第8話

こんな綺麗な人だったら、身長とか喋り方とか関係なく一度付き合ってみたいという気持ちがあるからだ。


さっきまで一緒にいたはずの美砂子のことなんか、記憶の隅にも存在しなくなっていた。


「ええ?私みたいなストーカー女でも恋愛対象として見てもらえるんですか?嬉しいです!」


「ああ、その代わり、ストーカー行為はこれから絶対に禁止だ。何でも、こそこそやらずに堂々とやるんだぞ?」


「もちろんです。下着の色とか気になったら、こっそり調べないで、直接窺うことにします!」


何か、違う気がするが、怪しい行動をされるよりは全然良いのかもしれない。


僕はそう考えて納得する事にした。


楓はとても嬉しそうに、すごいペースで酒の缶を空けていく。


僕はその様子に不安を感じながらもチビリチビリと三本目のビールのプルタブを起こした。


「ねえ、増崎さん?明日、一緒に出社したいただけませんか?」


「あああ、構わないが?」


「やったぁ!実は今まで彼氏とか居たことがなくてですね、一緒に登校とか今まで出来なかったことをいろいろやってみたいんです!」


学生ではないので、一緒に登校というわけではないが、気持ちは分かるので黙っておいた。


その後も、すごい勢いでビールやらチューハイやらワインやらを飲み干す楓。


僕が不安になって訊ねると、「雑食なので」という、何とも意味不明な答えが帰ってきた。


要するに「大丈夫だ。気にするな。」という意味だろうと解釈して放っておいた。



────



翌朝、僕と楓は約束通り二人で並んで出社していた。


手を繋ぐつもりはなかったのに、いつの間にか手を握られている。


その身長差のせいで、僕は半分ぶら下げられているように見えるかもしれない。


周りの人間たちが僕たちをチラチラどころじゃなくすごく見ている。


それはそうなのかもしれない。


背が高くてすんごい美女ととっても小さな可愛らしい子供の社員が手を繋いで出社しているのだから。


「佐藤さん、おはよう。今日は子連れで出社かい?」


話しかけて来たのは、僕も何度か見たことがある、事務員の男だった。


「いいえ、彼氏と朝帰りのついでに一緒に出社してもらってるんです。かっこいいし、優しいし、今まで逢ったどんな男の人より素敵なんです。」


楓の言葉に僕は目を剥いた。


確かに、楓は自分の家に帰ることなく僕の家から仕事場に来ている。


しかし、まだ僕は付き合うとは一言も言っていない。


そして、どんな男の人よりも素敵なんて訳の分からない事は言わない方がいい。


そいつ、僕を見て呆けてしまってるぞ。


だって、端から見たら、迷子の子供を連れて歩いている美人なOLさんという図なのだから。


考えてみて、一人で笑う。


誰が見ても、そうだろうと思うとおかしくておかしくて…………


「増崎さん…………」



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