ブルー・スクランブル

616號

第1話 異世界へいきたいな~

 部活が終り、帰りに立ち寄ったバーガーショップでシェイクを飲み干し、ずずず~と、吸い続けているあたしに幼なじみの釧路利朗くしろりろうが問いかける。


「なあ、文乃あやの。どうやったら異世界に行けるようにようになるんだ?」


 彼が中二病丸出しの質問をしてくるには二つ理由がある。


「何?急にどうしたのよ」


「や、行けたらいいな~って単純に憧れてんだよ」


 先週、あたしがドはまりした異世界転移ものを貸してやったのが一つの原因だ。


「大抵死んじゃうけど、それでもいいの?」


 当然、異世界なんて行けるわけがない。お決まりの死んだら転生パターンのワンチャン狙いで死ぬわけにもいかない。


「そこなんだよな~」


 もう一つの理由は……。


「リロウ、まだ落ち込んでるの?」


「悪りぃかよ」


 ふてくされたように彼はそっぽを向いた。


 彼とあたしはいわゆる幼なじみだ。物心つく前からの付き合いで、何を考えているのか、何を悩んでいるかなんて手に取るように分かってしまう。


 最近の悩みはサッカー部のレギュラー落ちのことだ。


 時期はまだ高校一年の一学期後半。現在の主力は二年であり、逆に言えば入学してからのこの短期間でレギュラー争いをするほどリロウにはサッカー選手としての素質はあるので、レギュラー入りは時間の問題だとあたしは思っている。


 それでも落ち込んだ彼の話をうだうだとこうやって聞くのは好きだ。


 そう、あたしはリロウが好きなんだ。


 もちろんそんなことは打ち明けたことはない。こんな感じで仲の良く話をしているが、あたしたちは付き合っているわけではない。


 今はまだ……このままでいい……。


「なんとか死なずに行きたいんだけど……」


 彼の異世界への思いはかなり強いようだ。ふふ、しょうがないなぁ……。


「無理ね、諦めなさいな。そうだ、またおすすめのヤツ、貸してあげるよ」


「しゃーねーなー、今日の所はそれで手を打つか……」


 と、リロウは嬉しそうに答えた。


 その日の帰り道はバーガーショップを出て、本屋、スポーツショップといつもよりも多めに寄り道をしてから帰宅した。



 その日の夜……。


 ウゥーーーーーーーーン。


 と、けたたましいサイレンが響き渡る。


 ぐっすりと深い眠りに落ちていたあたしは、うるさいな~と耳をふさぎながら起き上がるが、顔の横に……あれ?耳がない……?


 ぺたぺたと顔の周りをなで回す……。ふさふさなんですけど……。


「しゅぅっごぉーーーー!」


部屋の鉄扉をガンガンと叩きつけて歩き回っているヤツがいる。


「う~っしゃ、いくか……お、新入りか!?その耳、いかしてんな!」


 同じ部屋で寝ていたの?誰、このおじさんは!?


 なんだかよくわからないまま、部屋を出て配管や低い天井に気をつけながら、人が流れていく方向へつられて歩いていく。海の上……船に乗っている。


 デッキに出てその大きさを確認する、船、戦艦……いや空母だ。


 すれ違う人、鼠人、犬人、猪人、虎人とバラエティに富んでいる。歩いていく先には飛行機の発着場がある。


 ……まあ、あたしはぐっすり眠っていたはずだから、絶対にこれは夢だろう。こんなにリアルな夢は見たことないが、夢じゃないはずがない。


 集合場所にたどり着くと、五十人ほどが集まっていた。


「おーし、全員揃ったか?」


 ブーツをずかずかと鳴らしながら、かっこよくサングラスをかけた褐色肌のグラマラス金髪の女性が前に立った。


「たいちょーう、相方のメランダがおりません~」


「知るかっ、あいつのことだ食堂にいるだろう、あとで引っ張って連れてこい。時間が無いから手短に伝える。まずは新入隊の紹介だ。リーロウ前へ!」


 銀髪、銀眼の男が前に出て、全員の方へ振り返る。あっ、リロウだ?やだかっこいい!


「っす。よろしくっす」


 無愛想な挨拶をし、ぱらぱらと拍手が送られる。


「もう一人、こっちは新人ルーキーだ。ルルウ前へ!」


 誰も出てこない。キョロキョロしていると横の猿人に「お前、呼ばれてるぞ」と、脇腹をつつかれる。


えぇっ!?あたしなの?


「よろしくおねがいします……」


 訳が分からないまま前に出て、頭をぺこりと下げると耳がぺたりと垂れてきた。この耳はやはりウサギなのね……。


「……今日から仲間入りしたリーロウ操縦士とタンクのルルウでペアをやってもらう。よろしくしてやってくれ」


 うぇ~い。と、あまりやる気のない返事が返ってきた。


 タンクって何するのかな?なんて思いながら、自分の顔をこねくり回している間でも隊長の話は続く。


「今回の任務はここから三百キロ離れた、浮き島要塞にいる敵の殲滅だ!

現在、浮き島は時速八十キロメートルで大陸に向かって進んでいて、衝突は不可避だ。

 やっこさんは飛空挺や空龍で警戒しながら進んでいる。いつも通り敵の数は未知数だが、お前たちでなんとかできるだろう。ブレス、それに騎乗しているライダーの魔法攻撃、弓矢攻撃は範囲が広いから気をつけろ。以上!搭乗!」


 ブレスそして魔法攻撃!なんてファンタジー!!


 でも気をつけろよって言ったよね?ぼう然としているあたしに隊長が声をかける。


「……そうだルルウ。これを付けとけ、支給品の自分の魔力量が分かる腕時計だ」


 と、スマートウォッチみたいな時計が手渡され、早速身につけてみる。魔力量……一〇五六〇〇。これって多いのかな?


 先ほどの紹介ではペアを組むことになった、リーロウことリロウに見た目そっくりな人が握手を求めてくる。


「ルルウ、よろしくな」


「こちらこそよろしくね。リロウ」


 つい、普段の名前で呼んでしまった。


「リロウじゃねーよ、リーロウだ。ところで搭乗経験は?」


 訂正するが怒ってはいない。


「何の?」


「アレだよ」


 彼が親指で指し示す先にあるのは戦闘機だ……。龍とか飛空挺相手に戦闘機ですか……。まったく敵に対して容赦なしよね。


「初めてよ……」


 当然乗ったことはない。


「まあいいさ、魔力量は……」と、握手したまま、あたしのふさふさの腕についている時計をのぞき込む。


「うぉ!!すげえなあ、十万台なんて初めて見たぜ。大丈夫だ、全て俺が教えてやるよ」


 あら?こっちのリロウは何だかぐいぐい引っ張っていってくれるのね!


 それでも、これから始まる戦闘について納得していないこともある。


「ねぇ、リーロウ!あたしたちのしようとしていることは正しいことなの?」


 普通の人なら面倒と感じるはずの質問でもリーロウは丁寧に答えてくれた。


「ルルウは今回が初めての参加だったな……。俺の言葉をどれだけ信用してくれるか分からないが、俺たちは基本的には守る側につく、報酬は少なくてもそうやって世界を渡り歩いている傭兵集団なんだ」


 リーロウは誇らしげに語っている。記憶がないって言っていたけれど、どこの世界でもやっぱり、リロウはリロウだね。


「わかったよ、隊長たちのことはよく分からないけれど、あたしはリーロウを信じるよ!」


「ありがとう。頼むぜ、相棒!」



 滑走路下の倉庫から、あたしたちの乗る機体がエレベーターに乗って現れた、ピカピカの紫色の戦闘機。


 リーロウは撫でながら簡単な機体の説明をしてくれた。


「ディープパープル号、通称ディーパ号。……変な略し方だよな……、二十ミリ機関砲を片翼に十挺、両側で二十挺搭載し、最高時速は八百キロメートル。多分この隊でもかなりの火力と移動速度を持つ部類に入るんじゃないかな……」


 戦闘機のことはよく分からないあたしでも、あれだけの機関砲の数はいらないんじゃないかな~とか、翼が長く細い機体には弾丸をあまり搭載できなさそう……とか疑問を持ってしまう。


 操縦席の後ろの席に乗り込み、シートベルトを着用する。


「ルルウ、まず腕を前の丸い所に入れろ、それから次は足も丸いところに裸足で突っ込んで……」


 リーロウに言われるがまま、手と足を突っ込んだ。副操縦席だし、運転しなくていいのは助かった。これだとあたしの役割って何?


「そう、リラックスして……ゆっくり呼吸しよう。……機体とのリンクスタート……魔動エンジン始動!」


 手足を入れている丸い物体が緑色に光っている。


「いいね~。さすが魔力量十万だ。五時間は楽勝で飛んでられるな」


 ……ん?


 戦闘機はかすかな振動とともに甲板を進み始める、ちらりと腕にはめた時計をみる一〇五四五〇……一五〇減っている!


 あたしって動力源なの?タンクって魔力貯蔵タンク意味だったの?


 外を見ると、甲板の上では犬人がこちらに向かってGOサインを出している。次の瞬間、強力なGが体にかかり、機体は大空へと舞い上がった。



 雲は少なく、眼下に広がるコバルトブルーの海、点々とみえる小さな島々が次々と後ろへ流れている。速度計は時速五百キロメートルを指し示し、前を飛んでいた仲間のプロレラ機を追い抜いていく。


「安定してきた。手は出して自由にしてもいいぞ」


腕時計の魔力残量をみると一〇五四二三と一単位で減っているが先ほどとは減り方が違う。安定してきたってのは、このことなのかな?


「ねえ、リーロウ。戦闘経験は?」


「まだ、数回しかないな……ここではない所で戦ったことはある」


「普段は何しているの?」


「そもそも俺自身が何者なのかわかっていない。気がつくとこの世界に寝てて、いつもたたき起こされる。ここではいち傭兵でしかなく、そして決まって戦わないといけない状況になっている」


「……もし、これが夢の中だとしても?」


「そうなのかもな、それでも俺はこの世界が好きだな……」


「どうして?」


「そりゃあ、お前……って話はあとだ。敵が見えた。供給炉に手を入れてくれ」


 まだ肉眼では確認できないがレーダーで捕らえているようだ。情報がこちらの目の前のモニタにも映し出される。


 相手は銀色の空飛ぶ龍が五百五十二体、それに飛空挺が四五十機。ちょっと多すぎないかな……。味方の戦闘機は追い抜いてきたし、まだこの空域に到着するまでにはしばらくかかりそうだ。


「大丈夫なのこの数?」


 と、質問する。


「問題ないだろう。かなり揺れるが耐えてくれよ!」


 肉眼で見えると見渡す限りとはいかないが、それに近いものがあり、圧倒的な数的不利で恐怖を感じる。


 龍の体長はこの戦闘機の二倍はあり、大きな翼を羽ばたかせて宙に浮いている。その大きな背中には二人搭乗している。一人は操縦、もう一人は弓を構えている。


 戦闘機に相手の弓矢が命中しても、致命的なことにはならないだろう。と、思っていのだけれど、放たれた弓矢は青白く輝きながら、通常の物理法則では考えられない動きで、こちらに向かってきている。あたるとダメージありそうだね……。


「さあ、いくぞ~」


 そんな状況の中、表情は見えないけれど、なんだか楽しそうな声を出しているリロウだった。速度を上げて弓矢をよけようともせずに突っ込んでいく。


 ピー。カチッ。……ドン!ピーカチッ。…ドン!ピーカチッドドン!

ピーカチッドドカチッドドカチッドドカチッドドカチッドドドカチッドドドン!


 標準、トリガーオン、発射!のテンポが徐々に速くなっている。でたらめに発射しているのではなく、全て標準が合ってからの発射で、全弾命中だ。敵の弓矢が打ち落とされ、敵が墜落している。


 あたしの中の機関砲のイメージは進行方向にまっすぐしか射出できないもの。と、思っていたのだが、このディーパ号は台座が駆動し、照準を合わせる。照準が合えばトリガーをオンにして弾を射出している。


 しかし、この狭い機体にどれだけの弾倉がつめるのだろうか? 


 ふと魔力量腕時計を見ると、弾丸が射出されるたびに小刻みに魔力が消費されている。……八七二〇〇……八七一八〇……一発当たり消費量は二と少ないのだが、ガンガン減っている。


 ええーっ!弾も私持ちなの?

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