第3話

「藤時くん、こんな渋いやつで良いの?」


美砂子は右手に僕が選んだ弁当箱を、左手に美砂子が選んだ弁当箱を持っていた。


右手の弁当箱は、黒一色の細長い形で、蓋の中央にブランドロゴが小さく入っているだけのものだ。


そして、左手の弁当箱は、一段目が黄色くて二段目が赤くて蓋が青色のまるっこい形。


箸も緑色の短めのやつがセットで付いている。


明らかに幼稚園とかに持っていく弁当箱の姿をしている。


美砂子は毎回毎回僕を怒らせようとして、からかっているのだろうか?


しかし、そんな事も慣れてきていて、美砂子にされる分だけは我慢できる。


他のやつにされたら、怒りを顕にして無視するか、報復を考えるが。


「美砂子は、こんな子供っぽいのが好きなのか?」


「あはは、違いますよぉ!藤時くんに似合いそうだなって思って。」


心にトゲが刺さる。


僕はそれを完全無視してやった。


…………結局、僕の弁当箱は黒一色のに決まった。


箸入れや水筒なんかも一緒に購入して店を出る。


「じゃあ、これ、預けていい?」


「うん!」


僕は買ったものをそのまま美砂子に渡した。


「さて、帰りますか?」


美砂子に言われて頷く。


明日もいつも通り仕事だ。あんまり遅くまで出歩いてると、朝がしんどくなる。


決して、夜の街を歩いていたら補導されるからではない。


電車に乗るために信号待ちをしながら、僕は好きな食べ物の事を訊ねられて答えていた。


と、いきなり美砂子が固まった。


目線が何かに固定されている。


僕はどうしたのか分からず、美砂子の視線の先のものを探した。


…………それは、美砂子と同い年くらいの男だった。


「駿くん…………」


美砂子とその男は時が止まったかのように見詰め合います。


それは、まるで二人だけの世界に行ってしまったかのように。


すぐそばにいるはずなのに、とても遠くの存在になってしまった美砂子。


僕は美砂子の真剣な表情をただ静かに見詰める事しか出来ない。


「久しぶり…………」


先に時が動き出したのは男の方だった。


「何でこんなとこにいるの?」


「美砂子こそ。」


「私はこの子と買い物してたの。」


「お前の子?」


「知り合いの子供…………」


二人に普通じゃない気持ちがあるのが明らかに分かる。


そして、今まで目を逸らしてきた僕の立ち位置もハッキリと口にされる。


「美砂子、僕帰るから。二度と会うことはないから。」


僕はそれだけ言って、返事を待たずに立ち去った。


惨めな気持ちになってしまった僕が、帰りたい時に帰るくらい良いじゃないか。


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