第5話
「あの、私の顔に何か付いてますか?」
不安そうな声に、僕は自分がその女性をずっと見詰めていた事に気付いた。
「あ、いえ、何だか泣いてらっしゃったようなので、どうされたのかな?と思いまして。」
僕は本当に思っていた事を隠して、そう答えた。
「そうなんですか。泣いてたのは、仕事でへまをやらかしたからです。私はてっきり気味が悪い女だなとか得たいが知れない女だとか思われたんだと思ってました。」
そのズバリな感じに思わず、僕の顔が引き吊る。
この女は、見た目は上品で色気の漂っているのに喋りが直球過ぎて恐ろしい。
喋り方だけで言ったら、僕の方が大人でこの女性の方が子供のようだ。
「何があったかは分かりませんが、こんなところにずっと居たら、危ないやつらに襲われますよ。もうちょっと、明るくて安全な場所に移動されることをお勧めします。それでは、失礼します。」
僕は頭を下げて、袋の中から出した珈琲を一つその人に差し出した。
受け取ったのを確認して、上の方にある顔を見ることなく歩き始めた。
…………何か僕より変な人と会ったけど、世の中いろんな人がいるんだから、いちいち気にすることじゃない。
そう納得して、家路を急いだ。
乱暴にドアを開けて、荷物を放って、自分は床に転がる。
と、慌てて起き上がってスーツを丁寧に脱いだ。
普通に売っていないサイズでオーダーメイドのため雑に扱う事は出来ない。
オーダーメイドは既製品のスーツより高くて、気軽に買い替える事が出来ない。
パンツ一枚になってから、さすがにそのままはまずいかと思ってリビングに置きっぱなしにしていたTシャツと短パンを身に付ける。
それから、再び玄関の床に転がる。
せっかく起き上がったのだからそのままリビングに行けば良いのに、荷物を持っていく気分にはまだなれないから、とりあえずしばらく玄関に転がって飲み始めようと袋からビールを一本取り出す。
袋から出て散乱しているつまみの中から、さきイカとミックスナッツを出して開ける。
缶ビールを開けるときのプシュッという大好きな音を楽しんでから、誰にともなく缶を掲げて乾杯して勢いよく飲み始めた。
息継ぎをして、つまみに手を伸ばした時には、すでに中身は半分以下になっていた。
最初のうちがやはり美味しくて、一気にいってしまう。
ナッツを一つ一つ眺めながらポリポリ齧って、ビールを飲む。
もちろん飲むペースをチビリチビリに切り換えてだ。
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