「はい」

 私のほかに2名、派遣された使用人がいた。

 屋敷につくといくつかの簡単な仕事を説明と屋敷の案内があり、さっそく仕事に従事することになった。

 マリット家はブロイニュから少し北に行った地区の統治者だ。

 子爵の家はかなり年代物の小さな城だったのだけれど、この屋敷はせいぜい築50年くらいのものだろう。

 マリット邸の敷地の広さに感心した、と同時に、調べる場所が広範囲すぎてひどくげんなりした。


 それから数日間、私は調べるよう指定されていた場所で『魔女の粉』と呼ばれる怪しい薬を探した。

 しかし……。

「……無いわよ!」

 独り、憤慨する。

 ありません! どこにも、そんな怪しい粉は!

 探しきった。台所とか、書庫とか、倉庫とか。メイドが入ることが許される場所は全部。

 あとは、此処に住む人達の部屋などが残っているが、なかなか入ることは難しい。

「……探し方がまずいのかしら?」

 どうしよう、見つけないと多分お給料もらえない。

 我ながら的外れな心配をしていると思うが、こういう性格なので許してほしい。

「ラピス」

「あ、はい!」

 やましいことをしているという自覚があったからか、突然呼ばれてびくっとしてしまう。

「あなた新人なのに気が回るわねぇ」

「あ、ありがとうございます!」

「ちょっと頼まれてくれる?」

 マリット家のメイド長のふくよかな女性が、にこりと笑って手を招いた。

「なんでしょう」

「ワインセラーまで行って、探してほしいものがあるの」


 地下のワインセラー。

 こんなところがあったなんて、知らなかった。

「うう、暗い……」

 真っ暗でじめじめしていて、うすら寒くて何か出そうなくらいだ。

 いやしかし、チャンスかもしれない! だって此処、怪しさ120パーセントだもの。

 ワインを探すふりをして、いろいろと物色する。

「……ないなぁ」

「何かお探しかな?」

「ひあ!」

 心底びっくりしてばっと振り向くと、見たことがある男が立っていた。

「あ……、マリット様!」

 マリットの当主――なんだっけ、名前、忘れたわ。

「あの、600年物のブロイニュワインを……」

「それは、そのあたりだよ」

「あ、そうですか。よかった、ありがとうございます」

 平静を装うべく、にこっと笑っておいた。

 だがやばい。背中に汗が流れてる。嘘は苦手なのだ。

「マリット様は、どうして此処に?」

「ヴァーテンホールのメイドが、どれほど有能か見に来ただけだよ」

 彼は微笑み、穏やかに言った。

「あら、それでは、期待はずれなところを見せてしまったかと……。申し訳ありませんでしたわ」

「ワインを頼んだのは私なんだ」

「あら、そうでしたか。今すぐにお持ちしますわ。マリット様はお部屋でお待ちくださいな」

「君も一杯どうかな?」

「……へ?」

 あ、しまった。また素が。

「いえいえ、とんでもございません! 私のような下のものが」

「誘っているんだよ。喜んで受けてもらいたいね」

 う、断れない言い回しをされてしまった!

「……は、はぁ。では、喜んで」

 彼は妖艶に微笑み、ワインセラーから出ていった。

 彼の姿が見えなくなると、どっと力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。

 悪いことをしているところを見つかって、必死に取り繕った後のように、ドックンドックン心臓が高鳴っていた。

「……なんだったの、今の!」

 こんなエンカウントイベントは、想定外よ。


 寝室に運べとのことだったので、ワインとグラスを持って彼の寝室に向かった。

 貴族の寝室にいい思い出は一つもないが、まぁ、晩酌くらい付き合ってやるか、くらいに思っていた。

「失礼します」

 ノックをすると返事があり、私は部屋に入った。

 うわ。豪華な寝室ね。そして、今風だわ。

「お持ちいたしました」

「ああ、ここに」

 マリットはテーブルを指さした。私はそれに従い、テーブルの上にワインとグラスを置く。

「君は、まだあの家に仕えて日が浅いと聞く」

 私の噂? 一体、誰に聞いたんだろう。

「あ、はい。そうです。まだお仕えして数日で……」

「そうか。ああいいよ、ワインは私が注ごう」

「え……でも」

「いいから、君は楽にしていて」

「……はぁ」

 無理やりボトルを奪うわけにもいかず、言われたとおりに肘掛椅子に腰をかけ、部屋を飾る多くの絵を見つめた。

「この絵は?」

「あぁ、魔女狩りの絵だ」

「魔女……」

 趣味は、悪いわね。絵は綺麗だけど。

「ブロイニュは魔女の土地だ」

「ああ、はい。そう聞きますね。会ったことはありませんが」

「この魔女たちは遠い地の魔女たちでね。この国の魔女ではない」

「まぁ……魔女狩りなんて、この国ではあまり聞きませんしね……」

 全くなかったわけではないけれど。

 改めて魔女狩りの絵、とやらを見る。

 綺麗な絵。綺麗な女性。でもよく見ると、今にも透明な水が迫り、彼女の息の根を止めようとしている。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 グラスを受け取る。

 乾杯。

「いただきます」

 ゴクン、と一口。ワインを飲みこむ。

「どうかな?」

「……ええ」

 あれ?

「最高級のワインだ。是非、子爵の館に帰るときは、一つ持って帰って欲しい」

「はい……」

 ん?

「さ、もっと飲みたまえ」

「…………」

 黙る。

「ん? どうした? お口に合わなかったかな?」

「いえ……だってこれ、何か入ってます」

 じっと赤い液体を見る。

「……何か?」

「ほとんど味はしないけれど……。これ、危ないですよ」

「…………」

 あれ? 沈黙?

 マリットはじっと私の持つグラスを見つめて、固まっていた。

「く……」

「え?」

「くはは……。ああ、素晴らしい」

 マリットは突然笑い出し、私は困惑した。

「え? え! ……きゃ!」

 そして突然、ぐいっと手を掴まれ椅子から引っ張り上げられる。

 反動でグラスが手から落ち、割れる。見事に床の上で、粉々になる。

「痛い……!」

「君で試そうと思ったんだが……やはり、あれは偽物か!」

「へ!?」

 どさっと、またもベッドに投げ出される。

「ちょ!」

 これはいい予感がしない。危機を察知し、反射的に逃げようとする。

「逃がさないよ」

 だが、すぐにがしっと腕を抑えつけられてしまった。

「君には死んでもらう」

「ええ!?」

 なんで!

 納得がいかなかったが、心当たりがあった。

「……魔女の、粉を入れたの?」

 マリットはあからさまに動揺した。

「あれは、魔女の粉?」

「は……っ、察しがいいな。さすがブロイニュの女……か」

 いえ、私の出身は都です。

「ある商人から買い付けたんだが、いまいち効果を信用できなかった。だからお前で試そうとしたんだよ」

「……な、なんで私なの!」

「さぁ? 目立つからじゃないか?この……――」

 少々乱暴に髪の毛をつかまれる。

「美しい髪が」

「いっ……放し……――!」

 放してくれそうにない。もうだめだと思い、ぎゅっと目とつむったら、また母親の声が聞こえた気がした。


 ―――強姦に襲われそうになったら……


「男の弱点 狙ええええええ!」

 ドゴ!

「うお!?」

 右足のすねが綺麗に入った。具体的に言うと、彼の股間に。

 その瞬間、手が緩み、離される。

 逃げなくては!

 とっさにベッドから飛び降り、走ろうとしたが、がっと足首と掴まれて、またも動けなくなってしまった。

「放してよ!」

「貴様あ……!」

 うわ、やばい怖い! めっちゃ怒ってる!

「殺す!」

 ああ、本当にもうだめだ! そう思った時だった。

 ガチャ…!

 ドアノブが大きな音を立て、扉が開いた。

「あぁ、ベッドの上でこんなに大暴れしちゃって……」

 そして、ここにいるはずのない者の声が、降ってきた。

「まぁ不躾なのはこの人のせいなんで、お許しください」

「へ……?」

 そこで微笑んでいたのは、やはり此処にいるはずのない声の主。

「ブレトン!」

 そしてもう一人。

「し……子爵!?」

 マリットが叫んだ。

「すまないが、ここにいると聞いて、急用で来た。無粋な真似をしてしまったかな」

「ちょ、た……助けて!」

 思わず叫ぶ。

「なるほど、うちの召使は夜伽までできる有能っぷりを披露しているのか」

 おいいいいいいいいいい!

「そこまでサービスしなくていいぞ。ラピス」

「してません!」

 どう見ても、いたいけな少女の貞操の危機でしょうが!

「ただし」

 ぎらりと彼の眼が光る。その眼で見下ろされると、反射的に身体がすくんだ。

「高くつくぞ。うちの召使を、買うのは」

 体の芯からぞっとした。

「ひいいいいいいいい!」

 マリットは怯えて情けない声を出し、ベッドから這い出した。といっても股間が痛くてうまく歩けないようだった。

「ラピスは連れて帰る。ブレトン準備しろ」

「はい」

 ブレトンが手を差し伸べてくれたので、その手をとり、身を起こした

「さて、粉は、これで全部か?」

 子爵はゆっくりとテーブルに向かっていき、紙に包まれた薬をいくつか拾い上げた。

「……マリット。聞いているんだぞ」

「は! はい!」

「そうか。後日ブロイニュから人をよこす。その時詳しく聞く。覚悟しておけ」

「はは……はい!」

 子爵は薬を全て懐に収め、こちらを見た。

「ラピス」

「は、はい!」

 今度は子爵から手が差し伸べられた。

「来い。帰るぞ」

 その手は、温かかった。意外にも。


 ***


「なんで、来たんですか」

 馬車の中。なんか不服で、不貞腐れるようにして言った。

「お楽しみの最中だったのか?」

「違います! そうじゃなくて!」

「もともとこういう段取りだったからだ」

「は?」

「そもそもあの男が私の家のメイドの手が欲しいと言ったのは、この粉を試そうと考えたからだ」

「はぁ?」

「自分の領地で人が不審死したらそれはそれで大変だからな。その点、使用人、しかも他の領地の者であれば後処理もめんどくさくない」

「めんどくさいでしょ。普通に、人の家の召使い殺したら!」

「まぁ、書類的には私が色々することになる」

「なんなのそれ! 横着!? 横着なの!?」

 はぁ、と子爵は小さくため息をついた。

「……マリットは昔からブロイニュが嫌いだからな。私の召使を殺してやろうと思ったんだろう。実験的にな」

 何それ。

「というか、じゃあ、私が危ない目にあうって分かってて、送り込んだってことですか?」

 子爵は言い訳じみたことは言わず、黙った。

 図星か。

「ふざけないでください! 何それ! 納得いかない!」

「助けに行っただろう」

「遅いし! 私もう毒一口飲んじゃったんですから!」

「……飲んだのか?」

「ワインに入ってました! 変な感じがしたから一口で済みましたけど! 致死量入ってたら死んでますよ!」

「変な感じ?」

 子爵はわずかに目を丸くした。

「こう、なんか入ってる! って感じです! んなことはどうでもいいでしょう! 契約破棄! 契約破棄してください子爵!」

「契約……?」

「雇用の件! 私あなたの下なんかじゃ働けません! 絶対いや! 死ぬ!」

「借金はどうするんだ?」

「……う!」

 痛いところついてくるじゃないの!

「武民の血が流れているんだろう。少しくらい戦えるんじゃないのか……?」

「はぁ!? 武民が全員戦うと思ったら大間違いですよ!」

「……違うのか」

「私は母親がアルブ出身なだけです! 修行の旅とか!? 時代錯誤もいいところ! 私は王都で生まれて育った生粋のミヤッコよ!」

「……ミヤッコ?」

「都の子ってことですね」

 ブレトンが補足する。

「ああそっか! 武民の血が流れてるからコイツはちょっと無茶させてもいいやと思って雇用したのね?! 偏見もいいところですよ! もう嫌! 絶対に嫌! 城着いたら絶対契約破棄します! 借金は死ぬ気で働いて返します! それで文句ないでしょう!?」

 子爵は丸くしていた眼をますます丸くして、口をぽかんと開けたかと思うと思いっきり吹き出した。

「はぁ!?」

 子爵は笑いをこらえきれなくなったらしく、腹を抱えて笑いだした。

「な、なんで笑うの? 笑うところだったっけ今? ねぇ」

 こっちがキョトンとするわ、こんなの。何か怒り通り越して、もう何でもいい気分になってきた。

「いや、はは……すまない。おかしくてね」

「おかしいのはあなたですってば」

「いやいや、私にそんな口をきく娘は初めてで……」

「物珍しいってことですか……。しょうがないですよ。子爵怖いから」

「……怖い?」

「目つきが悪い。睨むし。無愛想だし」

「失礼な、社交界ではモテモテなんだよ?」

 ブレトン、2度目の補足。

「美形は認めますけど。目の保養って意味でしょ、モテるのも!」

「……まぁそうですね」

 ブレトン、認める。

「そうかなぁ?」

 ブレトンの方を見て子爵はおかしそうに笑った。

「とにかく! 私、この仕事辞めますから。危ないの嫌だし。危険手当つかないし」

「悪かったよ」

「へ?」

 子爵は笑うのをやめて、まっすぐこちらを見た。

「悪かった。君を偏見の目で見ていたこと、謝るよ。君が普通の女の子だってことも、よく分かった」

「……分かればいいです。別にもう、怒ってないし……」

「仕事はもっと別の、安全なものを頼むから」

「はぁ? いや、話聞いてましたか。やめるって言ったんですよ。自主退社ですよ!」

 あなたの下で働くのがいやだ、とどストレートに言ったつもりなんですが。

「側にいてくれやしないか?」

「……はぁ?」

 ず、ずるい!

「なんすか、……その笑顔」

 そんな、口説き文句反則だろう。

「メ、メイドの仕事なんて嫌ですよ!」

「いいよ。他の仕事を任そう」

「っ……~~~!どうあっても、私を雇用したいってわけ?」

「うん」

 ふっと子爵は笑った。

 なんだその顔は! 今までの張り詰めた表情はどこ行った!

「君みたいな面白い娘は、初めてだから」


 ああ、借金苦。


 私は変な奴に捕まってしまったらしい。

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