第3話:子爵様が結婚適齢期に積極的に婚期を逃したがる件

 これが私の天職だ、とは思ったことはないのですが、自分のスキルを活かしきれているという実感は気持ちいいものです。

「へぇ、君にそんな取り柄があったんだな」

 子爵が感心したように、覗き込んできた。

「子爵、出てってもらえますか。気が散るので」

「いやいや、面白いよ。製本って、そんな風にするのか。知らなかった」

「貴族は知らなくてもいいことですよ……」

 製本――というか、修理のために背表紙にのりを塗る手を止めて、ため息をつく。

 その眼で作業一つ一つを舐めるように見られちゃ、集中なんてできません。


 ***


 次にやる仕事の指示もないまま、2日たった朝。ブレトンに実家の家業を聞かれた。

「へぇ、君の家は本屋なんだ?」

「はい。本屋って言っても、印刷とか製本までやってました」

「ラピスは、本が好きなの?」

「好きって言うか、あのインクのにおいは中毒性ありますね」

 実家の本屋の様子を思い出して、息を吸い込んだ。ああ、懐かしい。

「……へえ。じゃあ、頼もうかな」

「えっ?」

 いつの間にか会話に入ってきた子爵がにやりと笑った。その不敵な笑顔に嫌な予感を覚えたが、とりあえず黙ってついていくと、通されたのは書斎だった。

「なんですか、この……腐界の森は」

 書斎の床中に散らばり、積み上げられた本、本、本。

 形容するなら、ぐっちゃぐちゃ、かつ、めっちゃめちゃ。

「本に謝れ今すぐに」

「ん? なにかな?」

「なんでもありません」

 いけない。ついついひどい言葉づかいに。

「読みつぶしてしまったものが多くてね。文字通りつぶしてしまって、ばらばらになったものもいくつかあるんだ。でも捨てる気もなくて、この惨状だよ。困ってたんだ」

 困ってる人の顔ではないが、この惨状に満足する人間はこの世に絶対にいないのでつっこまないでおいた。

「私に此処の整理を?」

「うん。頼みたい」

「……………………何日で?」

 量が膨大すぎる。これは最低でも数週間はかかります。

「何日かかってもいいよ」

「……任せてください」

 あまりに本が憐れに感じてしまい、すぐに生理整頓にとりかかった。

 時には今まで培ってきた製本技術を駆使して本を作りなおした。

 そして、冒頭に戻るのだが、出て行ってくれと言ったのに、子爵はまだうろちょろとしていた。

「……ラピス、まだ怒ってる?」

「怒ってますよ」

 なるほど、なかなか出て行かないのはこの話がしたかったのか、となんとなく腑に落ちた。

「あの魔女の粉は、致死量はかなり多いんだよ。ひとくちふたくちじゃあ、大したことにはならない」

「だからって、タイミング良く来てくれたからよかったけど、来るのが次の日だったら私、確実にあの男にやられちゃってました!」

 助けに来たのが『たまたまあの日だった』、という事実にかなり肝を冷やしたんだから。

「見計らったかのようなタイミングに感謝してほしいな。そもそも君が毒を見破るなんて計算外だったんだ」

「……もう、いいんで。出てってください」

「はいはい」

 くすっと子爵は笑って部屋を出ていった。


 ああ、もう!


 書斎から子爵を追い出した後、一冊の本の修理を終わらせ、小さく息をついた。

「なんか、結構楽しいわね……」

 久しぶりに本に触れ、楽しくなってしまった。一人きりでの作業だが、実はこういうのは嫌いじゃない。

 そうこれよ。こういう、本と触れあうような平穏さを私はずっと求めていた!

 借金取りに追われる生活が終わり、やっと手に入れたのだ。平穏を!

 ………………まぁ、借金地獄には変わりないけどね。しかも、あんなわけのわからない子爵のもとで……。

 浮かれた気分から、すぐに現実に引き戻される。

「ふ……。いいの。私は、これでも幸せよ」

 そう思ってないとやってらんないわ。

「あっ! いたいた! ねぇあなたー!」

 書斎の扉が開いて呼ばれたらしかった。

「……なんですかー?」

 振り向くと、メイドたちがきゃっきゃっと姦しくドアの向こうから顔を出していた。

「ねぇあなた新入りよね?」

「先日、メイドとして入ってきたわよね?」

 確かに、ちょっとだけ研修もしたし、何人かのメイドとも顔見知りになっていた。

「えーと。あの時はメイドでしたけど、今は……――」

 ん、今って、私の肩書は何になるのだろう?

 考えたが、答えは出ず。

「ねぇねぇ、それで、子爵様のお目にかなって、今は愛人なの?!」

「そういうことであってる?!」

 彼女たちは楽しそうに、矢継ぎ早に質問してきた。とんでもなく見当違いの方向のやつを。

「はぁ?」

 目を輝かせるこのメイドたちを、どう落ち着かせようか。

「えーと……」

「うっわぁ! もう羨ましい! 超かっこいいですもんね! 子爵様!」

「どうやって落としたの!? 私にもチャンスあるかな?!」

 落としてないし、もし落としててもくれてやりますよ、あんな怖い人。

「いや、私、そういうんじゃないですよ?」

 ここは冷静に否定しておく。

「ええー!?」

「どういうこと!? どういうこと!?」

「いや……子爵とは、まぁ、雇用以前に色々あって」

 何と説明しようか、詳細を話せば命はないとか言われてるし……。

「色々!?」

「やだ! なにそれ超気になる!」

 あかん。妄想に拍車をかけてしまった。

「いや、ろくなもんじゃないです。そして絶対にそんなんじゃないです」

 とりあえず、全力で否定しておく。

 彼女たちはなんとなく納得したようで、少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。

「あ、私メアリー。こっちはピピよ」

「よろしく。ラピスです」

「仲良くしてね! この城で同い年くらいの娘って私達くらいだから!」

「え、そうなの?」

 確かに城の中で若い娘はあまり見ない。

「子爵との進展も、報告してよー!?」

「だ! だからそんなんじゃ……!」

 どうあってもそっちの方に話を持っていきたいらしい。

「あっ! いっけない! ピピ、そろそろ休憩終わるわ! じゃ、私たちもう行くね!」

「またね!」

 きゃいきゃいきゃいと、彼女たちは足早に去っていった。

「だから……違うんですけど…………」

 どうやら、訂正しそこねたらしい。

 でも、本当にモテるんだ。と、彼女たちの言葉からブレトンの言っていたことを思い出し、認めた。

 ……まぁ、確かに顔はいいわね。目は鋭くて怖いけど、逆にクールとみなされて好印象なのかしら?

 漆黒の長髪も見目麗しいし、社交界でもモテモテとのこと……。

「いやでも、怖いじゃん……」

 呟く。

 私はそれを覆すくらいの怖さがあの人にはあると思う。

 初めて会ったときに押し倒されたこと(演技で)、その後目の前で人を切り捨てたこと(いや、助けてくれたんだけど)、それらの経験が、私にちょっとばかしの恐怖を植え付けているのだ。


 ***


「愛人ってことにすればいいじゃないか」

 食事後、子爵に呼ばれて再び書斎まで行った時、今日言われたことを話すと子爵はこともなげにそう言った。

「そのほうが都合がいい。私も」

「はぁ!? よくないですよ。華の19歳が愛人って、世間体的にどうですか」

「そうか?」

 彼はくっと笑い、一歩近づいて、私の髪を指ですくう。

「こんなに可愛い愛人が側にいれば、毎日届く恋文も少しは減るかな?」

 そのまま髪にキスをした。

「ぅ……!! ば……、ばっかにしないでくれませんか?!」

 慣れないことをされて、思わず反射的に距離を取る。

「ははは。馬鹿にはしてないよ。むしろ褒めたと思うけど」

 小娘相手にそういうからかい方は性質が悪いのよ!

「……何で結婚しないんですか」

「ん? 簡単なことだよ。皆が騒ぐのは上辺の私だからだ」

 子爵は穏やかに、でも、どうでも良さそうに言った。

「社交界での猫を被った私、子爵としての私。どれもこれも本物の私ではない」

「本物の子爵、って何ですか……」

「……さあ?」

 彼は肩をすくめて笑った。

「とにかく、それが分かっていて結婚なんてできないね」

「でも、愛人なんてくっつけると、ますます婚期のがしますよ。子爵」

「あっはっは! 君は本当に面白いところを心配するね」

 心配してるわけじゃないわよ。

 呆れた。

「で? お話があって私を呼んだんでしょう?」

 とっとと本題を終わらせていただくことにする。

「うん。カルテルに君の借金を返済してきたよ。これが借用書と返済書類。完済してるだろ?」

「……確かに」

 そして改めてみると、やはりすごい額。そして、それをぽんと一括で返済してしまう子爵。

「何のために借りたんだい? こんなお金」

「親に聞いてください」

「知らないのか」

 首を振る。

「多分、お店と工房のお金です……。財政、厳しかったから」

「都に住むのは、高くつくからな」

 実際、細かいことは知らないけれど、頷いておいた。

「これで、君たち家族が借金の支払いをすべき人間は、カルテルではなく私になった。……確認できたな?」

「はい。ありがとうございました」

 頭を下げる。

「……逃げてもいいんだぞ」

 ――……は?

「なんて?」

「逃げてもいい、と言った。このまま君がとんずらこいて逃げ出しても、私はカルテルと違って刺客なんて送らない」

 まじまじと子爵の顔を見てしまう。言葉が出ない。

「自由だ。君は」

 なんて、優しく微笑むのだろう。

「…………あの」

「ん?」

「殴っていいですか」

「え?」


 ッパーン!


「あ、すみません。返事聞く前に殴っちゃいました」

 びりびりする右手。頬を抑えて目を丸くする子爵。

 自分の頭に血が昇ってるってことが、なんでか冷静に理解できる。

「今ので首を刎ねるなり、その剣で刺し殺すなり、処分は好きにしてください。……今のは!」

 息を吸うのも忘れて、早口になってしまう。

 バカにしないでほしい。安く見ないでほしい。私は、そんな人間じゃない!

「今のは、単純にすっごくイラついたので、やりました」

 子爵はポカーンとした顔で数秒固まったのち、盛大に噴き出した。

「っぶ……! あはははは! まったく、君って……っ! さ……最高だな……!」

「え……マゾですか、子爵」

 意外すぎる反応に、一歩引く。

「いやいや、どちらかというとサディストだよ」

 うん。それは、なんとなくわかるわ。

「悪いな。今のは試した」

 笑いをこらえながら子爵が言った。

「試した?」

「君が、本当に私の見込んだ女かどうか」

「……はぁ?」

「私は君に本当に色々と任せたいんだ。そのために君を信頼する必要があった」

「はぁ……」

「だけど、私の見込んだ以上の返答だ。ラピス」

 はは、と笑った顔を見て、あ、なんかこの顔は無邪気かもと思った。

「これからも、よろしく」

「……はい」

 だから、その笑顔に免じて、黙って此処に残ってやろうと思った。


 多分それは、子爵の思い通り。


 ***


「……マゾとは知りませんでした」

 ブレトンが紅茶を持って書斎にやってきて、率直に驚きを告げる。

「まさか、私はいじめる方が好きだよ」

「それは存じてます」

 ため息をついて呆れた。

「で、あの子は?」

「寝室に戻った」

「やっぱり、ずいぶん気にいったんですね」

 子爵は黙って笑っていた。

「その笑顔。悪いこと考えてますね?」

「……さあ? どうかな」

「気に入られたんなら、それはそれであの子は大変だ。いじわるが大好きな子爵に、目をつけられたんですからね」

 ブレトンは呆れつつも、どこか心配そうな顔をした。

「はは。さっきもいじめたらやり返されたんだよ」

「いい気味です」

「お前は口が達者だな」

 子爵は小気味よく笑った。

「あなたの本当の姿を、あの子には見せるつもりですか?」

「…………はは」

 一変して乾いた声で笑い、子爵は窓から星を見た。深い色の夜空には、スピカが見えた。

「そしたら、やっぱりあの子は逃げるかな?」

 ブレトンは少しだけ首をかしげて考える。

「……殴るんじゃないですか?」


 ***


「あー、このインクのにおい。落ちつくわぁ……」

 ゆっくりと息を吸いこんでにおいを嗅ぐ。本のにおいって好きだ。

 今日もせっせと書庫の整理をしている。正直楽しい。

 すると、また彼女たちがやってきた。

「あ、いたいたラピス!」

「あ、メアリー……ピピ」

 あれからちょくちょく、休憩時間に2人で顔を出してくれるようになった。

 同い年くらいの彼女たちとの語らいは、こちらとしてもよい息抜きになっていた。

「ねぇねぇラピス! 子爵様今夜お出かけになるそうよ?」

「へぇ。どこに」

「んもー! やだ! 決まってるじゃない! パーティーよ!」

「近くの貴族のお邸宅で、その姪っ子様の誕生日パーティーがあるのよ」

 彼女らはいつも姦しくい、ろいろな情報を披露してくれる。

「へぇ……そんな情報どこで手に入るの?」

「噂よ、そんなのすぐ噂になるんだから!」

「なるほど」

 それじゃあ、こんなところに閉じこもりっきりの私には届かないわよね。

「ね、一緒に行くんでしょ?」

「はあー?」

 マジで気の抜けた声が出た。

「行かないの?」

「愛人なんでしょ?」

「昨日も夜遅くの呼ばれていたじゃない!」

「……なんで知ってんの」

「噂よ!」

 二人の声が重なる。見事なハーモニーだった。

「……行かないと思う。何も言われてないし」

「えー?」

「そんなことじゃ、子爵、今日寝取られちゃうわよ!」

 がターン!

 持っている本を落とすほどに、力いっぱい驚いてしまった。

「ちょ、あんたたち、時々すっごいこと言うわね!?」

 今まで私の周りには、ダイレクトにこんな話をする娘は一人もいなかったので、ちょっと動揺した。

「いいのー?」

「ダメよダメよそんなの! お願いして連れて行ってもらった方がいいわよ!」

「い、いいわよ。別に」

 全然行きたくないし。

「見張ってなきゃ! おモテになるのよ子爵様は!」

「……いいんじゃない。ちょっとは婚期早めても」

「もー! 強がらないで!」

 強がってないわよ……。どうしよう、この会話、そろそろ辛いわ。

「こらぁ! メアリー! ピピ!」

「きゃあ!」

 扉が開いて廊下から現れたのは、メイド長。

「サボってないでこっちへ来なさい! ラピス様、……失礼いたしました」

 彼女はぺこ、とこちらに向かって一礼すると、慌てるメアリーとピピを連れて部屋から去ってしまった。

「騒がしかった……」

 女の子パワーって計り知れない。


 ***


 夜、仕事を終えて、自分で改造した物置、もとい、自室でくつろいでいると子爵は突然やってきた。

「準備は?」

「…………は?」

 突然やってきて、何を言い出すかと思えば。

「やっぱりみすぼらしいな。部屋ならきちんとしたものをやると言っただろう」

 勝手に入ってきて、マイテリトリーをディスるのやめてもらえませんかね。

「いりません。私は客じゃないんで。雇われてる身なんで」

「……強情だな」

「ほっといてもらえます?」

 ケンカ売りに来たのかしら。

「それで、準備は?」

「だから、何のですか?」

 子爵は首をかしげて、私の質問には答えず、ブレトンを呼んだ。

「……ブレトン。任せる」

「はい」

 ひょこっとブレトンが現れたかと思うと、ブレトンと入れ替わりで子爵は部屋を出ていった。

「え?」

「はいはい。じゃあ着替えますよ。なんで寝間着なの」

「は? はぁ?!」

「言ってなかったっけ? 君、今夜、付き合ってもらうって」

「言ってない! 言ってない!」

 全力で否定。

「あれ……ごめん。伝達ミスかな? 君の友達に伝達を頼んだんだけど」

『噂』のでどころはあんたか!

「きちんと出てもらうよ。誕生日パーティー」

「ちょっと、だから! 私は作法とか全然……!」

「いいよ。君が女であればそれ以上は求めない」

 前回と同じようなことを言われ、ぽいっと衣装を押しつけられる。また、綺麗な黄色のドレスだった。

「見ないから、とりあえず着れるところまでは着ちゃって」

「はぁ?」

 ブレトンはにっこり笑って、背中を向けた。

 これは、多分どうしようもない……。観念して服を脱ぎ、渡されたドレスを着た。

「……ブレトンさん。あの……背中、やってくんない」

「はいはい」

 ブレトンは待ってましたと言わんばかりに、にこっと笑って振り向き、背中のボタンを止めていく。

 男性に服を着せてもらうなんて、なんか緊張する。

「じゃ、失礼するね」

「え!?」

 突然ぐいっと肩に力をかけられ、椅子に座らされたかと思うと、ブレトンがさらりと手櫛で私の髪の毛をかき上げた。

 どうやら髪を結ってくれるらしい。

「綺麗な髪だね」

「……えぇまぁ。先日マリットにもそうやって口説かれました。多分それ以外に褒めるところがないんですよ」

「あはは、何気に自虐主義?」

 別に。

「今日のコレは、どういうお仕事ですか」

 聞いてみる。娯楽で連れていかれるとは思えない。

「虫よけみたいなものだよ」

「虫よけ?」

 それだったら薬局で買ってよ。

「子爵は、まぁ、ブロイニュではかなり……その、重要な人物なんだ」

「へぇ……」

「爵位は飾り。地位とか、そういう意味じゃなくて、とにかく、伝統を守らなきゃいけない人間なんだよ」

「……まぁこの城もかなり年代物ですもんね」

「そこに取り入ろうとする人間は、一人や二人じゃない。この間、自分の娘を娶れってうるさく言ってきた人いたでしょ」

「切られちゃった人ね」

 ……思い出したくないな。

「あんな感じ。まぁ、モテるくらいならいいんだけど。既成事実とか作られちゃったらいろいろ面倒でさ」

「あの人が怪しまれることしなきゃいいと思うわ」

「騙される時だってある。暗がりに連れ込まれかけたりね」

「なるほどね」

 男でもそういう身の危険ってあるのね。

「それが最近、年が適齢ってのもあって、ひどくってね。だから君がそばにいてあげて欲しいんだ」

「……ブレトンさんは」

「ん? 僕は僕でやることがあるんだ」

 というか、この人って何なんだろう。子爵の側にいるべき従者じゃないのだろうか。

 この人がずっとそばにいれば済む話だと思うのだが。と思った。

「……わかりました」

「良かった」

「つまり私が妬まれればいいんでしょ」

「よくお分かりで」

 にっこりとブレトンは笑った。気づけは、髪の毛は綺麗に結われてた。



「お待たせしました」

 歩きにくいヒールによろめきながら子爵の待つ場所へ向かった。

 子爵はじいっとこちらを見て、何も言わなかった。

「何ですか」

「へぇ」

 子爵が、にやっと笑う。

「飾れば目を楽しませてくれるくらいにはなるじゃないか」

 ぐいっと腰に手を回され引き寄せられた。

「じょ、……冗談やめてください。っていうか、普段はチンチクリンって言いたいんですか」

 ぐいっと引き離す。

「あはは、つれない」

「餌だけ食べて逃げてあげますよ」

 子爵はおかしそうに笑った。

「では、行こうか。マイレディ」

 さっと手をとられ、私は頷いて歩き出した。


 ずっと、思ってたんだけど。

 ……やっぱ、私騙されてない?

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